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14


「始まったわね」


あと少しで陽が沈むころ。
中央の国に吹き付ける風が変わった。あたりで不穏な気配が膨張し続けている。すでに死者が蘇りつつあるのだろう。

「うむ」スノウが頷く。「死者が蘇り始めたのう」ホワイトの言う通り、あちこちで魔力の気配がする。魔法使いたちが応戦しているのであろう。「そんな、みなさん大丈夫でしょうか」賢者は不安げな瞳で呟いた。

ふとターリアが呪文を唱えた。出現させた箒に座って、宙に浮く。


「スノウ、ホワイト、オズ。こっちは任せるわ。私は状況を見て向こうで応戦する」


日没は目の前だ。オズは魔法が使えず、双子は絵の中に閉じ込められてしまう。無力になるが、双子はなんとか魔法は使えるだろう。賢者もそばにいるのだし、ここを離れても良いと判断した。

「わかった」短くオズが了承する。
「みなさんのこと、お願いします」賢者が真剣なまなざしを向けて、真摯に告げた。


「お任せください、賢者様」


ターリアはそのまま中央の街へと向かって、空を駆けて行った。



● 〇 ●



日が沈むと、死者は次々と蘇り始め、人々に襲い掛かった。死者の気配と不浄な空気に各々の魔力が混ざって、お互いの気配を察知しにくい。ターリアは様々な場所を一人で回りながら、逃げていく人々を誘導して死者を撃退していた。

ふと、空の上で魔力を感知する。その場にいた地上の死者を一掃すると、ターリアは空高く飛び上がった。

そこにはミスラとブラッドリーとネロ、そして白い衣装を包み込んだ男がいた。


「私に勝てると思っているのかね」
「ええ、ひとりではないので」


ルチルを逃がした後、ミスラは男に視線を向けながらブラッドリーとネロにも目を向けた。


「仕方ねえ、乗りかかった舟だ」
「まったく、楽隠居したと思ってたのに・・・・・・」
「手を貸してほしい?」


現れたのはオーエンだった。「この男は?」と尋ねれば「ノーヴァ」とミスラが一言答える。「ノーヴァ。こいつが・・・・・・」冷笑を浮かべながら、ノーヴァという男を見据えた。
その場にいた全員が、次の瞬間に魔法を唱えようとした、その時。それを打ち破るように強大な魔力が放たれた。


「《ドルミーレ》」


一線にノーヴァへ向かって放たれた魔力。驚きながらもノーヴァは身をひるがえしてそれを避けた。

「そう、あなたがノーヴァなの」魔法を放ったのはターリアだった。その傍らには、彼女の魔道具である太陽と月が模されたモニュメントが浮いている。
ミスラたちに加わり、ノーヴァを見据えた。「やっぱり知らない男ね、私は記憶力の良い方なのだけれど」実際にノーヴァという男を見たが、やはり記憶にはない。


「スノウやホワイトに生かしておけとも言われてない。此処で殺すわ」


口端を上げ笑みを浮かべたまま、冷たく告げる。その言葉には少なからず殺気が籠っていた。そんなターリアを見て、ノーヴァは鼻で笑う。


「フ。眠れるの魔女ターリア。未だ呪われた身体で、私に何ができる」


薄ら笑いを浮かべるノーヴァ。その言葉に、ターリアは表情を消し去り、冷たい眼差しでそっと目を細め、見据えた。知ったようなことを口する男だ。「あなた・・・・・・」その正体もわからない。生かしておくか、殺しておくか、それは結果次第に委ねよう。魔力を集中させ、口を開き、再び呪文を口ずさもうとした、その瞬間だった。


「――――ッ!!」


ドクン、とひと際大きく心臓が鼓動を打った。
痛いくらい、乱暴に。


「うッ・・・・・・ぐ、ぁッ・・・・・・!」
「おい! どうした!!」


突然、痛みに嗚咽をこぼし、冷汗を額に滲ませ、ぎゅっと心臓部分を握りしめて、苦しみだした。

ターリアの異変に、その場にいた全員が意識を向けた。尋常じゃないターリアに、魔法舎の魔法使いたちは焦りもにじませた。最初に声を上げたのはブラッドリーだったが、ターリアからの返答はない。

嗚咽がピタリと止まる。不気味なほど静けさが場を支配した。そしてそのまま、ターリアの身体が傾いた。


「ちょっ、何してるんですか!」


無抵抗に落ちていくターリアを急いで受け止めた。ターリアらしからぬ様子の数々に、付き合いの長いミスラも困惑していた。ぐったりとしているターリアの身体を抱き起し、自分の腕の中に納まる彼女を見て、ミスラは息を飲む。


「・・・・・・は? どういうことですか・・・・・・?」


その反応に、周りが顔を強張らせる。
目の前の状況を忘れ、ターリアに意識が行ったなか、最初にノーヴァへ視線を戻したのはオーエンだった。


「おまえ、なにした?」
「・・・・・・」


オーエンから強い殺気が放たれる。ノーヴァは表情を変えず、無表情のまま黙り込んだままだ。
オーエンの言葉でブラッドリーやネロもノーヴァへ意識を戻す。緊迫した空気が場を包み込み、放たれた一言により、瓦解した。


「殺します」
「《アドノポテンスム》!」
「《アドノディス・オムニス》!」
「《クーレ・メミニ》」


ミスラの一声を合図に、それぞれの呪文が唱えられた。魔法攻撃はすべてノーヴァに向かって放たれたが、ノーヴァに効果が聞いている様子はない。続てオーエンが《クアーレ・モリト》と呪文を唱え、トランクに収めたケルベロスを放つ。それに誘導され、最後にミスラの下へたどり着く。《アルシム》と呪文が唱えられ、足元の空間が切られてマグマへとつながる。下へと引っ張り、さっさとノーヴァをマグマの空間へ押し込むとパタリと閉じた。

呆気ない終わり方だったと誰もが思ったが、意識はターリアへと向いた。


「おい、そいつは大丈夫なのか!?」


未だミスラの腕の中で力なく横たわるターリアを見て、ネロが言い放つ。
近くにいたオーエンがターリアを覗き込むと、眉間にしわを寄せた。


「心臓が止まってる」
「はあ!?」
「心臓が止まってるって!?」


オーエンから放たれた信じられない言葉に、ブラッドリーとネロが大声を上げた。


「それだけじゃないね。魔力はあるけど、魔力に対する耐性がかなり減少してる」


ターリアの様子を見ながら淡々とオーエンは語る。
ミスラは力なく瞼を閉じるターリアをじっと見下ろしたまま、動こうとしない。

「待てよ。心臓が止まってんなら、なんで石になってない」死んでるってことだろう?とブラッドリーはターリアを見ながら言う。魔法使いは死ねば石になる。しかし、ターリアは肉体を保ったままだ。「さあね、死んでないってことじゃない」オーエンの言う通り、石にならないのなら、それは死んでいないことを意味する。

「どうすればいいですか」黙り込んでいたミスラがようやく口を開く。その問いの正しい解答など、誰も知りはしなかった。「取り合えず、フィガロんところに連れてくのが得策じゃないか?」言いづらそうに、ネロが言う。

それを聞くやいなや、ミスラは早々に扉を出現させて空間を繋いだ。フィガロのところへ繋いだのだろう。一目散に扉の中へ入っていくミスラに続いて、3人もその後を追った。



● 〇 ●



フィガロはルチルが連れてきた子供の体内に入った月の石を取り出し、ちょうど浄化を終えたところだった。一緒にいたミチルやリケ、ファウストやレノックスも、事の原因が浄化され安堵していた。

ほっと息をついた瞬間、ルチルがこの場所へ来た時のように、再び空間が繋がれた。フィガロの背後にそれがつながり、出てきたのはミスラだった。それに続いてオーエンやブラッドリー、ネロも現れ、繋がれた空間は消える。突然現れた4人に彼らは驚いたが、次の瞬間にはミスラに抱えられたターリアに視線が行った。


「彼女を治してください、フィガロ」
「っ、ターリア!」
「ターリア!?」


フィガロとファウストは力なく横たわるターリアを見て、顔を強張らせた。ふたりの反応に釣られ、ルチルやミチルやリケそしてレノックスも、不安げな表情を浮かべた。

ミスラは抱えたターリアをフィガロへ渡す。しゃがみ込みながら、片腕で支え、フィガロは少し焦りながらターリアを見た。ファウストもひざを折り、意識のないターリアを伺う。

その場にいた全員が彼らを見守った。


「息をしてない、心臓も止まってる」
「魔力への耐性も失くしている。いったいどうして・・・・・・」


呼吸も無い。心臓も止まっている。魔力耐性も失っている。まさに死んでいるようだった。

「時間が止まってるんだ」ふと、フィガロが呟く。視線はターリアに向かれたままだ。「時間が止まってるって、どういうことですか」心配げに尋ねるルチルに「そのままの意味だよ」と答える。「ターリアの時間だけが止まっているんだ。だから呼吸も鼓動も止まったんだ」フォガロの見解を聞けば、石になっていない理由にも頷けた。

「厄災の奇妙な傷・・・・・・」ハッとして、ファウストが零す。理由もわからない、不可思議な現象が起きているのなら、<大いなる厄災>による傷だとするのが妥当だろう。「おそらくね」フィガロも同じ見解だと頷く。


「はあ? どうにかしてくださいよ」
「俺だってどうにかしたいよ」


機嫌が急降下しているミスラが強く言い放てば、フィガロは温厚にしつつも忌々し気に言い返した。

「いつ目が覚めるんですか?」不安げなミチルが尋ねる。「もう目覚めないのですか?」リケも不安げに尋ねた。「厄災の奇妙な傷なら、おそらく一時的なものだ。月の沈む朝なら・・・・・・」そういうファウストだが、実際わからない。夜と限定された者もいれば、発現時が不明な者も、一時的な者からほぼ恒久的な者もいる。断言はできなかった。

すると、雷鳴が轟いた。オズの魔法だ。オズが放った雷は、空を飛ぶ巨大な鳥を打ち落とした。巨大な鳥は空を飛ぶことをやめ、中央の塔に突き刺さって、黒い羽根を国中に放ちながらその姿を消した。ふよふよと黒い羽根が雨のように降る。そんななかで、一筋の光が照らした。


「朝だ」


それを見てレノックスが呟く。

空は次第に明るくなり、太陽が昇った。美しい朝焼けのなか降りしきる黒い羽根は、どこかちぐはぐだ。太陽が空を照らし、街を照らし、国を照らした。人々と魔法使いに、朝を知らせ、怪異の終わりを告げた。

――ドクン、と鼓動が打った。


「っ、ターリア?」


自分の腕の中で鼓動を打ったターリアに気づき、フィガロは覗き込んだ。空を見上げていた彼らも、フィガロにつられてターリアへと目を向ける。

止まっていた心臓が、ドクン、ドクン、と鼓動を打ち始める。動かぬ身体が、呼吸をし始め、穏やかに胸を上下に揺らした。ターリアと思う一度呼びかける。それに応えるように、ゆっくりと瞼が開かれた。


「目が覚めたんですね、良かったです!」


ルチルが一番に喜びの声を上げた。それに呼応して、周りもほっと胸を撫でおろした。
ぼんやりとした黒水晶のような瞳が、喜ぶ彼らを見渡す。身体を起こそうとするターリアを気遣うように、フィガロが支えながら起き上がらせた。

「きみ、自分が気を失っていたのわかる? 心臓も呼吸も止まってたよ」困った顔をして言うフィガロに、ターリアは目を丸くして瞬きをした。「おそらく、厄災の奇妙な傷だ」疑問に応えるようにファウストが応えれば、ターリアはああ、と頷いて項垂れた。

「仮死状態になるのが私の傷なの? はあ、最悪ね」がっかりしたように肩を落とす。
「ったく、冷や冷やしたぜ」なんともないターリアを見てブラッドリーが疲れたようにいう。
「さすがに、肝が冷えたな・・・・・・」ネロもブラッドリーに同意し、気疲れした様子だった。

「それよりも、さっさと浄化しよう」街一面を覆いつくした黒い羽根をみながらフィガロが言う。この量をみて大変だというミチルに、ファウストがみんなでやれば早いと言うと、少し驚きながらも嬉しそうに頷いた。

「結局なんの役にも立てたなっかし、私も手伝うわ。もちろん、ブラッドリーとオーエンとミスラもね」ニコリといつものように笑って、3人に振り返る。ブラッドリーとミスラは面倒くさそうに視線を逸らした。


「仕方ねえな」
「ご褒美は?」
「中央の市場でお茶会」
「ふふ、やった」


周りが協力しながら散らばっていったあと、面倒くさそうにしたブラッドリーやご褒美に期限をよくしたオーエンも街に散らばっていく。最後に自分も浄化作業をしに足を踏み出すと、パシリと後ろから手を取られる。掴まれた腕を辿るように背後のミスラを見上げる。ミスラはじっとこちらを観察するように見つめ、ゆっくりと口を開く。


「本当に、なんともないんですよね」


すこし不安げな声色。確かめるように、心配げにエメラルド色の瞳が揺れている。掴んだ腕は離さないようにギュっと握られていた。ターリアはそんなミスラに目を見張ったが、次第に嬉しそうにして、笑いかけた。


「ええ。大丈夫よ、ミスラ」


いつも笑いかけてくる、同じ微笑みだ。春のような、うららかな温もりだ。
ミスラはフッと表情を綻ばせ「それならいいです」と目を細めた。