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13


翌朝。
賢者から話を聞いたファウストは、魔法舎に残ることを決断し、より強い結界を張るため媒介を取りにレノックスと共に東の国へと一度帰ることになった。

さらにその次の日。
あれから少し時間もたったため、街の復興作業を手伝いに南の魔法使いたちとリケが中央へ出かけることになった。クックロビンやブラッドやネロも一緒に中央へ向かうそうだ。

魔法舎の魔法使いたちが各々出かけ、人気が無くなったころ、ふらりとオーエンが姿を見せた。


「あら、帰ったのねオーエン」


ふらりと人目を忍んで窓からターリアの部屋に立ち入ると、不機嫌そうにベッドに腰を下ろした。


「死んでも治らない。どうにかして」


どうやら傷をどうにかするために、何度か死んでみた口ぶりだ。「死んで元に戻そうとするのはどうかと思うのだけど・・・・・・」それに苦笑を浮かべるが、気がたっているのか「そんなのどうでもいいから、早くなんとかして」と言い放つ。しかしターリアがどうにかできる問題でもない。「そう言われても、原因が<大いなる厄災>ならどうしようもないわ」私の傷もまだわからないし、と困った笑みを浮かべるだけだった。


「一旦、お茶でもしましょう」


気分転換もかねて、ターリアはそう提案する。オーエンの返答を待たずに、お茶やお茶菓子を準備すべく、人のいないキッチンへと足を運び、お茶の準備を進める。魔法で時短し、お茶とお菓子を浮かべながら部屋へと戻る。

扉を開けオーエン、と呼びかけるが、反応が無い。不思議に思って部屋を見渡してみれば、そこにオーエンの姿はなく、無人だった。


「・・・・・・オーエン?」


またどこかへ出歩いたのか。いくら人気が無いと言っても、魔法使いたちの数人は残ている。見つかればどうあっても問いただされるのから逃れられない。不用意にそんな面倒なことをするとも思えない。お茶会に足を運ばなかったことも無いし、オーエンの不在に不思議に思った。

ターリアは部屋に持ってきたお茶を置き、オーエンを探しに魔法舎をうろついた。すると談話室を通りかかったところで中から話し声が聞こえ、ターリアは扉を開けた。
談話室にはカインやシノやヒースクリフに賢者がおり、オーエンもその場にいた。思わず目を丸くしたターリアと、引きつった表情を浮かべる彼ら。


「あらあら、みんなと仲良くしているじゃない。良い子ね、オーエン」


オーエンが他の魔法使いたちに囲まれ仲良くしている様子に、ターリアは嬉しそうに笑った。そんなターリアにカインやヒースクリフが事情を説明しようとするが、オーエンの「僕、良い子?」という拙い言葉にかき消された。

再びターリアが目を丸くする。いつもと様子の違うオーエンを見つめ、歩み寄り、そっと顔を覗き込む。オーエンは小さい子供のように、少し怯えながら不安そうに見つめ返した。そう、と頷いて「ええ、良い子よオーエン」といつものように笑顔を浮かべれば、オーエンは「えへへ」と嬉しそうに表情をほころばせた。


「なるほどね。オーエンに記憶が無かったのはこのせいね」


「厄災の奇妙な傷で、人格が入れ替わってる」オーエンの傷は人格が入れ替わるもので、記憶もそれに従事するのだろう。入れ替わった幼い性格のオーエンは、普段以上にカインに懐いている。

カインはなんとかオーエンからニコラスのことを聞き出そうとする。
オーエンによれば、ニコラスは本当に自殺未遂を起こしていたらしい。月が落ちれば魔法使いになれるとノーヴァという人物に唆され、月蝕の館での儀式に手を貸し、結果街を壊した自責の念に耐え切れなかったようだ。


「ニコラスは何か言ってなかったか?」
「・・・・・・」


ふいに、オーエンの表情が止まる。途方に暮れたように、凍り付いている。カインは話すことに夢中で、オーエンがもとに戻ったことに気づかず、小さい子供に対応するような話し方で語り掛ける。
ヒースクリフや賢者はそれに冷汗を流した。


「へえ・・・・・・何をほめてくれるって? 騎士様」
「こいつ・・・・・・っ」


もとに戻ったオーエンをカインが睨みつける。

すると談話室の扉が勢いよく開かれ、双子が入ってきた。「賢者よ、思い出したぞ! トビカゲリの正体を!」ホワイトが火急に迫る様子で言い放つ。「オーエンではないか。魔法舎に戻っておったのか」オーエンの姿を見てスノウが反応する。

記憶のないオーエンが虚勢を張ってみるが、一時終始見ていたカインたちに事を暴かれ、不機嫌そうにする。そのまま立ち去ろうとするオーエンを慌てて双子が止めるが、聞かずに煙のように消えてしまった。


「スノウ、ホワイト。トビカゲリの正体は」


シノが本題を問いかけ、話の筋を早急に戻した。


「『兆しのトビカゲリ』じゃ」
「それ、太古の禁じられた魔術じゃない」
「うむ。死せる都の祝祭じゃ」


死せる都の祝祭とは、滅びら都の使者たちを蘇らせ、生きとし生きる者を糧として与える、大掛かりな召喚術でもある。『兆しのトビカゲリ』は、その祝祭のはじまりを知らせる鳥で、中央での出現時期を考えると、今夜には死者が蘇るだろう。

「だが、月蝕の館で行われたのは、月の召喚術じゃないのか」と問うカイン。
「贄は古い人骨だった。そのせいで変容してしまったのね」生贄を捧げられなかったことで、変異してしまったのだとターリアが応える。


「死せる都の祝祭を止めるには、どうすればいい」
「媒介にされた月の石を探すことじゃ」
「月の石を浄化しない限り、『兆しのトビカゲリ』は実態を持ち、死者たちが蘇り始める」


もうすぐ日暮れ。今夜には死者が蘇ってしまうなら、時間は無い。カインやシノやヒースクリフはすぐさま中央へ向かうことを告げる。「スノウ様とホワイト様やターリア様は?」後ろを振り返り、ヒースクリフが3人に尋ねる。


「もうすぐ日没じゃ。日が沈めばオズは魔法が使えん」
「オーエンがいない今、ミスラ説得をする」
「私は状況を見つつ行動しましょう」


ヒースクリフたちは頷いて、駆け足で魔法舎を後にして中央へ向かった。

「賢者とターリアは我らとミスラの説得にあたってくれ」スノウに、賢者とターリアが頷く。「どうも最近、ミスラは不機嫌じゃからのう」困った、とホワイトが項垂れる。「そういえば、ずっと眠そうにしていたわね」最近は見かける程度だが、目の隈がひどかった気がする。「夜更かしばっかりしおって」と愚痴をこぼし、急いでミスラを探しに談話室を出た。



● 〇 ●



ミスラは中庭の木陰に寝転がって昼寝をする途中だったようだ。邪魔をされて若干機嫌が悪く、話を聞こうとしないミスラにターリアが一言名前を呼べば、ミスラはターリアを一瞥し、仕方なさそうに起き上がった。


「ミスラ、一大事なのじゃ」
「誰かのでしょう。俺の一大事ではありませんよ」
「いずれ、そなたの一大事になる。<大いなる厄災>を召喚しようとする者たちがおるのじゃ」
「<大いなる厄災>を・・・・・・? 何故、変態なんですか?」


話が進みそうにないことを予見して、先に問いかける。


「ミスラ、ノーヴァという名を知らない? どうやらその人物が関わっているらしいの」
「はあ、聞いたことがありませんね」


ミスラでも聞いたことの無い名前らしい。当然、自分もその名前に心当たりがない。
オーエンもいない今、他に実力があるのはミスラだ。手を貸してほしいと頼み込むが、ミスラは面倒くさそうに首を横に振る。


「オズに頼めばいいじゃないですか。ああ、魔力が使えないんでしたっけ。役立たずだなあ・・・・・・」
「今は日没前だ。問題なく魔法をかけられる」


ミスラが呟いた次の瞬間には、オズは既にその場にいた。「お前を使役できるか、試してやろうか、ミスラ」と、凄むオズ。「夜には俺があなたを奴隷にしますよ」ミスラは気だるそうに言い返す。「はあ、またややこしくなるわね・・・・・・」いつもの調子で繰り返されるふたりの会話に、ため息を落とす。


「なんということじゃ。ミスラの機嫌を損ねただけではないか」
「オズにフィガロの爪の先の分でも口達者なところがあればのう・・・・・・」
「オズ・・・・・・まだミスラの方が話せるわよ」
「はは、オズ、ターリアは俺の方が一番ですって」
「・・・・・・もういい」


最期に賢者が、ミスラに頼み込む。自分たちのためじゃなく、他の大切な誰かのためにもなると言うが、ミスラにはそう言った存在は無い。ミスラと付き合いが長いのは、ミスラを拾って育てたチレッタと一緒になって面倒を見ていたターリアぐらいだ。そのチレッタも、ミチルを生んで死んでしまった。

「ルチルとミチル? あの二人はチレッタの知り合いですか?」話の流れで南の兄弟の話をすれば、ミスラが不思議そうに首を傾げた。


「何を言っているの、ミスラ。あのふたりはチレッタの子よ、一緒にお祝いしに行ったでしょう?」
「チレッタの息子・・・・・・?」


ミスラは愕然と目を見開いた。何かを思いましたように、がばりと飛び起きて「あっ・・・・・・」と口元を抑える。


「まずいな・・・・・・」


ミスラは一瞬青ざめた。すぐに立ち上がって空中に手をかざし、見えない扉をなぞるように、急いで、大きな長方形を宙に描いた。するとそこだけ空間か切り取られたように、違う景色が見える。中央の都だ。ミスラは足早に「失礼します」とだけ残して姿を消してしまった。


「説得できませんでしたね・・・・・・」
「いいえ、そうでもありませんわ賢者様」


首を傾げた賢者にターリアが応える。「ミスラはチレッタと約束している。あの兄弟が関わるのであれば、動かざるを得ないわ」賢者は約束という言葉を反復し、尋ねる。

魔法使いは、心で魔法を使う。約束や契約を破るということは、心を裏切ると言う事。その結果、魔法使いは魔力を失ってしまう。だから魔法使いは約束をしない。

必然的にミスラは中央にいる南の兄弟のもとへ行った。計画通りに事が進んだと言っていいだろう。


「さあ、私たちも中央へ行きましょう。アーサーの下へ行かなければね、オズ」


オズは真っ直ぐと見据えて頷いた。
賢者たちは魔法舎を出て、中央の城へと急いだ。