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09


「オーエン」
「・・・・・・」


中央の城の屋根の上。
ひとりでいたオーエンに声をかければ、不機嫌な眼差しがこちらに向いた。「なに。いま気分悪いんだけど」視線をすぐにそらされ、面倒くさそうに吐き捨てられる。そんなことすら気にせず「さっき中央の都で買ってきたのよ。一緒に食べない、オーエン」と、ターリアはいつものように笑いかける。

もう一度視線を向けてみれば、ターリアの傍らにケーキ箱がいくつか浮いていた。その数から店のケーキを全種類買ってきたのだろうとわかる。

自分の好物をたくさん買ってきている。いつものご褒美みたいに。あんなことがあった後なのに。それは慰めなのか、懐柔しようとしているのか。ターリアの表情からうかがえない。「・・・・・・なんで」視線を外して、呟く。ターリアは首を傾げて、いつものように言い放った。


「だって、オーエンはなにもしていないでしょう?」


オーエンは、迷子のような瞳で呆然と見つめていた。



● 〇 ●



オーエンを連れて、ターリアは中央の城に用意された自室へ向かった。部屋には人払いの魔法をかけておいたため、人は来ない。魔法使いたちでも、年長者あたりにしか気づかないだろう。

城中が慌ただしく、人が行き交い、ひそひそと噂話を囁く。

そんななかターリアは気にもせずテーブルに買ってきたケーキを全て並べ、隣に素直に座るオーエンにすべて分け与えていた。オーエンは無言のまま、もくもくと好物を口に運ぶ。時々となりのターリアを気にしては、一口ケーキを差し出す。それを何回も繰り返していくうちに、ケーキはすべて平らげられた。

ケーキを平らげると、オーエンは帽子と外套を放りなげてターリアの膝にぽすりと倒れ込む。ソファの上で、ターリアの膝を枕にするオーエンは、ずっと黙ったままだ。とくに言葉を求めているわけではないターリアはそれを指摘することなく、自分の上に寝転がるオーエンの頭を撫でていた。


「記憶がない」


ずっと続いていた沈黙を破ったのはオーエンの方だった。たった一言。記憶がない、とだけ告げる。ターリアはそれを聞き、うーんと考えるように顎に指を添えた。


「もしかしたら、それがオーエンの厄災の奇妙な傷なのかも」
「・・・・・・記憶がなくなるってこともあるの?」


ターリアのお腹あたりに顔を押し付けていた体勢から仰向けになって、聞き返す。「個々でそれぞれかなり違った現象が起きているからね、何とも言えないわ」オーエンもターリアもそれを聞いただけで、実際に見たのは絵に閉じ込められた双子と魔法を使えなくなったオズだけだ。傷の話も聞いたばかりで、どういったものなのかもわからない。まさに得体のしれないものだった。

「ターリアは?」という問いに「私はまだ見当がつかない」と首を横に振る。
「傷を治す方法は?」と続く問いに「双子が探しているみたいだけど・・・・・・<大いなる厄災>が原因なら、見込みは薄いわね」と冷静に応える。

不服そうな、困った顔をして、オーエンは起き上がる。ソファに座り込んだまま、黙り込む。

ふと、視線を扉へと向ける。意識は外へ向いていた。外では、賢者の魔法使いを城から追い出せ、と人々が囃し立てている。事態が大きくなり、混乱を招いている。鎮めるためにも、一度賢者とその魔法使いたちは魔法舎へ戻るだろう。


「どうする、オーエン。先に一緒に魔法舎へ戻る?」
「いい」


オーエンはソファから立ち上がり、放り投げた外套と帽子を拾う。「そう。でも魔法舎へは戻ってくるのよ、勝手にどこかへ行ってはダメよ」外套を纏い帽子をかぶるオーエンに笑って言い放つ。
どこかへ行くだろうオーエンを見つめるが、一向に動こうとしない。急かすことなく黙って見つめていれば、ちらりと一瞬視線を交え、帽子のつばをつまんで深くかぶりなおした。


「僕の記憶がないこと、誰にも言うなよ」


それだけ言い残し、オーエンは煙のように姿を消した。