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怖いもの知らず
ハロウィーンウィーク4日目。
「これはこれは、大盛況だなあ」
目の前には、押し寄せる客人とディアソムニア寮生の人混みの波ができていた。はたから見てみると、どうやら客人と寮生たちが揉め事を起こしているようである。客人たちも、スタンプラリーを周りに来たという様子ではなく、みんな片手にスマホを持っている。
ぼんやりとそれを見詰めながら煙管を吹いていると、ふとシルバーと目が合った。シルバーは大声で怒鳴って注意するセベクにため息をついているようだった。
「魁様!」
シルバーは魁に気づくと、そのままこちらへ早足で向かってくる。
「大盛況をしているようだなあ、シルバー」
「ええ、まあ・・・・・・」
「・・・・・・で? マレウスとリリアがいないときに何を揉めている?」
あの2勢力が揉めているのは、会場として貸してもらったオンボロ寮の前だった。客人たちはオンボロ寮に土足で上がり込もうとして、ディアソムニア寮生がそれを注意して止めようとしているらしい。
シルバーによれば、客人たちは立ち入り禁止を知らなかったのではと思い、早急に『民家への立ち入り禁止』という看板を立てたようだが、客人たちはそれを無視するのだという。どうやらオンボロ寮のゴーストの写真が出回ったらしく、オンボロ寮は有名スポットになり果てたらしい。
「申し訳ありません・・・・・・」面目ないとシルバーは困り顔をする。「いや、わっちに謝まられてもなあ。わっちには関係ないし」実際、あの監督生とまともに会話をした回数も少ない。
「しかし、人の子の住処へ上がり込むのは良くない。あやつらもおらんし、わっちが出よう」
「俺も行きます」
いまはマレウスとリリアは出払っている。その状態で寮を仕切れるのは、最高学年であり2人からの信頼も厚い魁しかいない。
魁はゆったりと歩きながら客人とディアソムニア寮生たちのもとへ向かう。オンボロ寮前まで来ると、客人の対処に追われていた寮生たちが魁に気づく。まっすぐ客人に向かっていく魁の道を開けるように、セベクを筆頭に寮生たちは一歩下がった。
「そこな人の子ら、少々話があるんだが」
「うんー? ・・・・・・えっ!?」
「うわっ!?」
声をかけられた客人たちは、魁の姿を見ると声をだし目を丸くして驚いた。それもそうだろう。角の生えた者が声をかけてきたのだから。瞬きをして固まったのをいいことに、魁は続ける。
「お主ら看板の文字が見えなかったか? そこは民家だ。いくらボロかろうと実際に人が住んでいる。お主らがしているのは不法侵入だ。ハロウィーンで浮かれるのも良いが、催しとは規則を守ってこそ楽しむもの。わかったのなら早急に退くがいい」
「・・・・・・」
魁の後ろに控えた寮生たちは頷き、その通りだと肯定する。一方客人たちは魁の姿に釘付けて、いまだに反応を示さない。
しばらく魁と固まった客人との見つめ合いが続いた。じっと魁を見つめた瞳は、驚愕から好奇心へと変わっていった。
「・・・・・・す」
「す?」
「すッッッげぇ〜〜〜!!!」
「――!?」
突然、静けさから打って変わって歓声が響き渡る。それには魁本人も、後ろに居たセベクやシルバー、他の寮生たちも目を見開いて驚いた。
「なにそのツノ! ほんもの!? 写真撮って良いー?」
「しゃ、しゃしん・・・・・・」
「ツノとかすげー! 触らしてよ!」
「触るだとっ!?」
全く話を聞いていないじゃないか。なんて行儀の悪い客人だ。人間という生き物は好きだが、こういった者はお断りだ。
「っ、おい近寄るな! う、眩しい・・・・・・!」興味津々に目を光らせ、無遠慮に角に障ろうと手を伸ばして近づいて来る者。そして許可も取らずに写真を撮ってフラッシュの光を浴びせらせる。魁は我慢ならず後ろへ後退って袖でフラッシュから逃れようとした。
「貴様ら!! 魁様に近づくな!! スマホを向けるのもやめろ!!」
すぐさま目を吊り上げたセベクが前へ出て、魁を後ろ背に隠す。大声で怒鳴っている間、シルバーが目頭を押さえた魁に駆け寄った。
「魁様! 大丈夫ですか」
「う・・・・・・フラッシュで目が痛い・・・・・・」
無遠慮なフラッシュの嵐だった。モデルのヴィルはあのようなものを前にしているというのか、おそれいる。
「この無礼者!!! ディアソムニアを汚す者は、ひいてはマレウス様を汚す者・・・・・・それだけでならず、魁様にこのような仕打ちをするとは・・・・・・これ以上は許しておけんぞ!!!」
完全にセベクの頭に血が上ってしまった。しかし客人はセベクの話など聞かず、大声で起こるセベクを笑う始末。そしてそれをネタに写真を撮り、またフラッシュを起こす。そしてまたそれに怒るセベク。これでは永遠に終わらない。
「セベク、怒鳴ったところで解決はしない」シルバーもそんなセベクに口を出すが「うるさい!!」と一言で切られてしまう。
すると、ようやくリリアとマレウスが戻ってきた。怒鳴り散らすセベクに呆れていると、セベクも2人に気づいてハッとする。
「やっと戻ったか・・・・・・酷い目に遭ったぞ・・・・・・」
「・・・・・・? 目を傷めたのか?」
「おお! おぬしまでそのような目に遭っていたとは!」
ちょっと驚いた、という反応をするリリアをじとりと睨みつける。
セベクが早々に追い出すと息まくが、マレウスがそれを止め、自ら話に行くという。マレウス以外は一歩引き、遠くから様子を伺うことにした。
マレウスが声をかけると、やはり有名であるゆえに客人たちは口を開けて全身を強張らせた。そして淡々とマレウスは客人たちに説得を試みる。正論を述べ、対話をもって解決しようとするマレウスに、シルバーやセベクはこれで解決すると安堵したが、そうはいかなかった。
驚いたことに、客人はそっとマレウスに近づくと突然マレウスの腕を掴んだ。それにシルバーとセベクはぎょっとし、リリアや魁は「おお・・・・・・」と目を丸くした。当のマレウスも目を丸くして驚いて固まっている。
客人たちは『ドラコニアチャレンジ』だと叫んだ。
「超はんぱねぇ魔力を持つって噂のみんながビビるマレウス・ドラコニア! それに障ったら床を写真にとるとか、伝説級の偉業じゃん」
「『それ』・・・・・・?」
「ガチガチのガチ! やらせなしの度胸試し。名付けて『ドラコニアチャレンジ』!」
「『度胸試し』・・・・・・?」
面白そうに語る客人の言葉を、マレウスは一つ一つ繰り返す。そして驚いた表情がだんだんと無表情へと変わり、喉をクツクツとさせ低くマレウスは笑みを浮かべた。「いいだろう。ならばこの僕が、お前たちに・・・・・・」
「とびきりの刺激を与えてやる!!!」
ピシャーン! 空に雷が響き渡った。もともとこの場所のあたりには曇り空を出現させていた。そして沸点に達したマレウスがいれば、容易に雷など落ちる。
「ああ、いかんいかん・・・・・・これはちとまずいぞ!」
「はは、わっちより酷いな。これはキレても仕方ない」
苦笑をしていれば「笑っとる場合か!」とリリアに怒られた。怒りを露わにしたマレウスに、もともと腹を立てていたセベクも加わってしまう。マレウスとセベクは頭に血が上り、リリアとシルバーの制止も聞こうとしない。
「しかし、このままだと人の子らに雷が落ちるぞ」
「それはいかん。魁、シルバーよ。奴らにマレウスの雷が直撃する前に、わしらの魔法でマジカメモンスターを追い出すぞ!」
「はっ!」
「こればかりは仕方がないな。わかった」
リリア、シルバー、魁は雷から人間を守るべく、彼らに向き直った。
* * *
なんとか人間たちを追い出すことに成功し、マレウスを止めることにも成功した。そして2人が来る前の状況も説明し終え、ようやく落ち着きを取り戻すことができた。これで一安心、とは言ってられず、マレウス同様相当腹を立てたらしいセベクや寮生たちは「粛清を!」と叫んでマジカメモンスターに敵意を向けていた。
「僕はそこまでしろとは言っていないんだが・・・・・・」
「完全に火が付いたのはお主が怒ったせいだ。腹が立つのもわかるが、少しは我慢しろ」
「これでは収拾がつきません・・・・・・」
「ふむ・・・・・・これは思ってた以上に厄介そうじゃ」
敵意を示し団結する寮生たちを見て、4人はそれぞれ言葉を零す。
どうやら問題になったのは此処だけではないらしく、他の寮も被害を受けているらしい。人が集まれば問題が起こる。今年のハロウィーンウィークは大変そうだ。