堪忍袋の緒



ハロウィーンウィーク、4日目。


此処ツイステッドワンダーランドでの一大イベントである、ハロウィーン。誰もが浮足立つ時期だ。それはナイトレイブンカレッジも同じで、ハロウィーンウィークのこのイベントに、学園は総力を挙げている。

このハロウィーンイベントでは、外部から客を招き入れるイベントだ。位置づけ的には文化祭に近い。各寮がモチーフを決め、スタンプラリーの場所を定め、衣装や装飾などすべて生徒たちが自ら作り上げる。最終日の夜にはハロウィーンパーティも催さてる。学園外の人たちはそれらを見に、わざわざ学園がある賢者の島へと訪れる。

毎年このイベントは生徒からも学園外からも人気で、多くの人が集まる。しかし、今年のそれは今までの比じゃなく、マジカメにアップされた写真により、日に日に客足が増加していった。すでに最高記録を更新し続けている。

大忙しの毎日だ。そして今日も、ハロウィーンウィークがはじまる。



「〜〜〜〜ああーっ! イライラするーっ!!」

「どうどう」


来場時間が過ぎて早々、今日は問題が起きた。

マジカメの伝達力は早く、あっという間にネットワークにナイトレイブンカレッジのハロウィーンが広まった。そのおかげで学園は繁盛しているし、それは良いだろう。しかし集まった客の中にマナーの悪い客が数多く紛れ込んでしまった。

マジカメに楽しい写真を上げたいがために、こちらの注意を無視する奴らだ。彼らは他人の迷惑など考えず、写真を撮り、それを投稿することしか考えていない。そしてこちらが強気ででれば、かえって火に油を注ぎ、ネタにされ笑われる始末。

寮長、副寮長、そして運営委員会であるアズールとジェイドは、いま運営委員会の会議で出払っている。その間の管轄を、3年生であり元寮長であるブラウが任せていた。

ブラウは寮生たちに、魔法は使うなと強く言いつけた。魔法を一般人に向けるのは法に反する。最悪な事態を回避するためにも、これは絶対に守らなければならない。そして相手は客。モストロラウンジを経営しているオクタヴィネル寮生なら、その扱いも慣れているだろう。

仕立てに出て、問題を起こさぬように、フロイドも含め温厚に注意し続けたのだが、相手はそれを全く聞かない。写真を撮るための自撮り棒を狭いこの部屋で振り回し、他人に迷惑をかけ、モノを壊してもヘラヘラと笑うのだ。

それにとうとうフロイドがキレた。フロイドにしては我慢していたし、よく持った方だ。これに関しては褒めても良いだろうと思う。他の寮生も驚いている。


「サンゴちゃんっ!! だってあいつらさー!」

「お前の言いたいこともわかるが、いったん落ち着け」


ああ、早く運営委員会の会議が終わってくれないだろうか。1秒でも早くアズールとジェイドにこの事態を任せたい。

しかし、そんなことも言っていられない。フロイドだけでなく、ほかのオクタヴィネル寮生も困っている。これではせっかく楽しみに来ていただいた他の客に失礼だ。ブラウはため息をつき、マナーの悪い客のもとへ自ら出向いた。


「お客様。写真を撮るのは一向にかまわないが、マナーを守りこちらの注意を聞いてもらいたい。ここは狭く、危険なものも多い。自撮り棒を振り回されては他の方にも危険だ。即刻やめてもらいたい」

「大丈夫だいじょうぶ! 気を付けますッて!」

「うわー! これすご! はやく写メ撮ろうぜ!」

「はぁ、だから・・・・・・いッ!」


写真に撮るのに夢中でこっちを見向きもしない。多少苛立ちながら続けて注意をしようとしたとき、誰かの自撮り棒がちょうどブラウの額にぶつかった。相手は誰だか知らないが、周りに夢中でぶつかったことに気づいていないらしい。

ちょうど過度になった部分をぶつけてしまい、ブラウは数歩下がり、彼らから距離を取った。寮生たちはそれを目撃し、ブラウを心配して駆け寄ってくる。「いった・・・・・・くそ、角で少し切ったか」額が少し切れ、じんわりと血が滲んでしまっていた。寮生たちがそれをみて慌てて「手当てを!」と言った時だった。


「は?」


ひどくドスのきいた声が静かに響いた。それを聞いた寮生たちはビクリと全身を震わし、背後を振り返る。一緒になってブラウも振り向いた。声を発したのはやはりフロイドで、フロイドはこちらを目をかっぴらいて見ていた。


「おまえら・・・・・・絶対に殺す」


フロイドの最後の堪忍袋の緒を切ったのは、どうやら自分だったらしい。



* * *



「チョロチョロ逃げてんじゃねぇぞ、雑魚どもが! 大人しく絞められてろや!」


ドシャーン! ガシャーン! パリーン!

と、部屋があれる音が響き渡る。オクタヴィネルの会場では、怒ったフロイドが客を追い掛け回している姿がみれる。完全にフロイドは殺気立っていたが、客はそれに気づかず、火に油を注ぐばかり。見ているこちらの胃が壊れそうだ。


「な、なんですかこの状況は!」

「これはこれは・・・・・・」


ようやく戻ってきたアズールとジェイドは、辺りの様子を見て唖然とする。壊れた薬品、客を追い回すフロイドと笑いながら写真をとる客たち。いったいどういう状況だ、というのが最もだ。

「やっと戻ってきたか・・・・・・おそいぞ」ブラウは他の寮生たちと一緒に部屋の隅に居た。はぁ、とため息をついている。


「ブラウさん! 貴方がいて何故こんなことに!?」

「あぁ、それに関しては悪い。俺がフロイドの堪忍袋を切ったようで・・・・・・」

「え? どういうことです、それは」

「おや、ブラウさん。額に怪我をされているようですが」

「なんですって!?」


めざとくジェイドはブラウが額に擦り傷を作ったことに気づく。もともと深くはなく、少し切ったくらいで止血も終わっている。

ブラウは事の発端を簡潔に話す。客たちのマナーの悪さに、フロイドが怒ってしまったこと。寮生たちと一緒に説明すると、2人は腕を組んでフロイドのありさまに納得した。


「ブラウさんに傷をつけるなんて、許しがたい行為ですね」

「フロイドが怒るのも無理はありません。その場にいたのが僕だったとしても、あのように怒っていたでしょう」

「いや、お前ならもっと上手くやってただろう」

「そうですね。じっくり少しずつ、自分の行いを後悔させます」

「どっちもどっちか」


この双子は物騒で仕方がない。

アズールはしつこく怪我は平気なのかと確認してきたが、手当てをするほどの怪我ではないとあしらって、それよりもフロイドを早く止めるようにと2人に頼む。アズールもこれ以上はセットが壊れてしまうと思い、早々にフロイドの止めに入る。


「あははっ! お前ら余裕あんねぇ。全員楽しく、海底でお散歩させてやるよ!!!」


マジカルペンをだして客に向ける。

「フロイド、せっかくのセットが壊れるでしょう!」大声を出してフロイドを止めようとするが、アズールの話を全く聞かない。「ジェイドも黙ってないで止めろ!」一方、アズールと違いジェイドは片割れを止めようとしない。

「ですが、ブラウさんのことを含み、悪いのはゲストの方では? フロイドに非はないかと思います」ジェイドの言葉はもっともだ。今回悪いのは客の方だろう。「フロイドに非はないが、問題になるんだ。あと俺のことは良い」だから早く止めろとブラウも促す。

そういうジェイドに、アズールは「やるなら外で。後始末も含めてきちんとお願いします」などと揉め事の片棒を担ごうとする。やるな、とは言わない辺りがアズールらしい。

全く厄介極まりない後輩たちだ、と思った時だ。扉を勢いよく開けてクルーウェルが飛び込んできたのは。そしてクルーウェルが、こっそり魔法を使って怪我をさせないように客を追い出せと言う。

教師に言われてしまってはしょうがない。アズール、ジェイド、ブラウはフロイドが追い掛け回すマナーの悪い客を、魔法で追い出すため、マジカルペンに手を伸ばした。



* * *



「・・・・・・さて。置いたをしたわけを聞こうじゃないか、リーチ」


余所者を全て追い出し終えると、クルーウェルは仁王立ちでフロイドに詰め寄った。それにフロイドが不機嫌にムッと唇を尖らせた。

こうなってしまった理由を、アズールたちは話す。今回はこちらに非はない。対応が素早くなかったことを言われれば仕方ないが、注意を聞かないのであればそれも意味をなさない。とはいっても、暴れ出したのちにマジカルペンまで出したフロイドを咎めないわけにもいかない。

「お前たちの言い分もわかる。だが・・・・・・」こちらの話を聞いてクルーウェルもわかってはいるが、咎めぬわけにもいかないと一歩足を前に出し、フロイドに詰め寄る。


「まあまあ。あんまりフロイドを責めないでくれ、クルーウェル先生」


ブラウはフロイドをかばうようにして、2人の間に割って入った。


「フロイドも最初はかなり我慢してたし、丁寧に注意してたんだよ。それでも相手が話を聞かなかったんだ」

「サンゴちゃん・・・・・・」


気分屋なフロイドがムカついたのを我慢して、控えめに注意し続けていたのは珍しい。フロイドを知っているならその稀なこともわかるだろう。

ブラウに続き、実際にその様子を見ていた寮生も口を開く。「薬品棚を倒した後もヘラヘラ笑うだけだし」ある生徒がそう口にした途端。「なに!? 薬品棚を倒した!?」クルーウェルは大声を上げ、急いで薬品棚の場所へ向かった。

そこにあったのは、無残に倒れた棚と薬品たち。薬品の小瓶は割れ、破片が散らばっていた。貴重な薬品も中には含まれていたというのに。


「・・・・・・こんの駄犬どもが!」


教鞭を出して強くたたきつける。「なぜもっと早くにマジカメモンスターを追い払わなかった!」と怒鳴るクルーウェル。そうとうご立腹だ、無理もない。「ええー! イシダイせんせぇがオレを止めたんじゃん」それにフロイドが無茶苦茶だと声を上げる。


「ブラウ! お前がいながらこの事態はなんだ! もっと注意しろ、それでもサイエンス部部員か!」

「俺ですか・・・・・・もう寮長やめたんですけど」


寮長をやめたあとも寮長扱いしてくるのはやめてほしい。せっかく優秀なアズールに寮長の座を渡した意味がないじゃないか。とはいっても3年生であるし、最高学年だからと言われてしまえばそれまでだが。


「マジカメモンスターの迷惑行為も、寮生との喧嘩もご法度だ。運営委員でしっかり防ぐように!」


運営委員のアズールとジェイドにきつく言い与えると、クルーウェルはご立腹の様子で部屋を後にする。

ため息をついた後、アズールは早々に寮生たちに荒れた部屋を片付けるように指示を出す。まだ今日が始まったばかり、夜まで長い。客足も増すばかりで、いつ次の客が訪れるかもわからない。できるだけ手早く済ませる必要がある。

ブラウも後片付けを手伝おうと辺りを見渡した時、ふいにクイッと袖を引っ張られた。振り向けばしゅんとした顔でフロイドがこちらを見下ろしていた。


「サンゴちゃん、ごめんね・・・・・・」

「お前は悪くないよ。俺のために怒ってくれて、ありがとな。でも手出しは駄目だ、わかったな?」

「うん・・・・・・」


小さい子供みたいに俊と落ち込んで、素直に返事をして頷く。厄介だし、図体も大きいが、こういうところがあるから可愛い後輩だと思ってしまう。フロイドを見てブラウはクスリと仕方がないな、と笑った。


「ほら、お前も行くぞ」

「ん」