人魚の不得意



授業が終わると、クラスメイト達はそれぞれ部活に向かったり、寮へ帰ったり、はたまた勉強をするために図書室へ向かったりと、各々目的を持ちながら教室を出ていく。ブラウもそのうちの1人だった。

今日は何も予定はない。寮へ帰ってすることも無ければ、モストロ・ラウンジのバイトも入っていない。部活動も今日はお休みだ。オールフリーの日は珍しい。

なら、次の研究の題材でも探しに行くか、と図書室へ足を向けた。誰にも邪魔されずに図書室に籠る、充実した時間だ。しかしそれは、図書室の扉を開く前に打ち壊されることになった。


「あっ、いたぁ! サンゴちゃ〜ん!!」

「・・・・・・」


ブラウを発見したフロイドは、廊下で大声で名前を呼びながら大振りに手を振って駆け寄ってくる。飼い主を見つけたペットのよう、という言葉は飲み込み、ブラウはため息をついてドアノブから手を離し、ブラウに向き直った。


「今日はなんだ、フロイド」

「うーん・・・・・・説明すんの面倒だから、一緒に来てよ」


「はぁ、まったく・・・・・・」なんでこうも、いつもいつもコイツらに捕まらなければならない。「こっちこっち」と言ってフロイドに手を引っ張られるまま、ブラウは図書室を後にした。



* * *



「は〜い、サンゴちゃんをお届け〜」なんてふざけて言うフロイドに手を引かれ、連れてこられたのは運動場だった。そこにはバルガスと、運動着で箒を携えたアズールとジェイドの姿もあった。


「フロイド、貴方・・・・・・!」

「何故よりにもよってブラウさんを連れてくるんです!」


2人はブラウの姿を見るとギョッとし、連れてきたフロイドに向かって不満の声を浴びせる。フロイドはそれを気にせず、面白そうに笑っているだけ。お呼びじゃないなら帰りたいものだ。


「おお、ブラウ! 後輩を心配して駆けつけたのか」

「心配じゃないんで帰って良いですかね」

「ちょうどいい! お前が面倒見てやれ!」


どういつもこいつも話を聞きやしない。

バルガスから話を聞くに、ジェイドとアズールは飛行術の補習をしているらしい。全く飛べない2人にしびれを切らし、授業外特訓を言い渡したそうだ。フロイドは置いておいて、アズールとジェイドは飛行術が心底苦手だと話に聞いていたが、補習を言い渡されるほどとは思ってもみなかった。

そしていくらか練習しても全く成果が見られず、そこでフロイドがブラウに教えてもらえばいい、と思い至りさっそく行動に移した、ということらしい。

バルガスはまず手本を見せてやれといい、ブラウに箒を差し出した。これはもう強制的に面倒を見ることになってしまったらしい。べつに飛行術が特別得意というわけでもない。自分の成績は中の中だ。そう断りを入れてから、ブラウは箒に腰を掛けるように座り、数メートル飛び上がり、すぐに降りる。


「これで良いですか」

「サンゴちゃん上手〜!」

「よし! お前たちもこれくらい飛べるようにしろ」

「あそこまで飛べって言うんですか・・・・・・」

「ブラウさんは飛行術が得意なようで。それを僕たちに求めるのは如何なものかと」


アズールは顔を歪め、ジェイドにいたっては顔は笑っているが言外に無理だと主張している。

話を聞かないバルガスは他の補習者の面倒も見なければならない、など言って2人をブラウに任せて行ってしまう。「はぁ、もう。まったく・・・・・・」この学園の人は、他人に押し付けるのが好きなようだ。


「取り合えず飛んでみろ。見なきゃアドバイスもできない」


まずは飛んでからだ、といって2人に箒にまたがるよう促すが、アズールとジェイドは「ブラウさん! ここは僕たちだけでも大丈夫なのでご心配なさらず! わざわざお越し頂いてありがとうございました」「ええ、その通りです。ブラウさんは是非、ご自分の予定を優先なさってください」などと言ってなかなか箒にまたがろうとしない。「はは! 必死過ぎてウケる」そんな2人を見てフロイドは至極楽しそうだ。


「いいから、乗れ」

「うっ・・・・・・・・・・・・はい」

「かしこまりました・・・・・・・・・・・・」


語気を強め低い声で再び促せば、2人も抗うのを諦め、しぶしぶ箒に跨った。たかだか少し飛ぶ程度だろう。何をそんなに嫌がるんだか。

そして2人の飛ぶ姿をみて、ブラウは愕然とする。2人は箒にしがみつくように身体や脚を縮め、地上から数十センチだけ浮かび上がる。目分量だが、1メートル飛んでいるといっていいのかわからないぐらい、とにかく低かった。

「・・・・・・フロイド。2人はいつもこんななのか?」隣で一緒になってみているフロイドに問いかける。「うん。いつもこんな。驚いたー?」フロイドは肯定し、感想を求めてくる。「苦手とは聞いていたが、此処までとは思わなかったな。そりゃ補習ものだ」意外な一面だな、とブラウは付け足した。「自分のことは棚に上げておいて・・・・・・!」「フロイド、後で覚えておいてください・・・・・・」ガッシリ箒に掴まりながら2人は恨めしい目を向ける。

箒から降り、地上に足をつけると2人はほっと安堵の息を吐く。本当に苦手らしい。「仕方ないな。まずはアズールからだ。フロイド、お前はジェイドに付き合え」それを聞くとアズール声を出して驚く。「は〜い!」フロイドは元気よく返事をして、そうそうに片割れの方へと向かっていく。そしてブラウは発言通り、まずアズールから様子を見るためそちらに足を向けた。


「ほら、どこにも行かないように箒は掴んどいてやるから乗ってみろ」

「うぅ・・・・・・」


空を飛ぶ恐怖心とブラウに恥ずかしい姿を見られてしまった羞恥心を織り交ぜたながら、アズールはなんとか耐えてもう一度箒に跨る。宣言通り、箒の先をブラウはしっかりと片手で掴んでくれている。アズールは深呼吸をして、身体を縮こま世て地上から足を離した。

「身体を丸めると逆に恐怖心を煽るだけだ、バランスも取りづらい」ブラウはそう言ってアズールにアドバイスを投げかける。「まず手の位置はもっと手前だ」手の位置を手前にするよう促す。片手で箒を掴み、もう片手でアズールの身体を支えながら手の位置を手前にゆっくりと持ってこさせる。「腕を立たせて、身体も箒から離せ。そしたらバランスを取ろうと自然と足も伸びる」箒にしがみつく身体を徐々に箒から距離を離させる。「大丈夫だ、俺が支えてる」安心させるように声をかけながら、ゆっくりと姿勢を正す。

まだ体は強張っているし不自然だが、なんとか姿勢を正すことはできた。「よし。そしたらその状態でまずは10秒だ」と言って、ブラウは10秒カウントを声に出して始める。身体に力を入れてプルプルと震えながらその状態を保ち、なんとか10秒乗り越えることができ、アズールはようやく地面に足をつくことができた。


「はあ・・・・・・やっと降りれた・・・・・・」

「最初のアレよりかなり良い。今のを意識して、ゆっくりでいいから繰り返せば次期に慣れる。身体の力も抜ければ上々だな」

「飛行術なんて、今後役にも立たないじゃないですか・・・・・・」

「それは人それぞれだが。まあここは学校で成績ってのがあるからな。学生の間は我慢しろ」


何事もあきらめずに努力を突き詰めるアズールでも、飛行術は文句をつけたいぐらいダメらしい。

「よし、じゃあ交代だ」フロイドを呼びつけてアズールを任せ、今度はジェイドのもとへ向かう。ジェイドの状態もアズールと同じで、身体を縮こませて箒にガッシリとしがみついて浮いている状態だ。それに加え、さんざんフロイドに揶揄われていたジェイドは今、箒にしがみついて上下が反転している。必死にしがみつくその姿はいつもの様子からは想像もつかない。


「お前も身体を丸めすぎなんだ。だからバランスが取れずに反転するんだ」


身体を支える部分は箒のこの棒しかないのだ。身体のバランスが一番重要なのだと投げかける。「人魚に空を飛べと言うのがそもそもの間違いなんです・・・・・・」反転したまま恨めしそうな声色でジェイドは訴えた。「まあ一理あるが、飛ぶ魚だっているだろう」なんて言うと「誰ですそれ」と立て続けに聞き返してくる。「トビウオとか?」一応空を滑空しているだろうと言えば「僕にはそんな尾ひれは有りません」と断ち切る。それにブラウが少し笑った。

「ほら、抑えててやるから取り合えず降りろ」箒を掴んでゆっくりと地面におろしていき、ジェイドを地上におろす。そしてアズールの時と同じ手順で教えていき、ゆっくり指導する。反応や身体の強張り方はアズールのそれと全く同じだった。箒から身体を離した状態で10秒カウントし、地面に足をつき箒から降りる。


「お前たち双子は似てるんだが似てないんだか、わからないな」

「フロイドだって全く飛べてませんよ」

「でもアイツは補習じゃないんだろう。少なくともお前らよりまともに飛べてるってことだ」

「・・・・・・」


ジェイドは黙りこくってムッと眉間にしわを寄せる。いつもニコニコと表情を浮かべてる奴が、感情に任せてムッと拗ねるのは面白い。そんなジェイドにブラウはまた笑みを零すと、さらに不満そうな顔をする。

すると「サンゴちゃ〜ん、終わったー?」とアズールをほったらかしてフロイドが聞いて来る。「ああ。じゃあ今度は2人でやってみろ。見ててやるから」そう言ってジェイドとアズールを合流させ、飛行術の特訓をつづけた。
正直、まともに飛べるようになるまでいくら時間がかかるか分からない、そんな状態が続いた。



後日、飛行術での恥ずかしい姿を挽回しようと、2人が他の分野でブラウに自慢している姿がたびたび目撃された。