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共に生きるは茨の道
「おお、来よったな」
久しぶりに茨の谷に足を踏み入れた。見慣れた自然に囲まれた辺りを見渡しながら歩いていると、開けた場所で見知った者が出迎えてきた。魁を見つけて大きく手を振るリリアと、その隣にはマレウスが立っている。
「久しいのう、変わりは無いようじゃな」出迎えた2人のもとへ足を進めれば、リリアは魁を上から下まで見つめ、そんなことを言った。「お前さんも変わらんなあ、リリア」そう易々変わるわけがないだろう、と意味を込めて魁も同じ言葉を返した。「フフフ、わしはまだピッチピチじゃからのう」腰に手を当て、まだまだ現役のリリアは鼻高々に笑う。
「マレウスも久しぶりだな。直々に出迎えてくるとは思わんかったぞ」
「お前が来るというのに、出迎えないわけがないだろう」
隣に立つマレウスに今度は目を向けた。大抵のことではあまり表情を変えないマレウスは、魁を見て少し口端を上げる。
「こやつ、おぬしが此処を立ち寄ると聞いてから浮かれておったんじゃぞ」そんなマレウスを揶揄うようにリリアは魁に耳打ちする。「僕は別に浮かれてなどいない」リリアの揶揄いに、マレウスはムッと唇を尖らせる。「嘘つけ、花が舞っておったではないか!」続けて言ってくるそれに、またムッとした表情をする。子供っぽさがまだまだ抜けていないのが見え見えだ。
「にしても、お主はでかいなあ。また大きく育ったか? 小さい頃が懐かしい・・・・・・」昔は自分の腰辺りまでしかない幼子だったというのに、今では首が痛くなるほど大きくなった。ツノのせいでさらに大きく見える。シクシクと昔を懐かしめば「いつの話をしている・・・・・・」とマレウスは少々呆れた声色を出した。
それにクスクスと笑みを零したとき、ふと視界の下あたりに動くものが見えた。それを追って視線を下げ、魁は目を丸くした。
「人間の、子ども・・・・・・?」
「・・・・・・?」
白銀の髪をした、人間の幼子がそこにいた。その子はリリアの背に隠れながら魁をじっと見つめていた。
「おお、そうじゃった。お主には言ってなかったのう・・・・・・ほれ、シルバー」リリアに背をトンと押され、シルバーと呼ばれた子供は、はじめましてと小さな口で告げた。しっかりと挨拶ができたとリリアは溺愛するようにシルバーを誉めている。
「・・・・・・それで、なぜ此処に人間の子供がいるんだ」その様子に唖然としながら、腕を組んで言い放つ。「ああ。数年前、リリアが拾ってきたんだ」魁の問いかけに、マレウスはなんでもないようにそう言った。
「はあ!? 拾っただと!?」
「うむ。今はわしが父親がわりをしておる。ほれ、可愛いじゃろ〜!」
「リリア! そういう問題じゃ・・・・・・っ・・・・・・!」
大声を出して、呑気なことを言うリリアに突っかかろうとしたが、再び視界に入ったシルバーを見て、魁は深く長いため息を落としてそれを飲み込んだ。片手で頭を抱え、空を仰いだ。
「・・・・・・お前のことだ。理解していないわけはないだろうからな、これ以上は言わん」
「お主の言いたいことは分かる。じゃが、この子に罪は無いからのう」
魁の言いたいことを、リリアは承知していた。それでもこの子には罪はないのだと、リリアは愛しむようにシルバーの頭を撫でた。
「長旅で疲れただろう、好きなだけ滞在するといい」
* * *
木に背を預け、木陰に座る。ぼんやりと辺りの自然を眺めながら煙管に口をつけ、フゥ・・・・・・と一つ息を吐きだした。此処は自然に閉ざされていていい。魁は一人、静かな時間を過ごしていた。
ときどき小さな動物や小鳥がやってくるが、魁がちらりと視線を送ると、何かを察知してそそくさと逃げ帰ってしまう。動物の本能か。逃げ帰る小鳥眺め、魁はもう一度煙管に口を付けた。
「・・・・・・?」
するとクイクイと裾を引っ張られていたことに気づく。そちらに目を向けると、じっとこちらを見つめてシルバーが着物の裾を引っ張っていた姿が目に映る。「お、おお・・・・・・お前か」まさか1人で自分の所へやってくるとは思わず、魁は少々驚きながら言った。
「・・・・・・なんだ、わっちに何かようか?」
そう聞けば、シルバーはじっとこちらを見上げたままコクコクと頷いた。真っ直ぐと、済んだ瞳で見つめられたのは、ひどく久しぶりだ。
「・・・・・・ああ、良いよ。おいで」
持っていた煙管から手を離すと、それはスッと消えていった。両手が開いた状態で、魁はシルバーの身体を支え、自分の片膝の上に座らせる。その間も、シルバーは好奇心に満ちた瞳で見つめていた。
「お主、シルバーと言ったなあ。歳はいくつだ?」そう問いかければ「5つです」と礼儀良くシルバーは応える。「5つかぁ。フフ、ちいさいなあ」まだ5年しか生きていないとは、まだまだ赤子のようなものだ。
「魁、様はマレウス様たちのお知り合いですか?」
「ああ、それなりにもう付き合いは長い。現役のリリアやまだ幼子のマレウスと会っているからなあ」
丁寧な口調で問いかけるシルバーに、魁は頷ぎながら答える。
「それと、わっちは様を付けられるような身分ではないぞ」自分に様をつけて呼ぶシルバーにそう言ってやると、シルバーはどうしようかと少し迷った表情を浮かべる。それを見て、クスリと笑いながら「まあ、お主の好きなように呼ぶといい」と続けた。
「魁様は、何処から来たんですか?」
「ずっと遠い東の国だ。此処とは文化も言葉も人種も違う」
「魁様も妖精なんですか?」
「いいや、わっちは妖という類だ。妖精とは少しばかり違うが、まああまり大差がないといっても良いか」
シルバーは魁にいろいろな質問をした。住んでいた国の話。妖精とは違う妖というモノの存在。自分が住んでいる茨の谷しかまだ知らない幼子は、全く別の世界に興味津々だった。そうして長く話を続けていると、最初は少し強張らせていた身体の力も解け、警戒を解いていった。すっかりシルバーは魁に心を許していた。
「・・・・・・」
「なんだ、眠いのか? なら屋内へ戻るといい」
「・・・・・・うぅ、ん・・・・・・すぅ・・・・・・」
コクコクと頭を揺らすシルバーに気づき、顔を覗き込む。眠そうに目をこすると、シルバーは睡魔に抗うことなくスッと意識を手放し眠ってしまった。身体を預け、魁の腕の中で、まるでゆりかごにいるかのようにシルバーは安心して眠っている。
そんなシルバーを見下ろし、魁は目を細める。身体を支えていない片腕の袖を持ち、着物の袖を毛布がわりにしてシルバーを包み込む。
すやすやと寝息を立てて、眠る幼子。こうして、また人間と話をしたのは久しぶりだ。ましてや幼子など、何年ぶりだろうか。弱く脆く、時間も瞬きの時しかない人間。ああ、ほんとうに――
「・・・・・・本当に、人の子は愛しいなあ」