悪鬼羅刹



ナイトレイブンカレッジに存在する7つの寮のうち1つであるディアソムニア寮。ディアソムニア寮は茨の魔女の高尚な精神に基づく寮。魔術全般を得意とする生徒が多く在籍しており、その寮長であるマレウス・ドラコニアには妖精族の末裔で、頭部に生えた黒い角と尖った耳を持った、茨の谷の次期王である。

そんな他寮とは浮世離れをした寮に、学園内でも異質な存在が在籍していた。

その者の名は、魁。彼は常に着物という服装を身にまとい、日の出の外出時には黒いお面をつけていた。極東出身だという彼には、額から2本の赤い角が生えていた。眉間には不思議な紋様が浮かんでおり、耳も人間のそれとは違い、尖っていた。一目見れば、それが人間ではないことなど容易に理解できる。

見目からして周りから浮いている。だが、異質な存在である理由はそこではなかった。この世界にはマレウスのような妖精族というものが存在する。初めて彼を見る者は彼を妖精族だと思うだろうが、実際は違う。住む地域、文化が変われば、認識も存在も変わっていく。人間でも妖精族でもない、それが異質な存在たらしめる理由だった。


「うん? どうかしたのか、シルバー」


寮の談話室でのんびりと煙管を吹きながらリリアと話していると、少々慌てたシルバーが降りてきた。「それが、マレウス様の姿が見えなくて・・・・・・」何度目かのそれにシルバーが肩を落とす。「また散歩にでも行ったのじゃろう」そんなシルバーに、いつものことだとリリアが笑って答える。


「おや、散歩に出かけたのか? 今日は入学式だろう」


ふぅ・・・・・・と吹いた魁がそういう。すると、シルバーとリリアが「え」という顔で魁を見た。「・・・・・・なんだ。その様子だとまた知らされていなかったようだなあ」それを見た魁がクスクスと可笑しそうに笑う。遠巻きにされがちなディアソムニア寮は、寮長がマレウスになってからというもの、さらに遠巻きにされてしまっている。ゆえに、寮長同士の情報なども滅多に来ない。


「やはりそうか。どおりで他寮が騒がしいと思ったわい。魁、お主も知っておったのなら言ってくれれば良いものの」

「ふっ、それでは面白うない。アレの拗ねた顔は案外面白い、わっちの楽しみの一つだ」

「やれやれ、お主にも困ったものじゃ」


ふふふ、と魁は面白そうに笑う。マレウスはああ見えて、中見は案外子供っぽい。それに加えて、実は1人が親だったりする可愛い性格をしている。長い付き合いである魁は、それを使ってマレウスを揶揄うこともしばしばある。

「では、わしは今から入学式に向かおう。シルバー、お主はマレウスを連れ戻しに行くとよい」ソファから腰を上げ、リリアは指示をさす。シルバーは「はい」と言って足早にマレウスを探しに寮を出ていった。「お主は静かにしておるんじゃぞ?」飄々としている魁にくぎを刺すリリアに「わかってるよ」と言ってリリアを見送る。

1人になった談話室で、早く帰ってこないかなあ、と魁は寂しく煙管を吹いた。



シルバーがマレウスを見つけ出し寮へ戻ってきたときには、すでにリリアは新入生を向かい入れており、ある程度の紹介も終え、解散してしまっていた。談話室に残っているのと言えば、魁やリリア、そして今年入学してきた同郷のセベクぐらいだ。また自分だけ仲間外れにされたマレウスは、案の定ムッとした顔でソファに腰を下ろした。


「ク、ハハッ! なんだマレウス、拗ねておるのか? 全く可愛いなあ」

「魁、うるさいぞ」

「フフ。良いじゃないか、セベクだけはお前さんを待っていたぞ?」

「・・・・・・」

「魁様・・・・・・もうその辺で・・・・・・」


盛大に笑ってマレウスを揶揄う魁。揶揄われているマレウスに至っては、どんどん不機嫌な顔いろへと変わっていく。それを見たシルバーが少々控えめに止めに入る。

「若様っ!!!」入学したてのセベクはマレウスを見るなり嬉しそうに目を輝かせてマレウスに駆け寄った。尊敬するマレウスと同じ学園、同じ寮に入れて大層嬉しそうだ。昔からセベクはいつもこうだ。マレウスへの心酔ぶりが中々面白い。


「久しいな、セベク。元気にしとったか?」

「魁様! 魁様もお変わりないようで何よりです!!」

「わっちも嬉しいぞ? セベクが入ったおかげでまた楽しくなりそうだ」

「魁様・・・・・・っ!!」


セベクは魁の言葉に感動したように、声を震わせた。「フフ。本当にお主は素直だなあ・・・・・・」セベクはマレウスのほかにもリリアを慕っているが、魁のことも慕っていた。2人と旧知の仲であり、時たま茨の谷へ通っていたこともあって、幼少期からの付き合いだ。これはシルバーに至ってもそうだ。


「揶揄う相手が増えてなによりだ」

「ほどほどにしておくんじゃぞ?」

「それはわっちの気分次第だ」


「では我々だけでセベクの歓迎会でもするとしよう。わしが腕によりをかけてご馳走を作ってこよう」リリアがその発言をした途端、ピシリと談話氏の空気に亀裂が入った。リリアの料理はお世辞にも食えたものじゃない。それは此処に居る全員が身をもって知っていた。リリアは話を聞かずにキッチンへと向かってしまった。

「わっちは降りる」すぐさま魁が言う。「僕も戻るとしよう」続けてマレウスもそういうが「マレウスは残ったらどうだ? せっかくのセベクの歓迎会であろう?」と魁が言う。「ならお前も残るんだな。帰ってはセベクが可哀想だろう」そうはさせるか、とニヤッと笑ってマレウスも仕返す。「若様・・・・・・! 魁様・・・・・・!」もはやリリアの手作り料理の前に、セベクは2人に感動していた。

ああ、これでは本当に食さねばならなくなる。魁はシルバーに目を向け「シルバー、お主の父親だろう。なんとかせい」じっと見る。「俺にはむりです・・・・・・」首を振ってシルバーは無理だと苦渋に言う。

結局、止めに入る前に作り終えたリリアの手料理を4人で食すことになったことは、言うまでもない。



――妖。
――それは、極東に住み着く人間とは違う存在。妖精と近しい存在だが、あり方はそれをは異なる。
――それを人々は「妖」または「妖怪」と言い伝えた。

――ディアソムニア寮3年、魁。
――彼は古より極東に住み着く、正真正銘の「鬼」である。