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第三話


 ムルに彼女のことを知られてからというもの、まさに予想していたとおりの事が起きた。

 ムルはすっかり彼女に夢中になった。いまま見たことも聞いたことも無い種別である彼女は、その名の通り未知数な可能性を秘めていて、ムルはそれを暴きたくて仕方がないのだ。あれやこれやと彼女と接触し、様々な事を試しては、ひとつひとつ理論立てて彼女という生態を調べて行く。

 シャイロックとしても、彼女の生態について知りたくないわけではない。彼女のことを知ることができれば、今後彼女に対して適切な対応を行うことができるし、彼女のこともより理解することができる。ただ、口では言わないが、後からきたムルに暴かれていくのが少しばかり不満だった。

 そして今日も、ムルは勝手に部屋に入り込んでいた。


「やあ。おかえり、シャイロック」


 仕事を終え部屋に戻れば、まるで我が物顔でムルは居座って、彼女に本を広げて見せていた。今日は酒場に来なかったと思えば、無断で入り込んで彼女と戯れていたなんて。シャイロックは大きくため息を吐き出した。


「はあ……今日も来たんですか、飽きませんね」
「それは君にも言えることだろう」


 パタン、と片手で本を閉じ、ムルはにやりと笑う。少しばかり腹が立ったのは秘密だ。


「彼女の生態が気になるからね。こんな経験、長く生きていてもそうない」
「だから嫌だったんですよ、貴方に教えるのが」


 こんなことになるだろうと思っていた。むしろ、ムルに彼女のことを教えて、こうならない方がおかしい。ムルが彼女に興味を持って夢中になれば、毎日のように此処へ通ってくるに違いない。結果、彼はあの日以来、頻繁に此処へ通っている。今日のように、酒場へは来ず、勝手に部屋に上がり込んでいることの方が最近は多い。

 シャイロックがそう言うと、ムルは「そんなこと言わないで、俺たちは友人だろう」と、まるでご機嫌取りをする猫のように言ってきた。そんな態度を取るムルに、シャイロックはやれやれと肩をすくめた。


「それで、今日はなにをしていたんです」


 ムルに問いかけるも、シャイロックは視線を向けることは無く、その視線はシャイロックが来たことを喜ぶ彼女へ向けられていた。

 彼女は水槽の縁に手をついて、水の中で尾ひれをゆらゆらを揺らしている。それが、なんだか主人を目にした飼い犬のようで、シャイロックはくすくすと笑みを零し、濡らした手で彼女の頬を撫でた。


「文字を教えてたんだ。彼女は言葉を知らないだけで、話せないわけじゃない。こちらの言葉もある程度理解できるようだから、会話は可能だと思ってね」


 物珍しいのか読み込みは早い方だったよ、とムルは感心する。

 それはシャイロックもすでに分かっていた。しかし、ムルのように言葉を教えようとは思わなかった。こちらの言葉を理解することはでき、意思疎通はある程度取れる。彼女がたとえ喋ることができなくとも、困ることは無かったのだ。


「まあ、君がきたおかげで興味はなくなったみたいだけど」


 ムルは少々残念そうに呟いて、片手に持った本を見つめた。教えていた時は興味津々に本の文字を目で追っていたというのに、シャイロックが現れてからは一切こちらに目を向けない。彼女にとっての一番はシャイロックで、それに勝るものは無いようだ。


「文字なら、今度から私が教えましょうね。だから、こんな男はさっさと追い出してしまいましょう」


 ふふ、と優雅に微笑んで彼女の頭を撫でるシャイロックに、ひどいな、とムルは笑いながら零し、シャイロックに夢中な彼女に訴えかけた。


「どう思う、君。シャイロックは俺を君から引き離したいみたいだ」


 ムルに擦り寄られた彼女は、不思議そうに目を丸くしてムルを見つめて首を傾げた。彼女には伝わっていないようだ。

 そんなムルに、なにを言っているのだ、とシャイロックは「当たり前でしょう」と言葉を突きつけた。


「貴方みたいな男を近づけたい人なんていませんよ」
「ひどい言い草だ」


 ムルはそう言って傷ついたふりをするけれど、その表情には笑みが浮かんでいる。まったく嫌な男だ、とシャイロックは内心でぼやいた。そんなシャイロックを他所に、彼女に対してまったく過保護だな、と思ったのは、ムルだけの秘密だ。