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第二話


 最近のシャイロックの様子に変化が訪れたことにいち早く気づいたムルは、早速シャイロック本人に尋ねてみるものの、彼は妖艶に微笑むばかりで、その真相を一切教えてはくれなかった。しかし、それで諦めるムルでもない。ムルはいつも以上にシャイロックの酒場へ通い、あれやこれやとシャイロックにアプローチをして、彼の秘密を聞き出そうとした。けれど、やはりシャイロックは笑むばかりでその話題を誤魔化すのだ。

 一筋縄ではいかないところは楽しく、なんとか口説き落とそうと思考錯誤するのは楽しい。勿体ぶるような態度でこちらを焦らしてくるのは面白い。ムルはシャイロックに変化をもたらした秘密を聞き出すのとは別に、そんな状況にも楽しんでいた。しかし楽しんでいるとはいえ、それが長引くたびに、ムルの好奇心と興味心は募りに募っていくばかり。

 なぜ、そこまでそれを秘匿するのか。
 なぜ、そこまでそれを誤魔化すのか。

 ただで教えるのは面白くない、という考えや、なんとか聞き出そうとするこちらの様子を楽しんでいる、という可能性もあるだろう。シャイロックは自分のことを好意的に思っている反面、それとは正反対の感情を持っている。それなら、そういった思考が裏にあるのも頷ける。しかし、それだけではないなにかをムルは確かに感じ取っていた。

 どこかシャイロックは、それを誰にも知られたくない節がある。こうして秘密にしているのだから、それは当たり前のことだ。けれど、そうではなく、どこか執着めいた、依存といったものに近しいものを感じる。シャイロックは西の国魔法使いらしく、自他ともに認める自由奔放な煙のような人間だ。そんなシャイロックが、態度の節々に執着心を滲ませる。それが、ますます秘密への興味心を膨らませた。

 けれど、どんなに興味を抱いてもシャイロックがそれを教えてくれることは無い。そして、ムルはとうとう強硬手段に出ることを決めた。






 人目に付かぬよう、そっと空へ向かんで、窓に近づく。囁くように呪文を唱えれば、鍵がかかっていた窓はカチリと音を鳴らして、こちらを招くように音を立てて開いた。窓が開き、閉められたカーテンは風を受けてドレスのように裾を揺らす。ムルはそのまま窓に近づき、そっと部屋へ足踏み入れた。

 シャイロックが外へ出かけるのを遠くで見計らっていたムルは、シャイロックが家を出たのを確認すると、まるで盗人のように部屋に忍び込んだ。見つかればそれなりにシャイロックに怒られてしまうだろうが、それはそれだ。シャイロックがいつまでも教えてくれないのが悪い、秘密を暴いてくれと言っているようなものだ、と自分勝手に呟いて、ムルはシャイロックの部屋を見渡した。

 そもそも秘密が部屋にある、と聞いてはいない。しかし、外出の頻度が減り部屋に引きこもることが多くなったことを考えれば、十中八九自分の手元にあると考えられる。シャイロックがあそこまで気に入っているのだ、きっと見ればすぐに分かる、目を惹くようなものに違いない。

 そうして、視線を少し逸らした時だった。

 それは、この部屋には異質で妙なものだった。家具にも合わず、シャイロックの趣味だとも思えない、大きな箱。透明な箱には蓋がなく、水で満たされている。それだけでも妙だと言うのに、その箱の中にいるそれ≠ヘもっと異質だった。

 真っ青の瞳が、こちらを捉えていた。

 ムルは思わず目を見開いてそれ≠呆然と見つめた。水槽の中から見つめる瞳に敵意は無く、こちらと同じように目を丸くしている。ムルは吸い寄せられるように水槽に近づき、膝を折って、ガラス越しに中を覗き込んだ。

 上半身は、人間の女性の姿。けれど、下半身は違う。腰から下の下半身は、魚類の姿をしていた。青い鱗は水の中で反射して、不思議な光を放っている。それ≠ヘじっとこちらを見つめ返している。上半身だけ見れば、なんら自分たちと変わりはない。いや、上半身は人間の姿をしていても、水中で呼吸ができている様子を見れば、やはり違うのかもしれない。

 不思議だ。見たことも無い生態を目の前に、ムルは目を輝かせた。


「ほう……これは……」


 もっと近くで観察したい。そうして水槽に手を触れた時だった。


「《インヴィーベル》」


 聞き慣れた声が聞こえ、それと同時に魔法を放たれた。ムルは自分と水槽の間をめがけて放たれたそれを難なく避けて、水槽の傍から離れた。


「不法侵入ですよ、ムル」


 シャイロックは扉の傍に立って、その手に煙管を携えていた。声色は普段と変わりはないが、その表情は呆れていた。


「暴きたくなるのが、俺の性分だからね。君が俺に隠し事をするのが悪い」
「なんでも貴方に話すと思ったら大間違いですよ」


 悪そびれも無く楽しげに笑むムルとは正反対に、シャイロックははあ、とため息を吐くとともに大きく肩を落とした。

 シャイロックは携えていた煙管を仕舞うと、部屋に設置されたテーブルに買い出して手に入れた物を詰め込んだ紙袋を置いた。そのままムルには目もくれず、水槽へと近づいた。シャイロックが傍にくると、水槽の中にいるそれ≠ヘ嬉しそうに笑顔を浮かべて、水面から顔を出した。


「なにもされてませんか。今後、この男には近づいてはいけませんよ」
「ひどいな、俺はなにもしてないよ」


 まったく酷い言い草だ、と零したムルは、じっと二人の様子を眺めた。

 手を水槽の水に浸してから、それ≠フ頬に触れるシャイロック。それ≠ヘ嬉しそうに擦り寄っていて、シャイロックにとても懐いている様子だった。それにくすりと笑むシャイロックは、庇護すべき子供を愛でる親のようにも、ペットを愛玩する主人のようにも見えた。

 ムルはシャイロックの隣に立ち、友人に懐くそれ≠見つめる。


「これ、どうしたんだい」
「その呼び方は失礼ですよ」


 シャイロックの言葉に「ああ、悪いね」と答えるが、口だけでそこに謝罪は無く、ムルの視線は興味津々に彼女へ向けられていた。

 彼女も彼女で、ムルのことなど一切気にする様子は無く真っ直ぐシャイロックに眼差しを向けていた。


「こんなの見たことがない……人間の上半身に、魚の下半身。俺が知る生物学の書物でも読んだことは無いね」
「貴方がそう言うのなら、そうなのでしょうね」


 少しばかりムルならどこかで彼女の存在について知っているのではないかと期待したが、ムルでも彼女のような存在は知り得ないらしい。少し残念だが、困ることは無い。彼女との生活はもう長くなるが、問題は一度も起きてはいない。

 シャイロックが腕を引き、撫でていた頬から手を離すと、彼女は一度深くまで水槽の中に潜り込んだ。泳ぐには狭い水槽の中で、身体を捻って潜ったせいで、水面から一瞬尾ひれが顔を出し、少しばかり水飛沫を飛ばした。


「不思議な気配だ。そうだとは思わないかい」
「ええ、私たちのような魔力とは違うなにかです」


 シャイロックとムルは、水槽の中で泳ぐ彼女をじっと見つめた。

 彼女には、不思議な気配があった。自分たち魔法使いが持つ魔力と似ているが、少しばかり違う。もっと自然的で、どちらかと言えば幻獣や精霊のような気配に似ている。


「古代種でしょうか」
「可能性はある。今まで発見されなかったか、発見される前にほとんどが滅んだか。もしくは突然変異の可能性も」


 ムルはじっと彼女を観察しながら、あらゆる可能性をつらつらと述べたが、最終的には「どちらにせよ、対象が一つだけでは結論に達せないね」と零した。ムルの言う通り、彼女一人の存在だけでは何とも言えないだろう。

 水の中に潜っていた彼女が、ふいに顔を出して二人の顔を見比べた。そして自分をじっと見つめる二人に小首を傾げる。


「人魚、か……」


 小さく零したムルを、シャイロックはこっそりと盗み見た。好奇心に光る瞳、興味津々に向ける眼差し。シャイロックはそっと目を細めて、背けるように視線を逸らした。