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哀に哀を重ねた



 アーサーは物思いにふけりながら、ひとり魔法舎の廊下を歩いていた。

 頭に思い浮かんでいるのは、北の魔女のドロシーこと。以前、挨拶に伺った際の彼女の様子がどうにも心に引っかかって、それが気になってしょうがなかった。あの時の彼女の表情、そしてあの言葉と声色。そこにはきっと、言葉だけでは見えない何かがあるような気がした。けれど、今の自分には分からない。彼女との友好関係を築くためにも、もっとドロシーのことを知らなければならない。

 ふいに視界に入ったそれに顔をあげると、目の前にオズの姿を見つけた。アーサーはみるみるうちに笑顔になって、その背を追いかけた。


「オズ様!」


 名前を呼べば足をぴたりと止めて、優しい笑みを浮かべながら「アーサー」と振り向いてくれる。アーサーは満面の笑みを浮かべながら、足早にオズに駆け寄った。

 立ち話をしている最中、ふと先ほどまで悩んでいた彼女のことを思い出す。あの時、オズと知り合いなのか、と尋ねたとき、彼女は違うと答えた。けれど、そう答えた彼女の様子は、上手くは言えないがどこかおかしかった。もしかしたら、目の前にいるオズなら何か知っているかもしれない。 


「オズ様、少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「なんだ」


 思い至ったら即行動だ。少しでも可能性があるのなら、試してみたほうが良い。アーサーはその精神のもと、早速オズに尋ねた。


「オズ様は、北の魔女のドロシーとお知り合いなのですか」


 そして、わずかにオズが動きを止めた。

 それはあまりに不自然な仕草で、アーサーは首を傾げた。純粋な眼差しを向けながら首を傾げるアーサーに、オズは戸惑う。口を開くが、言葉が見つからずに閉ざし、瞳から逃げるように視線をさまよわせる。しかし、そんなことをしても時間の無駄で、アーサーは逃がしてはくれない。


「・・・・・・なぜ」


 オズは再度アーサーを見つめながら、当たり障りのない言葉を選んだ。


「ドロシーが、オズ様が持っている首飾りと同じ物を身につけていたのです」


 アーサーは正直に答える。

 彼が言っているのは、時々オズがひとりになると眺めていた赤い水晶の首飾りのことだ。アーサーは、オズの城で暮らしていた過去に、首飾りを寂しげに見つめているオズを何度も見ていた。それはとても悲しげで、だからアーサーの記憶の中に色濃くその姿が残った。


「・・・・・・ドロシーは、なんと」


 慎重に彼女のことを伺うオズ。

 その一連の様子だけで、二人の間に何かがあったのは明白だった。しかし、良い答えは与えられなかった。偽ることなく、アーサーは事実をオズに告げた。


「お知り合いではないと。でも、少し様子がおかしかったのが気になって」
「・・・・・・そうか」


 オズは短く頷いて、瞼を伏せた。

 その様子は、寒い城の一室でひとり首飾りを眺めていた時と、同じだった。



* * *



「オズとドロシーについて、ですか?」
「はい」


 後日。城での執務を終え、久しぶりに魔法舎に来たアーサーは、賢者と共に談話室でお茶会をしていた。これを提案したのはアーサーで「是非、賢者様にご相談したいことがあるのです」と賢者を誘ったのだ。少しでもリラックスできるようにと紅茶とお茶菓子を用意して、賢者はアーサーの相談を聞く。


「確かにお二人とも、一緒にいるときはぎこちないですよね」


 オズとドロシーの関係について相談を受け、魔法舎で暮らす彼らのことを思い浮かべてみると、賢者の目からも二人の関係はぎこちなく見えた。魔法舎での共同生活がしばらく経った後も、二人は滅多に他者とか関わらないが、お互いが顔を合わせそうになると、どちらともなくその場を離れたり、視線を合わせないようにしていた。単純に、二人とも他者との関りをあまり好まない性格だったための行動だと思っていたが、アーサーが言うにはどうにも違うらしい。


「仲違いでもしてしまったのだろうか。お二人とも、悲しい顔をなさるのだ」


 アーサーはそう言って、肩を落とし視線を下ろした。

 ドロシーにオズのことを尋ねた時も、オズにドロシーのことを訪ねた時も、どちらも同じ表情をしていた。どうして同じ魔法舎で暮らしているのに、そんな顔をするのか。〈大いなる厄災〉に立ち向かう仲間として、そして大切な恩人のために、アーサーはその憂いを晴らしたいと思った。

 二人は頭を捻って長いこと考える。


「なんじゃ、二人して難しい顔をしおって」
「なにか悩み事でもあるのか?」


 すると、たまたま二人を見かけたスノウとホワイトが不思議そうな顔をして駆け寄ってきた。自分たちだけでは分からないのなら、年上の知識を借りたほうが良い。アーサーと賢者は、悩みの種であるドロシーとオズの関係について双子に話した。それを聞くと、双子はやれやれ、とため息をついた。


「昔から二人して頑固だからのう」
「こればかりはオズが動かなければどうしようもない。なにせ、二人の関係に終止符を打ったのはオズの方じゃからのう」


 思ってもみなかった言葉に、アーサーと賢者は目を丸くした。「お二人は、ドロシーとオズ様のことを知っておられるのですか?」アーサーがそう尋ねれば、スノウは「知ってるもなにも、あやつらを拾い弟子にしたのは我らじゃ」と、笑いながら言った。それに、二人はさらに驚き目を丸くする。スノウとホワイトの弟子がオズとフィガロであるとは聞いていたが、まさかドロシーまでも双子の弟子であったとは思わなかったのだ。

 双子は簡単に二人の過去を語った。二人を弟子として連れて行く以前から、オズとドロシーは二人で北の国を彷徨い歩いていたらしい。いつでも二人でいる彼らは、まるで自分たち双子のようであったという。けれどある時、オズは誰にも告げずに屋敷を出て行ってしまった。ずっと共に歩いてきたドロシーさえも置いて行って、目の前から去ったという。


「オズも、ドロシーのことを想っての行動だったのじゃろう」
「しかし、それによってドロシーは千年以上経った今でもその傷を抱えることになった」


 自業自得じゃの、とホワイトは少々冷たく言い放った。そんなホワイトに、スノウが少し気まずそうに苦笑いをする。

 自分たちが思っていた以上に、溝は深いものだったみたいだ。長い時を生きてきた彼らだ。癒えるものもあれば、癒え切れないものもあるだろう。「なんとかして、お二人の関係を築き直すことはできないだろうか」そんななかでも、アーサーは二人の絆を繋ぎなおそうとしていた。


「オズ様はいつも、あの首飾りを懐かしそうに、寂しそうに眺めていたのだ。あの悲し気な眼差しを、今でも覚えている」


 記憶に焼き付いている。こっそり、夜に明かりが灯った部屋を覗いた時のこと。暖炉の前で、オズは深く椅子に腰を掛け、手の中のものを見下ろしていた。大切そうに指でなぞり、懐かしそうにそれを見て微笑む。けれど次第に表情は曇って、泣きそうな表情で、顔を俯かせた。大きな背中はどこか小さくて、ひとりきりだった。

 はたから見れば、それはただの自己満足なもので、お節介なことかもしれない。本当に二人のためにならないかもしれない。それでも、二人のために何かをしたいという気持ちは、ひしひしと伝わっていた。


「まったく、世話のかかる弟子たちじゃ」
「弟子の面倒を見るのは、我ら師の役目じゃからのう」
「ありがとうございます!」


 アーサーの気持ちを汲み取って、双子が手助けに頷くと、アーサーはぱあっと表情を明るくした。そんなアーサーに「よかったですね」と賢者が言えば「はい!」と無邪気に頷き返される。その姿が、賢者にとってなんだか嬉しかった。


「みんなにも話して協力してもらおう! 私たちは仲間なのだから」

 きっと良い方向に繋がると信じて、アーサーは足を踏み出した。