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10


――また、不思議な夢を見た。


朝になって目を覚ます。起きて談話室に降りてくるとすでにエースやデュースはいて、オンボロ寮にケイトが迎えに来た。今日はいよいよ『なんでもない日』のパーティだ。遅刻は厳禁。4人とケイトはさっそく昨日作ったマロンタルトを持ってハーツラビュル寮へと向かった。


「んじゃ、パパっと寮長にタルトを渡して謝って・・・・・・」
「おーい! やっと来た。待ってたよー、オレくん!」
「たっだいまー。お待たせ、オレくん」
「!?」


ハーツラビュル寮につくと目の前からケイトが手を振って迎え入れた。それに手を振り返す、一緒にここまで来たケイト。ケイトが2人いることに、4人は目を見張って驚く。「双子だったんですか!?」とエースは言うが、ケイトは「いやいや、男兄弟はオレだけ」と否定した。


「コレはオレのユニーク魔法『スプリット・カード』。魔法で自分の分身を作れるんだ」


「昨日倒して倒しても倒れなかったのは、こういうことだったのか・・・・・・」デュースはようやく納得いったという顔をした。「おかえり〜」「いらっしゃい、ヨヅキちゃん」「もーマジしんどい! 遅いよぉエースちゃんたち」つぎつぎにケイトの分身が現れ、一体どれが本物かわからない。すると4人そのうち一人が「ちなみに本物のケイトくんはオレでーす」と手を上げた。増えるのは大変らしく、あまり長持ちはしないとケイトは続ける。


「人手が足りないからみんな手かしてよ。終わったらリドルくんのとこに案内してあげるからさ」
「また薔薇を赤くするんですか?」
「そう!」
「アンタ、ほんと調子いいヤツだな〜!」



◆ ◇ ◆



「我らがリーダー! 赤き支配者! リドル寮長、バンザーイ!」
「うん。庭の薔薇は赤く、テーブルクロスは白。完璧な『なんでもない日』だ」


薔薇を赤く塗り終え、急いで5人はバラの迷路を抜けパーティ会場へと向かう。たくさんの机が並べられ、数多くのケーキやティーカップが並べられていた。トランプなどたくさんの小道具も散らばっていて、なんだか不思議の国に来たような気分だ。


「なんだあの服! かっけーんだゾ!」
「ふふーん。かっこいいっしょ、ハーツラビュルの寮服!」


リドルが来ている服やほかの寮生が来ている服は、普段のものとは違っていた。白を基調として赤と黒のデザインだ。ハーツラビュル寮らしいカラーリングだ。「パーティの日は正装ってハートの女王の法律でも決まってるからね」ケイトは続ける。「今日はサービスでお兄さんがコーディネートしてあげよう」


「おお・・・・・・!」
「おーっ! めっちゃイケてる!」
「2人とも似合ってるよ」
「かっけーんだゾ!」


ケイトの魔法でエースとデュースも正装に着替える。雰囲気がだいぶ変わる。さあパーティの席に付こうというときに、夜月はふと自分も参加していいのだろうかと疑問が浮かぶ。夜月は此処の寮生ではないのだ。そんなことを思っているとそれに気づいたのか、ケイトが「ハートの女王の法律にパーティに招待してはいけない、なんてものはないから大丈夫だよ」と笑いかける。夜月はその言葉に甘え、自分もパーティに参加した。

パーティが始まり、『なんでもない日』を祝してリドルの声で乾杯される。


「エース、今ならいけるんじゃない?」
「今がチャンスだよ、エースちゃん」
「よし・・・・・・」


ケイトと夜月がエースに耳打ちし、タルトを渡して謝るよう促す。エースはタルトの入った箱をもってリドルに近づいた。デュースや夜月にグリム、ケイトやトレイも2人の様子をうかがう。

「えーっと、タルトを食べちゃったことを謝りたいと思って。新しくタルトを焼いてきたんですけど」怒らせないようにと配慮したのか、エースは言葉を選びながら話しかけた。「ふぅん? 一応聞くけど、何のタルトを?」リドルの問いに、エースはよくぞ聞いてくれましたと言って栗をたっぷりと使ったマロンタルトだと答えた。その瞬間。


「マロンタルトだって!? 信じられない! ハートの女王の法律・第562条『なんでもない日のパーティにマロンタルトを持ちこむべからず』。完璧な『なんでもない日』が台無しじゃないか!」
「えぇっ?」


その言葉にこの場にいた全員がドキリとした。562条など、いったい何条まで存在するのだろう。その問いにリドルは「全810条。ボクはすべて頭に入ってるよ」と寮長だから当たり前だと答えた。そんな数が存在したなんて。


「あちゃー、こりゃヤバイ」
「おふたりは知ってました・・・・・・?」
「トレイくん、知ってた?」
「俺が暗記できてたのは第350条までだ」


どうやらトレイでも暗記できていたのは半分にも満たないらしい。それでも350条まで暗記できたとは、すごいことだ。トレイたちはしまったと冷や汗をかいた。


「ちょっと待てよ! そんな無茶苦茶なルールあるか!」
「寮長、申し訳ありません。マロンタルトを作ろうと言ったのは俺です」
「そうそう。まさかそんな決まりがあるなんて全然思ってなくて」
「作ったことが重要なんじゃない。今日! 今、ここに! 持ちこんだこと”だけ”が問題なんだ!」


これ以上事態を悪化させないようにとトレイやケイトも加わる。しかしリドルの怒りは収まらず、目を吊り上げエースを睨みつけた。あまりにもくだらない法律。何の意味も持たないルールだ。そんなルールにここまで怒られるなんて。


「何故そんなくだらないルールにまで従わないといけないんです」
「くだらない・・・・・・だって?」
「ちょ、ヨヅキちゃんストップ!」


意味のないルールに従うことに理解できず、夜月は思わず口をだしてしまった。「リドルくん。こいつら、まだ入学したてほやほやの新入生だからね」ケイトは一生懸命にリドルを説得しようと試みるが「いーや言うね。そんなルールに従ってるなんて馬鹿だって思うだろう、ふざけんなよ」「俺もエースに賛成です。さすがに突飛すぎる」エースとデュースはいい加減我慢の限界なのか、首を横に振った。


「ボクに口答えとはいい度胸がおありだね」
「他の奴らだって、魔法封じられるのが怖くて言い出せないだけだろ!?」


エースの言葉にリドルは周りの寮生に目を向ける。しかし寮生はリドルに怯え「すべては寮長のご決断次第です!」と声を震えさせて言いあげた。誰もエースたちに肯定を示すことはなかった。

リドルは言う。自分が寮長になってから1年、ハーツラビュル寮からはただのひとりも留年者・退学者も出していない。これは全寮内でハーツラビュル寮だけだ。自分はこの寮内で一番成績が優秀で、一番強い。だから自分が一番正しいと。


「そんな・・・・・・!」
「ボクに従えないなら、まとめて首をはねてやる!」


リドルの怒りは頂点に達していた。「みんな、ほら。『はい、寮長』って言って」ケイトはそう促すが「・・・・・・言えません」「こんなワガママな暴君、こっちから願い下げだ」と2人は頑なにそれに応じなかった。それもそうだろう。いくらなんでも理不尽だ。


「今、なんていった?」
「オマエはおこりんぼでワガママで食べ物を粗末にする暴君って言ったんだゾ!」
「グリム!?」
「おい、そこまでは言ってな・・・・・・!」


「『首をはねろオフ・ウィズ・ユアヘッド』!!」その瞬間、リドルの魔法によってデュースやグリムにまで首輪を嵌められることになった。幸い唯一魔法が使えない夜月だけはそれを逃れることができた。


「トレイ、ケイト! こいつらをつまみ出せ!」
「・・・・・・はい、寮長」


リドルの命令に、ケイトとトレイはうつ向きがちに従った。「ごめんねー、オレたち寮長には逆らえないからさ」おちゃらけていうケイトだが、少し申し訳なさそうだった。「・・・・・・悪いな」トレイは思いつめたように小さく謝った。「あぁ〜、そうかよ! やってやらあ!」エースはそんな2人にも起こりながら叫ぶ。

しかし魔法が封じられているのもあって、エースやデュースに太刀打ちできるすべはない。呆気なく2人にとらえられ、グリムや夜月を含めた4人はパーティから追い出された。


「くっそー!! ぜってぇ謝らねえからなーー!!!」