何でもないあの日学校の帰り道、振り向けばキミがいた
「うっちゅー! 上がってるぞー、夜月!」
「また勝手に上がってたの・・・・・・」
「いいだろー別にー。カギ持ってるんだからさ!」
「うん、いいよ。そのために合いカギをあげたんだから」
何年も過ごした一人暮らしのマンションの扉を開ければ、そこにはラフな私服を纏った月永レオがいた。レオは帰ってきた夜月に気付くとリビングからやってきて、笑顔で出迎えた。片手にペンを持っているという事は、作曲でもしていたのだろう。
「夜月ー、腹減ったー。なんか作ってー! 久しぶりに手料理食べたい!」
「レオ、私、今帰ってきたばっかりなんだけど・・・・・・」
カバンをソファの隅に置き、ブレザーを脱ぐ。リビングはレオが書いた楽譜の紙が散らばっている。来るたびに散らかすものだから、片づけるのが億劫になる。
晩御飯を作ってと何度もねだった後、「インスピレーションがっ・・・・・・!!」と言ってすぐさま作曲にうつるのは、相変わらずのようだ。夜月は仕方がないと朗笑し、一先ず制服から私服に着替えてから晩御飯を作り始めた。
月永レオは、骨喰夜月の幼馴染である。レオとの付き合いは幼稚園生からだが、諸事情の理由で小学校低学年で別れ、再び中学で再会した。それ以降、レオと夜月はいつも一緒だった。再開してからお互いの家に遊びに行ったり、お泊りもした。夜月はその時からすでに一人でこのマンションに住んでいたため、いつでも来れるようにとレオに合いカギを渡したのもその時だ。
「レオ、今日は泊まるの?」
「ん〜、そのつもり―!」
「君の愛しい妹さんは良いのかい?」
「ルカたんも友達んちにお泊りなんだよー」
「あー、なるほど」
一通り曲を書き留めたからか、意外とすぐに返事か返ってきた。
夜月は一言「そっか」と応え、二人分の晩御飯を作るのに専念した。
対してこった料理でもないため、出来上がるのは早い。テーブルに二人でお皿を並べ、席に着き、手を合わせる。こうして二人で食卓を囲むのは久しぶりであった。
レオは学院に登校しなくなった。それ以来彼は部屋にこもりきりで、食事にすら手を付けない有様だった。それが少しずつ回復していき、学院の人には会わないように隣町に出かけることもしばしば増えていくようなった。それに伴って以前ほど頻度は減ったものの、この家に顔を出すことも多くなった。レオの回復は基本的に「気晴らしに」と言って海外へよく連れまわした『あの男』の成果と言っても良いだろう。
何にしても、こうして会いに来て笑顔を見せてくれるのは、嬉しいものだ。
「どうかしたのか?」
「なにが?」
普通に箸を進めて食事をとっていると、目の前に座るレオが不思議そうな顔をして聞いてきた。夜月は首を傾げる。
「なんか楽しそうだぞ、良い事でもあったのか?」
目を丸くして、瞬きをする。そうして数秒後、夜月は声をあげて笑った。
突然笑いだした夜月に驚きながらも「わははっ! なんかよくわかんないけど、面白いな!」とレオも笑いだす。
ああ、どうやらレオに見破られるほど、楽しんでいたらしい。いまだに口端が上がったままだ。楽し過ぎて興奮して心臓の鼓動が収まらない。この昂ぶり、いったいいつぶりだろうか。
「うん、楽しいよ」
「そっか。なら良かった! 笑ってるお前は可愛いからな! 大好きだぞ!」
ニカッと八重歯を見せて笑うレオは、同年代と比べて童顔で彼自身の性格も相まって幼く見える。本人に言うと拗ねてしまうから言わないけれど、そんな、なにもかも吹き飛ばすくらいの笑顔が、夜月は好きだった。
「――きっと・・・・・・」
「んぅ? なんか言ったあ?」
口にモノを運び、もぐもぐと頬張ったレオ。
夜月は何でもないよと笑い、箸を進めた。
――きっと、楽しくて、面白くして見せるから。最高に面白おかしい、刺激的な舞台を用意して見せるよ。