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だから何度でも溺れてしまうんだよ



病院に搬送された夜月は、しばらくの入院を言いつけられた。打ち所が頭だったということもあって、脳に損傷はないかなど綿密検査が入り、大げさなほど長期入院になった。言伝で聞いたが、どうやら英智がそう仕向けたらしい。入院している間は学校へは通えない。そうした手段で夜月を遠ざけようとしたのだろう。

お見舞いにきた英智から聞いた話だが、階段から突き落とした生徒は過激派の『fine』信奉者だったらしい。彼は退学処分になったと英智は言った。べつにそんなこと、夜月にとってはどうでもいい話なのだが。少しばかり映画いたシナリオより早い段階で『女王』が打ち取られてしまったが、生徒たちはその脅威の印象を植え付けることができた。シナリオ通りだ。夜月は満足そうに笑みを浮かべた。

お見舞いにはちょくちょく人が訪れた。夏目は大きな花束をもってお見舞いに来た。その花束の花は五種類でまとめられていて、『五奇人』たちが一人ひとり花を選んで夏目に任せたらしい。

一番驚いたのは、泉がきてくれたことだ。焦った様子で息を切らし、髪が乱れるのもいとわず駆けつけてくれた。守れなかったのに。合わせる顔すらなかったのに。向こうから会いに来てくれるなんて。「あんたのそばにずっといるべきだった・・・・・・あんたを遠ざけるんじゃなった・・・・・・」泉らしくもなく、後悔の言葉を吐き出す。「泉」服が汚れるかもしれないのに、ベッドに座る夜月の傍らに座り込んで顔をうつ向かせる。「守るって約束したのに・・・・・・」綺麗な顔を歪めさせて、下唇を噛む。「あいつに、どんな顔すればいいの・・・・・・」蹲る泉を見下ろすことしかできなかった。

あれ以来、泉は頻繁に病室へ訪れるようになった。まるで今までの空いた時間を埋め合わせるように、一種の罪悪感を償うように感じた。


夜月が病院に入院して、数日が過ぎたころだった。夕方ごろ、面会時間が終わる数十分前ぐらいの時間に、海外からやっと帰国した零が一人病室に訪れた。

夜月はベッドに横になって眠っていた。音を立てないように扉をゆっくりとスライドし、夜月の傍らに歩み寄る。ベッドに投げ出された髪を一束救い上げれば、スルスルと手から離れていく。「――――」零は目を閉じている夜月に目を細め、そのまま踵を返した、その時だった。


「あら、もう帰るのかい、零」


目を丸くして振り返れば、ベッドに横になっていた彼女は上半身を起こして座った状態でこちらを微笑みを浮かべて見詰めていた。「夜月・・・・・・起きてたな、お前」ため息交じりにそういえば、肯定するようにクスクス笑う。視線で促され、零は夜月のもとに逆戻りする。


「傷の様子は?」

「見ての通り、もう何ともない。入院生活は思ってたより退屈で死にそうだね」


ふふっと最後に笑みを付け足す。零はそれを聞くと、真剣な表情を浮かべ「夜月」と視線を交らわせた。「お前はもう、関わるな」真摯に告げる零に、夜月は息を吐き出す。「言われずとも。もう私のシナリオは終えた。あとは英智とそして君が望んだ通りの結末に転ぶだけさ」結末は変えていないと夜月は伝える。


「それで? 君は今更なにをしに来たんだい、零?」

「見舞い以外に何があるって?」

「私が気づかないとでもいうのかい」

「・・・・・・」


軽い調子で話していた零は態度を改め、夜月を真っ直ぐと見つめた。二人に取り巻く空気が変わる。「怖気づいたのかい?」口端を上げ、妖艶に微笑む彼女は言った。


「抱きしめたつもりで、私のことを壊したと思ったでしょう?」


ベッドから両足を下ろして、ベッドに腰を掛け目の前に立つ零を見上げる。


「私と君は同類だ。その私が、そう易々と壊れるわけないだろう?」


首を傾けて嗤う彼女は、まるで美しい女の形をした悪魔か怪物のようだ。「『誰しもひとりじゃ生きられない』・・・・・・そう言ったのは君じゃないか」怪しく笑みを浮かべる。


「なら、君の空席だった隣にいられるのは、私しかいないだろう」


「そうだろう、零」悪質な妖精の囁きならいいものを、彼女の囁きはそんなものではない。もっと黒く濁った底へと誘うような、悪魔の囁きだ。
目の前に立つ零のネクタイをふいに引っ張り、距離を詰める。


「私を話さないでくれよ、零。君から持ち掛けた契約じゃないか。君が楽しませてくれる限り、私が君の隣にいてあげる。君を楽しませてあげる。絶対に壊れない、怪物が。一緒にこの退屈な世界を楽しもうじゃないか」


恍惚に微笑む夜月を、零は見つめた。

ただの契約のはずだった。お互いを利用し合って、この退屈な世界で暇つぶしを見詰めるための、ただの契約。それだけのはずだった。いつ終わってもいいような契約だったんだ。それでも、この契約でお前を俺の隣に縛り置けていられるなら。俺から離れていかないのなら。ああ、続けていこう。このどうしようもない悪食の『怪物』を飽きされることなく、お前が望む舞台を用意して、お前の空腹を満たし続けようか。それでお前が、俺から離れていかないのなら。


「後悔したかい? こんな『怪物』に捕まってしまったこと」

「いいや――最高だ」


怪しく笑う彼女に、零も口端を上げて答えた。

――愛しいお前に、この心臓を捧げてやる。


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