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異常なのは君の方だよ



『盤上を支配する悪食の女王』と囁かれた夜月は、最大限まで生徒たちの憎悪を一身に集めた。憎悪を募らせる生徒たちは過激に罵声や怒号を上げ、悪の権化を攻撃した。膨れ上がる負の感情に、もう生徒会は彼らを制御することはできない。膨らみ過ぎた憎悪に答えるしか、もうなかった。

おかしな感覚だ。この計画や台本は自分が作り上げたというのに、全く別のシナリオを描いている。討伐対象がたった一人増えただけ。それしか、変わっていなかったのだ。結末も変えられていない。いっそのことすべて書き換えられていれば、清々しかったというのに。


海外から話を聞きつけて急いで帰ってきた零には、凄い勢いで怒られた。あんなにも声を荒げて必死な顔をする零を初めて見たから、思わず目を丸くした。「どうしてお前は・・・・・・」何度か零は、そう呟いた。「理由? そんなの、その方が面白いからに決まってるじゃないか」退屈は、お互いもう飽き飽きだろう。ただ真実を答えただけだ。零だって退屈過ぎる世界は嫌いだろう。刺激を、身を焦がすような焦燥感を求めていただろう。零はそれを聞くと何も言えばくなって、夜月の肩口に額を押し当てて項垂れた。

自分の幸福のために他人を踏みにじったら『怪物』だと言った。私は『怪物』だ。自分の退屈しのぎのために、自分にとっての楽しいことを求める。私は『怪物』だ。何の問題があるというんだい。

悪の権化たる『女王』に誰もが憎悪を向けている。誰もが敵として睨みつけてくるのだ。それが楽しくてたまらない。本来『怪物』というのはそう言うものだろう。群衆から憎しみや恨みを向けられ、正義によって打ち取られる存在だ。本来のあり方に戻っただけ。こっちのほうがやりやすくて、生きやすい。

――それなのに、どうして君たちはそんな表情を浮かべるのだろうね。


「夜月ちゃん」


階段を下りているとき、ちょうど前から上がってきた英智に憂いじみた表情で声をかけられる。中間の踊り場にお互い立ち止まり、向き合う。「どうしたんだい、英智」意地悪く夜月は分かっていて聞く。


「僕には、もうどうすることもできない」


下唇を噛んで、英智は悔しそうな表情を浮かべる。ふと視線を下に向けると、英智は握り拳を作って、力んでふるふるを震わせていた。


「これが、君が望んだシナリオなのかい」


俯いていた顔を上げ、英智は夜月をみやる。悲しそうで、でも怒りも含んでいて。複雑な表情をする英智。一方の夜月はなんの表情も浮かべずに、目の前の英智を見詰めていた。


「そうだよ」


夜月は笑みを浮かべて頷いた。


「悪は打倒され、正義が勝つ。革命は終わり、新たな新体制を作り上げる。それが君の望んだ物語だろう、英智」


「私は限りなく悪だ。なら『怪物』は『怪物』らしく、正義の鉄槌で打倒してくれよ」夜月は続ける。「私は楽しいシナリオの中、君たちと一緒に盤上の上で踊りたいだけなのさ」私はどこまで行っても傍観者。なら一度だけ、同じ盤上の上で踊らせてくれ。それが悲劇でも喜劇でも構わない。それは重要ではない。笑みを浮かべながら続ける夜月に、英智は目をそらした。


「君は狂ってる壊れてるよ・・・・・・」

「ああ、そうとも。私は最初から壊れて狂っているのさ」


夜月はそのまま立ち止まっていた足を動かし、英智の前から立ち去ろうとする。英智は動き出さず、顔をうつ向かせ踊り場に立ち止まった。他の生徒が階段を下りて英智の横を通りすぎていく。

うつ向かせていた顔を上げ、意を決して英智は再び夜月に振り返る。呼び止めなければ。彼女を止めなければ。この先、何が起こるのか見当がつかない。自分だけじゃない、彼ら『五奇人』ですら、天才たちですら見当もつかないだろう。彼女は未知数だ。この行く末は、彼女にしか見えない。
なんとしてでも夜月を止めなければと意を決して振り向いた英智。そして――――目の前に広がる光景に目を見開いた。

――いったい何が起こっているのだろう。まるでスローモーションのように、目の前の光景が見える。

振り向いた先には、目を疑うような光景が映っていた。階段を下りている途中だった夜月の背を、先ほどすれ違った生徒が背後から背を押して夜月を突き落としていた。背後に立たれたことに気づいていたのか、夜月の身体は背後を振り向いていた。押された彼女の身体は宙に浮く。目を丸くした彼女と目が合った。宙に浮く彼女。落ちる寸前の彼女は英智と目が合い、まるですべてを分かっていたかのように、笑っていた。

――ああ、これさえも君のシナリオのうちだったというのかい。


「夜月ちゃんッ!!!」


大きな音を立てて階段から崩れ落ちる夜月。階段の下に倒れ伏す彼女を見て、英智の全身から血の気が引いた。すぐに英智は階段を駆け下り、夜月に駆けよる。突き落とした生徒は知らぬ顔で立ち去っていく。今はそんなことに構っている暇はない。


「夜月ちゃん、夜月ちゃんッ!!」


倒れ伏す彼女に何度も呼びかける。床に赤い水たまりが少しずつ広がった。まるで絵具みたいに鮮明な赤だった。英智の焦りは高まり、ドクドクと心臓が鼓動する。


「英智! 何があった――っ!?」


騒ぎを聞きつけ、敬人が駆け寄る。人の輪をかき分けて見えた光景に敬人は言葉をなくした。倒れ伏す夜月は血を流して、英智は必死に呼びかけていた。一体、何が起きている。


「敬人! 早く救急車をっ!」

「あ、ああ! すぐに手配する!」


英智に言われ我に返った敬人は急いで携帯を取り出し、救急車の手配をする。騒ぎが学園内で広がり、だんだんと周りに取り巻く生徒の数が増えてくる。それをかまっている暇は、英智にはなかった。何度も何度も夜月の名前を呼びかける。

思考がぼんやりとする中、意識をまだつないでいる夜月は定まらない視点とぼやける視野で、必死に自分を呼びかける英智を見た。夜月はまるで他人事のように口端をあげ、瞼を下ろした。

――こうして悪の権化たる『五奇人』の頂点に立つ『女王』は、望まぬ形で打ち取られた。

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