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はやくその毒をください



数日後、まもなくして深海奏汰を討伐目的とした『海神戦』が開かれた。『海神戦』の相手は『fine』ではなく『紅月』が表立った。生徒たちの五奇人に対する憎悪が頂点に達した中、彼らは奏汰の歌声に圧倒されていた。
そうして台本通り、悪の権化である五奇人の一人、深海奏汰は生徒会の正義によって打ち取られた。

五奇人のうち二人が倒れた。最大の強敵である零ですら手出しができない状況に、生徒会の勝利は目の前に見えていた。そして群衆たちは五奇人に対しての憎悪をさらに募らせ、過激な行動に出始めた。彼ら五奇人と関わろうとする人間は、もういなかった。

群衆たちの憎悪は五奇人だけでなく、その傍らにいた夜月にも向けられた。夜月は五奇人と並ぶほどの天才だということは既に周知の事実だ。必然的に、彼らは彼女さえも排除対象として見ていた。

だがこの台本を書いた主犯者は、そして共犯者は、そんなことを望んでいたわけではなかった。群衆たちの憎悪は計り知れないほど大きく育ち、彼らにももう制御することはできなかった。上手く泳がせ、彼らに応えるように悪の権化を打ち倒すしかない。だがその悪の権化に、彼女は入っていない。

そして英智は夜月を守るべく、ある提案を彼女に持ちかけた。


「専属プロデューサー?」

「そう。君には僕たち『fine』の専属プロデューサーになってもらいたい」


つむぎに英智が読んでいるという言伝をもらい、夜月は生徒会室に足を踏み入れた。生徒会には敬人や他の人たちの姿はなく、英智だけが生徒会長の席について夜月を待っていた。


「プロデュース科に籍は置いているが、まともにプロデュースなんてしたことがないよ」

「君なら難なくそれすらもこなせるだろう? でも、本題はそこじゃない」


ティーカップに注がれた紅茶を一口含み、ソーサーの上に置く。英智は目の前に立つ夜月を真っ直ぐと見つめた。


「君の今の立ち位置は、とても危険だ」


夜月はそっと目を細めた。「生徒たちが募らせた五奇人への憎悪を君にも向けている」英智は指を組み、憂いな表情を浮かべる。「だから私を生徒会に囲もうって?」英智の言いたいことなどわかっている夜月は、先回りをして言いやる。ため息交じりに、そしてどこか残念そうに言う夜月に英智はそうだよと笑みを浮かべた。

「生徒会の仲間入りをすれば、生徒たちは君に手出しはしない」そうれもそうだろう。骨喰夜月は生徒会の仲間だ、と証明しているようなものだ。そしてそれを知った群衆たちは、さらに五奇人を攻撃するだろう。


「君はこれ位以上、傷つく必要なんて無いんだ」


真撃に英智は言う。「何を言っているのか、理解できないな」今放たれた英智の言葉の意味を理解できない夜月は不思議そうな顔をする。「君は、自分自身の傷さえ認識できないんだね・・・・・・」真っ直ぐと瞳を見詰める英智は、一瞬表情を歪めた。「だから、僕に君を守らせてほしいんだ」まるで願うように懇願するようだった。


「これは君のためでもあるんだよ、夜月ちゃん」


他に選択肢はないとでも言うように、英智はいつも通りの笑みを浮かべてこちらを見据えた。此処で断ったとしても、英智はわらゆる手を尽くして『fine』専属のプロデューサーとして生徒会に引き入れるだろう。こうして提案を出すかのように言っているが、実際のところは同意なんていらないのだ。

微笑みを浮かべる英智。夜月は真直ぐと閉じていた唇を、愉しげに歪めさせた。


「そう甘く見ないで頂戴、英智」


目を細めて口端を上げて笑う夜月に、英智は背筋が凍るような感覚を覚えた。全身がゾワゾワと毛立つ。思わず生唾を飲み込んだ。ああ、これが彼女の本性か。


「せっかく面白いところまで来たんだ、此処で台無しにするのはやめてくれよ」


一定の距離を保っていた夜月はコツコツと英智に歩み寄り、椅子に座った英智の前にある机に手をついて身を乗り出した。


「私だけ仲間外れなんて寂しいじゃないか、私も仲間にいれておくれよ」


ふふっと不気味な笑みを浮かべる夜月。
彼女の言う仲間と言うのは、五奇人のことを指しているのだろう。天才たちを悪の権化として討伐対象にしたのに、自分だけはその輪から外れてしまった。それが彼女にとって不服なのだろう。


「でも君たちは一向に私を盤上に乗せてくれない。だから、自分で用意したわ」

「・・・・・・何をするつもりだい?」


怖気づかず、真っ直ぐと見据える。それに満足したように夜月は嗤う。「なに、そう大したことはしてない。ほんの少し、君の台本に書き加えただけさ」英智はハッと息をのむ。「零には怒られてしまったからね。だからほんの少し、討伐対象が一人加わっただけさ」ふふっと愉しげに彼女は嗤う。冷や汗が顎に伝う英智に、夜月は言う。


「さあ、楽しいゲームをはじめましょう」


――まるで恐ろしい怪物と取引をしているようだ。

完璧に作り上げた計画にたった一つ歯車が加わった。完璧に動くはずだった歯車は歪に回り始めた。

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