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悪夢よどうか醒きめないで



――ああ、楽しくてたまらない。

夜月は不気味に上がった口端を隠すことなく、愉快に笑みを浮かべた。


彼らが描いたシナリオは完璧だ。付け入る隙間なんてなく、綿密に組み込まれている。長い時間をかけて、細心の注意を払いながら組み立てたのだろう。彼らの努力が功を奏でている。

これは革命だ。腐敗し混沌としたこの学院に、新たな規律ある社会を築くための革命だ。社会の歴史にもよく見ただろう。新たな国、政権が力を握るとき、かならず革命は起こった。そして革命には、群衆が向かい打つべく『悪』が必要不可欠だ。

それが『五奇人』。彼らは革命の礎になるべくして選ばれたのだ。

はじめから『五奇人』を攻撃するのではなく、このシナリオを描いた人物は、まずは彼らの存在を群衆に知らしめた。天才である彼らの才能を知らしめたのだ。群衆はそれを見せられ、自分たちとは違う存在である彼らをたたえた。まるで神様でも崇めるように。

このシナリオの上手いところは、『五奇人』に向けていたプラスの思考を時間をかけてマイナスに返還したことだ。自分たちが落ちぶれているのは、あの天才たちがいるせいだ。どんなに努力をしても、報われないのは彼らのせいだ。『五奇人』を神のように崇めていた群衆は、掌で転がされているのにも気づかず、すぐに掌を返した。

そして、この学院に混沌と混乱をもたらした悪の権化たる『五奇人』を打ち取るべくして、生徒会という英雄が立ち上がった。それが『fine]』だ。悪を打ちとるのは必ず英雄だと相場が決まっている。どんなにむごい行いを英雄が行っても、美談され、悪を倒した尊い行いに変換される。

べつに『五奇人』に選ばれた彼らが何かをしたわけではない。恨みを買ったわけでもない。ただ打ち取るべく『悪』に選ばれてしまっただけだ。理不尽に、不平等に。凡人が立ち向かい打ちとる敵として、天才の彼らは、この革命の礎として便利だったのだ。


緻密に組み立てられたシナリオを傍観者として見つめる。


この綿密に組み立てたシナリオが崩れた時、これを描いた彼らはどんな顔をするだろうか。長い時間をかけ、状況を把握し、情勢を読み取り、天才に立ち向かうべく非の打ちどころなんてないようなシナリオを組み立てた。それが突如、机から落としたガラスのように、一気に壊れる。彼らの努力が立った一瞬で崩れ去るのだ。

気づいた時には違うものになっていた、なんてのも面白いかもしれない。少しづつずれが生じているのに、彼らはそんなことには気づかない。気づかないまま、自分たちが思った通りにシナリオが進んでいると思い込み、高みの見物をしていると、気づいた時には全く違うものになっていた。自分たちが定めた結末にはいきつかずに、まったく別の結末を迎えてしまう。それに気づいたとき、彼らはどんな顔をするのだろう。

――ああ、楽しくてたまらない!!


「夜月」


音もせず目の前に現れたのは、零だった。
じっと夜月の瞳を見つめる赤い瞳。夜月は愉快そうに笑みを浮かべながら口を開く。


「やあ、零。久しぶりだね、いつのまに戻っていたんだい」

「何をしてんだ」


夜月の言葉に応えもせず、低い声が響く。
零は夜月に歩み寄って、目の前まで来た。まっすぐと夜月に目を向ける零。零はきっと、夜月が何をしようとしているのか気づいているのだろう。


「ああ、ちょうどいま愉しいところなんだ。完成したらぜひ零にも見せて――」

「やめとけ」


夜月の言葉にかぶって、零が静かに釘をさす。
笑みを消した夜月が零を見めると、零は再び「やめとけ、夜月」と続けた。零の水を差すような言葉に、夜月は不満を持つ。


「どうして邪魔をするんだ。退屈はお互い嫌いだろう、せっかく愉しくなりそうなのに」

「誰もそんな結末望んじゃいねぇよ」


零は息を吐きながら、言い聞かせるように言った。


「俺も、渉も奏汰も。誰も望んでない。これでいいんだよ、これで」


諦めたような言葉ではなく、本当にそう思っているのだと、零は言う。困ったように笑って「夏目は違ぇみたいだがな」と付け足した。
零は、夏目が『五奇人』が幸せになれる結末を模索していることを知っていた。少なくとも、この現状に納得をしていないのは夏目だけだった。


「自分たちの幸せのために他人を踏みにじったら、それこそ俺たちは本当の『怪物』になっちまうだろう」


自分たちだって、もちろん幸せになる権利はある。だがもしそれを選んだ時、それに伴う犠牲が多すぎた。
生徒会は学院のより明るい未来を目指して、『五奇人』を倒そうとする。それを拒んで『五奇人』がハッピーエンドを手にすれば、学院はさらに陰謀の渦巻く混沌に埋もれてしまう。たった五人と学院に在籍する生徒たち。天秤が重すぎたのだ。


「お前は『それ』に選ばれなかった。ならいいじゃねぇか、それで。無暗に傷つくこと、ねぇだろ」


夜月が何をしようとしているのか、零にはすでに見えていたらしい。さすが同類者といったものか。他の誰より似ている零には、夜月のことが他人よりも見えてしまうらしい。

べつに、そんな大したことをするつもりではなかった。ただ標的を、『五奇人』の彼らから骨喰夜月という人間に移し替えるだけ。そのほうが自分もその渦に巻き込まれて、楽しそうだと思ったから。

でも・・・・・・ああ、そうか。

私は選ばれなかったのだ。『五奇人』と並ぶほどの、いや、それ以上の才能を持っていても、私は彼らの盗伐対象には選ばれなかった。どこまでいっても私は傍観者。君たちと同じ、舞台に上がることはない。一緒に盤上で踊ることはできない。

これは君たちの舞台だ。『五奇人』という君たちのお話。役者は君たち。役者である君たちが、このシナリオで満足しているというのなら。手を加えるなというのなら、手を引こう。友人である君がそう言うのなら、手出しはしないさ。

夜月はそっと頷くように、そっと瞼を下ろした。


――少なくとも、”今”はね。

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