楽しいことが待っている
昨日はあのまま薫と一緒に勧められたパンケーキのカフェに行った。そこのパンケーキは絶品で、さすが薫だと賞賛を送った。
もともと学校に来てもサボるつもりであった薫と、授業に出るつもりも教室に行くつもりもない夜月は、どうせ学校に戻ったところで暇であった。二人はそのまま遊び歩き、日が暮れると薫は夜月を言えまで送り届け、そのまま別れた。
久しぶりにそれなりにはしゃいだため、元から眠かったこともあり、昨夜はぐっすりと眠ることができた。良い目覚めをし、制服を着ていつも通りに学校に登校しては、誰もいなさそうな場所で時間をつぶす。
すると、ポケットに入れていた携帯のバイブレーションが鳴った。確認してみると差し出し人は零で、前文ひらがなで『放課後、話があるゆえ軽音部部室に来て欲しい』と送られてきた。
夜月は携帯をしまう。
放課後ならまだまだ時間は先だ。それまでは此処で暇をつぶそう。
きっと何か、面白いことがあるのだと、期待して。
* * *
「やあ零、言われた通り来たが話って・・・・・・あら?」
「夜月先輩!!」
「やあ、晃牙。こないだぶりだね」
軽音部の部室の扉を潜れば、そこには棺に座る零のほかに、後輩の大神晃牙がいた。
晃牙は夜月の姿を見て目を輝かせ、夜月は片手をひらひらと降る。
夜月は諸事情の理由でしばらく姿を消している。だが、誰にも会わないのはつまらない。部屋に引きこもっているのも退屈だ。だから唯一の遊び場として、零の前には姿を現した。それでも退屈だった。そしたら、『UNDEAD』のプロデュースをしてくれないかと零に頼まれ、夜月は唯一、『UNDEAD』のメンバーの前には姿を現すようになった。
細かく言えば、『UNDEAD』のメンバー以外にも数名には会っているが。
久しぶりに会った晃牙としばらくの間話に花を咲かせた後、夜月は零に話を即した。
「転校生の嬢ちゃんを我ら『UNDEAD』か、もしくは双子の『2wink』に招待しようと思ってのう」
夜月も晃牙も、目を丸くして零を見た。
晃牙は意図が分からず目をパチパチとさせたが、夜月に至ってはやがて楽し気な笑みを浮かべていった。
「へえ、あの子をね」
「うむ。今、あの嬢ちゃんはまだ名も無いユニットと共にいるらしくてのう。それでは宝の持ち腐れじゃ」
「まあ確かにねえ・・・・・・せっかく学院の転機が来たというのに、使わないのはもったいないわ」
「そうじゃろう? あやつらに覚悟がないならば、我輩らがもらい受ける。ゆえに、裁定をしてみようと思ってのう」
「っちょ、待てよ吸血鬼ヤローッ!!」
自分を置いて行って話を進める二人に、晃牙大声を出して話に割って入った。
二人はそんな晃牙に目を向けて「なんじゃい、わんこ?」「どうかした、晃牙?」とニコニコする。
「『UNDEAD』にはもう夜月先輩がいるじゃねーか! 必要ねーだろ!」
「学院の転機を、革命を起こすのならばあの嬢ちゃんは必要不可欠じゃ」
「なんでだよ! あの女より夜月先輩のほうが能力や人望だって、全部勝ってるじゃねーかッ!」
ビシッと夜月を指さしながら、零に向かって吠える晃牙。それに対し、零はやれやれといった様子を見せる。
夜月に至っては、可愛い後輩から褒められ「あら、嬉しいわ〜」とうっとりとした顔で朗笑する。
「能力や人材の話をしとるのではないのじゃよ、わんこ。考えてみんか。夜月は我ら三奇人と同じ存在なのじゃぞ。それ以外にも挙げれば山ほどある、キリがないわい。どちらの方が危険ではないか、わんこでもわかるじゃろう」
「ぐっ・・・・・・」
晃牙もそれを理解している。だが納得もいかない。言い返したいが正論すぎて何も言えず、押し黙ってしまう。
骨喰夜月。新設されたプロデュース科の最初のテストケースとして入学した、唯一の女子生徒だった人。彼女は三奇人と肩を並べるほどの存在だ。今は鳴りを潜めているが学院内では有名であり、また生徒会から睨まれている。
無暗に動くのは得策ではない。
夜月は含み笑いをする。
「なら、私はもうお払い箱かい?」
「なっ! そんな・・・・・・!」
「それともまた除け者にするつもり?」
本人は何事もなく、楽し気に話しているが、その最後の言葉で空間の空気が変わった。温度が下がり、氷にひびが入ったような、とても居心地の悪い。
今まで優し気な眼差しを向けていた赤い眼光が光る。
晃牙は変わった空気を察して何も言わないが、戸惑って零と夜月を交代に見やる。
「言い方が悪かったわ、そう怒らないで」
「まったく・・・・・・意地の悪いことをする」
「ふふ」と夜月は笑みを零した。
先程までの凍るような空気は拭い去られ、またいつも通りに戻る。
クスクスと喉で笑う二人を横目に、晃牙は一人安堵の息を漏らした。
「じゃあその裁定、動画でもとって中継して頂戴。私は別の場所で彼らを見定めるから」
「あ? ここで見ればいーじゃねえか」
「まだ私の姿を出さない方が良いでしょ。それに、姿を現すなら最高に楽しい舞台が良いわ」
「ね、零?」目を細め、口端をあげた楽し気な表情で同意を求めてくる。誰が見ても、今の夜月は上機嫌なのだと分かるだろう。
夜月はそのまま手を振って部室から出ていく。そろそろ時間帯的にも双子が来るからだろう。
「まったく・・・・・・あやつにも困ったものじゃ」
出ていった扉を見つめながら、零はぼやく。
ふと視線を映せば、晃牙は床に座って胡坐をかいている。
「そう拗ねるでない、わんこ。安心せい、『UNDEAD』のプロデュースは引き続き夜月にして貰うつもりじゃ」
「拗ねてねーよ!!」
軽音部の部室に、晃牙の怒号と零の笑い声が響いた。