この恋がきみを殺すまで
あれから何度も夜月と一緒にお茶会をして、関係は良好なものとなっていった。
英智は夜月と一緒に入れる時間や二人きりでお話しできたこと、夜月についていろいろなことを知れたことに、これ以上にない喜びを感じた。
しかしその一方で、黒く濁った感情も芽生えた。
校内で夜月を見かけるときは、必ず彼女の隣に誰かがいた。
一番頻度が多かったのは月永レオと瀬名泉だった。何をしても、どこに行くにしても、あの二人は夜月から離れようとしない。そして夜月も離れようとしなかった。とくに、月永レオに向ける彼女の笑顔は、他とは違った。
それだけじゃない。夜月はあの『五奇人』の彼らとも仲が良かった。彼女も天才に分類する、異端の『五奇人』と同じ存在だった。それだけなら引き寄せられることも頷ける。けれど、朔間零はどこか違った。何が違うのかとはっきりと明言はできないが、あの二人の関係は、何か別の強いつながりが見えた。朔間零が夜月に向ける視線は、自分と同じ感情あった。
ああ、君たちには誰にも手にすることもできない才能を持ちながら、何もない僕から、彼女まで取ろうとするのか。
黒い感情が波紋して、少しづつ蝕んでいくのを感じた。
「君は、本当に月永くんと瀬名くんと仲がいいんだね」
ある日のお茶会で、英智は前触れもなく唐突にそう言葉を吐いた。英智の視線はカップの紅茶に向けられていて、うつ向きがちだった。
「レオは幼馴染だし、泉とは去年からの付き合いだからね。一緒にいることも多かったし」
夜月は肯定する。
また、英智の心に黒いシミを作った。
「それに、『五奇人』の彼らとも仲がいい。彼らに気に入られてるのかな」
「気に入られてるし、気に入ってるよ。特に零はね。理解しあえる友を見つけて、お互い浮かれてるんだよ。私もね」
少し楽し気に話す夜月の声色。
ポタ、ポタ、と黒いインクをペン先から落とすように、黒いシミが増える。「うらやましいな・・・・・・」小さくつぶやく英智に、夜月は目を向けた。
「君たちの才能が、僕には羨ましいよ」
「別に羨ましいものではないよ。私たちはそれと引き換えに、何かを棒に振っている。呪いか、対価か・・・・・・何かを引き換えに成り立っているんだよ。良いものじゃない」
「それでも、僕には欲しくてたまらないよ。僕には身体が弱いハンデを背負っているのに、何も持っていない」
悲しそうに、嘆くように、英智は視線を落として続けた。
英智のことを理解しながら、夜月は一度視線を落とし、「今からいう言葉は、君にとって侮辱に値する言葉だろうけど」と前置きをおいてつづける。
「英智は、ひどく生に執着しているね」
英智は困ったように笑う。
「そりゃあ、誰だって死にたくないだろう? とくに僕は、死にたくない。いつ死んでしまうのかもわからないこの身体が憎くて、怖いよ」
カップを両手で包み込んで、ギュっと力を籠める。
視線を落とし続ける英智に、夜月は思わずこぼしてしまった。
「交換してあげられれば、よかったのにね」
「え?」
夜月から出た言葉に、英智は驚いて顔を上げた。
夜月は眉尻を下げて微笑みを浮かべながら、片手に持ったカップをクルクルとまわした。
「そんなに生きたいと望むなら、心臓なり身体なりを交換できればよかったのに。私は別に、生にも死にも、執着していないからね」
夜月の言葉に、英智は言葉をなくした。
「私にとってこの永い人生は、いつか終わる日までの、ただの暇つぶしだからね」
――ああ・・・・・・こんなことがあるものなのか。
僕は生きたくて生きたくてたまらないのに、君はどちらでもいいという。
僕と一緒に生きてほしいのに、君はそれに執着しないという。
――こんなことがあっていいものなのか。
君の世界には色がない。いつか寿命を終え、終わる日までのただの暇つぶしでしかない。
そんなのは酷だ。果ても見えない孤独だ。
それでも君は、そんなことを、笑いながら言うんだ。
――ああ、そうか。
こんなに悲しいことに気づけないくらい、君は傷だらけなんだね。
英智は初めて、夜月をみた。