オペラグラス貸出所
「これはこんにちわ、夜月! 貴女の日々樹渉です!」
「今日も元気そうね、渉」
「ご機嫌麗しい。お近づきのしるしに、これを差し上げます!」
「いつも通りで何よりだよ」
廊下を歩いていれば突然目の前に現れた渉。渉はいつもの調子であいさつを済ませ、マジックで出した赤いバラを差し出した。
『五奇人』の一人である日々樹渉は、去年の演劇を見てからの付き合いだ。演劇の話で花を咲かせたり、夜月の要望に応えた劇もわざわざ開演することもあった。
以前の彼は「高尚すぎて理解できない」と言われていたが、最近は上手く観衆を楽しませていた。ある意味で観衆という人の願いを叶える渉を、奏汰は自分の役割が減ってしまうと愚痴をこぼしていた。
渉は夜月の手を取ってグイグイ引っ張る。
「さあ、では行きましょう! 私たちの愛の場所へ!!」
「そんな場所ないよ」
「おや、振られてしまいました。悲しいですねぇ」
* * *
連れてこられたのは演劇部の部室。此処の部室は他のところと一風変わった空間だった。部屋全体が衣装タンスのようだ。部員もそういないというのに、演劇用の衣装はずらりと並んでいた。
渉は新しく入れた衣装をあれこれ手にもって、夜月を鏡の前に立たせて服をかざした。
「やはり貴女には清楚で愛らしいドレスより、上品で豪華絢爛なものが似合いますね!」
ゴージャスで、でも品のあるドレスをかざして渉はそういった。
渉が次から次へと持ってくる衣装はすべて女性もののサイズだった。夜月は演劇部でもないし、演技をする気もない。だというのに、渉は使えもしない女性サイズの衣装を取り寄せていた。もちろん、渉が着れるサイズのものもあるが。
「お姫さまっていう柄じゃないからなあ」
「そうですね。どちらかというと女王陛下のほうがお似合いですね」
「Yes, your Majesty!」渉は胸に手を当て、恭しく夜月にお辞儀をした。その姿が妙に様になっている。
コンコン、と扉をノックする音が響く。
「日々樹先輩」
扉から顔をのぞかせたのは、一年生の氷鷹北斗だった。一束伸びた髪をみつあみにしている姿は、渉に似ていた。
「おや、またあなたですか。懲りないですねぇ」
「入部させてくれるまで何度でも来ます!」
「面倒ですねぇ。見ての通り今の私は取り込み中ですので後にしてください。さあ夜月! 次はこちらなんていかがです?」
渉は北斗を冷たくあしらって、そんなことを気にせず夜月に衣装を用意した。
北斗が何度も演劇部への入部を求めて渉を追いかけていたのは知っていた。北斗は出ていかず黙って部室にとどまった。衣装や小道具などを探しに渉が部室の奥に消え、取り残された夜月は北斗へと視線を向けた。
「君もあきらめが悪いね」
「骨喰先輩からも言ってくれませんか?」
「嫌よ、面倒だ」
北斗はため息を落とした。