信じない子のための魔法
静かな場所で休みたくなった時、ときどき訪れる場所がある。それがここ、図書室の地下だ。以前暇つぶしに本を読み漁っていたころ、零に此処へのカギを渡された。一応返却はしたのだが、やるよの一点張りでいまだにこの鍵を所有している。
休みたくなる時に来るというが、いつのまにか此処の地下には一人の男子生徒が住み着いていた。
地下の奥にある一室。控えめにノックをして扉をくぐれば、見慣れた赤髪の子がこちらを見上げていた。
「やあ、夜月姉さん」
微笑みを返してきたのは『五奇人』の一人、逆先夏目。
『五奇人』の中で唯一の後輩であり、末弟として彼らに可愛がられている。『五奇人』という枠組みに押し上げられるだけのこともあって、才能がある。
「今日はどうしたノ?」
「特に何も。一休みしようと思っただけさ」
「なラ、気分の安らぐ魔法をかけてあげるヨ」
独特な話し方をする夏目は、これを癖だと以前言っていた。
何やら用意を始める夏目と向かい合うように床に腰を下ろす。
「今日はどんな魔法を見せてくれるんだい?」
「ふふ、それは見てからのお楽しみだヨ、姉さん」
夏目は『五奇人』の彼らと夜月のことを『兄さん』『姉さん』と親しみを込めて呼んでいた。ただ唯一、渉にだけは『師匠』と呼んでいる。魔法のようなマジックを見せる渉に中でもなついており、『師匠』と慕った。
夏目は自分のことを『魔法使い』と自称した。そんな彼が嗜む魔法は、古くから伝わる錬金術いわゆる化学だ。渉が好む摩訶不思議なものも好きだが、理論が整っているこちらのほうが夜月にとって親しみやすかった。
「それじゃあ行くヨ――――1、2、3」
夏目がパチンと指を鳴らした途端、フラスコの中の液体は綺麗な淡い光をぼんやりと灯した。漂う香りもよく、例えるならばアロマや蝋燭に似ているだろう。
「綺麗ね」といえば夏目は「そうでショ?」と自慢げに笑った。
「また誰かに追い掛け回されたりしたノ?」
「まあね、前よりはましになったけど、しつこい人は何処にでもいるものね」
「兄さんたちに相談したラ?」
「いいよ、今に始まったことじゃないし、一人でも対処できる」
「姉さんなら平気だと思うけド。それでも女性だし、どうにもならないことだってあるでショ? その時はちゃんと言ってネ。僕もできる限りのことはするかラ」
「そう。ありがとうね、夏目」
心配そうな眼差しを向ける夏目に微笑して、頭に手を伸ばす。「ちょっ! 子ども扱いはやめてヨ!」そのまま頭を撫でると夏目は不満そうにこちらをじとりと見つめてくる。手を振り払うこともできず、不服そうに見上げてくる夏目に、夜月はクスリと笑みをこぼした。