水面を仰ぐ
特にすることもなく、暇つぶしになりそうなものを探しにふらふらと歩き回っていた。去年の夏ごろ、いつのまにか修理されていた噴水場の横を通て行こうとしたその時、突然腕を掴まれて勢いよく後ろに引っ張られた。
「っ!?」
体のバランスを崩され転びそうになったところをなんとか噴水場の淵に手をついて、体を支える。引っ張ってきた腕は噴水場から伸びていた。
「えへへ。こんにちわ、夜月」
「奏汰・・・・・・」
にこにこと笑う奏汰に、夜月はため息を落とした。
噴水場の中で水浸しになっているのは、『五奇人』の一人、深海奏汰。
学院内では天才児としても、なんでも願いを叶えてくれる『神様』としても有名だ。これはこの土地に古くから根ずく伝承が理由だが、関わると面倒だし手を引いている。また、彼を教祖として信者が非合法サークル『八百比丘尼』なども作っている。まだあまり有名ではないが、細々と広がりを見せていた。
「また水浴びかい?」
「はい。おみずがないとおさかなはしんでしまいますので」
奏汰は夜月の腕を放そうとせず、夜月はひとまず噴水場の淵に腰を掛けた。
「別にいいけど、まだ春になったばかりだ。風邪を引くよ」
「かぜ? かぜってなんですか?」
「身体を壊すってこと」
「からだがこわれる・・・・・・? ならへいきです。ぼくは『かみさま』なので」
にこにこと当たり前のように、奏汰はそういう。
夜月はこういわれるたび、何を言う気もなくなっていた。
「あなたはからだをこわすんですか?」
「風邪ぐらい私も引くよ。というか、私は一種の持病持ちだよ」
「『かみさま』なのにですか?」
奏汰は目を丸くパチパチと瞬きをして、心底不思議そうに見つめてくる。
「何度も言ってるだろう、私は『神様』じゃないんだよ奏汰」
「でもあなたもひとの『ねがい』をかなえてます。なら、ぼくとおなじ『かみさま』です」
「君とは違うよ。私は代わりに相応の『対価』をもらう。あとは気分次第さ」
「ぼくも『みつぎもの』をもらってますよ? それでもちがうんですか?」
「違うね、なにもかも」
「むぅ〜・・・・・・ぼくにはむずかしいです」
奏汰は首を振り、少し不満そうな顔をした。
それにクスリと笑う。
「夜月はなんでもしっていて、とてもはなしていてたのしいです」
「そう?」
「はい、『五奇人』のみんなはとてもものしりです」
『五奇人』として巡り合った彼らを友人として、奏汰は接した。いままでそういう存在がいなかった奏汰にとって、また彼らも同様に、それは新鮮だった。
理解しあえる友人。彼らにとってはすでに諦めていた存在だった。
「えいっ!」
「っな!?」
突如、奏汰の掛け声とともに掴まれていた腕を強く引かれ、力に従ってバランスを崩す。バシャッ、と水のはねる音がする。噴水場に落ちたことによって、夜月も奏汰と同様にびしょぬれになってしまった。
「・・・・・・奏汰」
「ふふ、きもちいですか?」
恨めし気に視線を送るが、奏汰は気にした様子もなく、嬉しそうににこにこするだけ。それに毒気を抜かれ、夜月はまたため息を落とした。