ほどけた糸はなにいろだったか
「夜月」
「やあ、宗」
廊下を一人歩いていたところを背後から呼び止められる。声をかけてきたのは同学年の斎宮宗。彼は腕を組んでこちらへ近づいてくる。
「私に何か用かい?」
「ああ。以前君に仕立てたドレスが出来上がってね。あとは君に着てもらって、細かな調節をしたい」
宗はそのために手芸部の部室へ来てほしいと言った。
斎宮宗と交流を持ちはじめたのは、今年に入ってからだった。
以前から宗はレオとよく芸術について話していた。大抵は喧嘩になって、たまたま居合わせた夜月に判断をゆだねてきたこともあった。そんなこともあって、去年から知人程度に面識はあったが、今年からは個人として関りを持つようになった。
そのきっかけが、『五奇人』という異名だった。
学院内で突如流れたその異名に、生徒たちは大盛り上がりをした。『五奇人』という五人の天才もとい異端児。宗はその一人だった。『五奇人』のなかにはむろん零も含まれており、そのおかげで夜月も彼らと関りを持つようになった。もともと『零と互角の人間』と認識されていた夜月が、『五奇人』という輪の中にいても何の違和感もなかった。
宗は『Valkyrie』という三人のユニットを組んでおり、芸術性の高いパフォーマンスで外からの評価も高く、今では学院の中で全盛期を迎えていた。そんな彼は『帝王』としての異名も囁かれた。
「準備はできている、さっさと向かうとしよう」
「はいはい、わかってるよ」
夜月は仕方がないと宗の背中に付いて行った。
* * *
「お師さん、お帰んなさい。あ、夜月姉!」
手芸部の部室に入ると、お裁縫をしていた二年生の影片みかが出迎えた。彼も『Valkyrie』のメンバーで、宗の家に居候をしているらしい。もう一人仁兎なずなという同学年がいるが、今はいないらしい。
「影片、僕は以前のドレスの仕上げに入るから邪魔をするなよ」
「は〜い」
「夜月、早く服を脱いでこれを着たまえ」
手渡されたドレスを受け取り、言われるがままに棚で壁になっているところで着替える。
最初のころは、眼前で服を脱がせて着替えさせようとしてきたが、流石にそれはと思ったみかが宗を止めにかかり、後々正気に戻った宗は顔を真っ赤にしていた。夢中になるほど裁縫が好きなのだろう。今でもたまに薄着で放置されることがある。また服を作るのに必要だからと、ウエストやらバストだかのサイズも測られメモに残されている。
自分がそういうことを気にしないタイプだからいいものを、普通の女子なら宗は若干引かれていただろう。
「夜月、着替え終わったか?」
「ああ、また凝ったものを作ったね」
ドレスに着替えて出てくると、宗に支持された場所に立ち止まって腕などを広げる。
針と糸を手にした宗は、夜月の周りを一周し、気になった場所を調整していく。みかは邪魔にならないように必要な糸や針を用意し、一歩引いたところでこちらを眺めた。
「夜月姉、ほんまにお人形さんみたいで綺麗やなぁ〜」
ドレス姿の夜月をうっとりしたようにみかは見つめた。
今回のドレスはワインレッドの生地を使ったものだった。繊細にレースやフリルをふんだんに使い、派手過ぎず上品に仕上げている。『Valkyrie』のユニット衣装に近しいものを感じる。
「ふむ・・・・・・完璧だ」
宗はそう呟いて立ち上がり、納得したようにうなずいて夜月を見下ろした。
夜月はドレスの裾を持ち上げてみる。
毎回こうして作ってもらった後プレゼントされるが、一体どこへ着ていくのだろう。いつのまにか夜月のクローゼットの中は宗の作った服を詰めた箱でいっぱいになっていた。
「君の顔は美しいからね、僕の服に見劣りすることもない。次は君の瞳と同じ赤色も良いだろう」
「ありがたいけど・・・・・・次は私服に使えるものだと嬉しいよ」
「そうか・・・・・・まあ、考えておこう。そのドレスは持ち帰ってくれてかまわないよ」
「ありがとう、宗」
『五奇人』の一人、夢ノ咲学院トップに君臨する『帝王』斎宮宗との日常は、こんなものだった。