薄く削がれた貴石
また一年過ぎ去った。学院の木々はピンク色に染まり、また春が来た。学年が変わり、ネクタイの色は青色へと変わった。
何の変哲もない、代わり映えのしない一年がまたやってくる。だが今回は少し違うようだ。なにかが水面下で動いているような、違和感を感じた。
「夜月ーっ!!」
「おっと・・・・・・!!」
背後から突然、振り返る暇もなく抱き着かれる。よろめく身体をなんとかバランスをとって、倒れるのを阻止する。
声で抱き着いてきたのはレオだと分かる。首だけ振り返って「レオ」と名前を呼べば、レオは猫のようにニコニコしながら頬にすり寄った。
「ちょっと、れおくん! そんなに勢いよく抱き着いたら夜月が潰れちゃうでしょっ!
「おわっ!? う〜、セナの意地悪ぅ〜!」
レオの首根っこを掴んで引き離す。その様子は猫と飼い主のようだ。引き離されたレオはジタバタして「夜月〜!」と腕を伸ばして助けを求める。泉は呆れた顔をして、夜月はクスクスと笑った。
「大丈夫、怪我しなかった?」
「平気だよ、泉」
「ならいいけど。れおくんも気を付けてよねぇ」
「おれが夜月に怪我させるわけないだろーっ!」
「はいはい。あんまり、公共の場でいちゃいちゃしないでよねぇ」
泉から解放されたレオはまた夜月にくっつく。
この様子はいつものことで、泉もこの光景に慣れてきていた。泉はやれやれとする。
「夜月、今日は変な奴に絡まれなかった?」
レオは心配そうに眉尻を下げて夜月に問いかける。
学院で着々と有名になった夜月にしつこく付け回る人や突っかかってくる人がいた。此処には夜月以外すべて男子生徒だ。いくら夜月が賢く立ち回っていても、力業になれば夜月が勝てるわけがない。
「大丈夫だよ、レオ。心配しないで」
「本当に? アンタ、そういうこと俺達にはなかなか言わないからね」
「そうだったかな。本当に何もないよ」
「ならいいけどさ」
「何かあったらちゃんと言うんだぞ? 隠し事はダメだからな」
「私がレオに隠し事をするわけないだろう?」
「ん〜・・・・・・それもそっか!」
いい子いい子、とレオは夜月の頭を撫でる。
まだ何も起こらない、平和な春の日だった。