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夢まぼろしを散らかして



それが目に入ったのは、たまたまだった。

廊下にあるいくつかの掲示板に、一枚の張り紙が張り出されていた。掲示板にはたいてい学院からの知らせや教師からの知らせが張られている。廃れたこの学院には過去の栄光にすがる生徒ばかり。アイドル活動をまじめにしようとする者は少数しかいなかった。だから張り紙が出されることが少ない。そんな中、新しい目を引く張り紙が出されていた。

その張り紙は演劇と書かれていた。アイドル活動であるライブの告知ではなく、演劇と書かれたそれに妙に惹かれた。確かに演劇部は存在したが、部活動の成績を上げても、此処では役に立たない。

そういえば、入学試験で好成績をたたき出した変わり者が一人、アイドル活動をそっちのけで演劇ばかりしているという噂を聞いたことがある。

演劇は好きだ。演劇は違う誰かの人生を、物語を演じ、それを鑑賞する。自分ではない誰かの人生を体感するのだ。何度か劇場に足を運んだことはあるが、ほぼ”つまらない”という結果に終わっていた。
別に期待しているわけでもないが、夜月はためしに講堂へと向かった。



* * *



一言でいえば――――圧巻の演技だった。

劇で使われている物語は、ほかの劇でもよく使われている親しみのあるものだ。しかしただ忠実に物語を再現するのではなく、ところどころに演者の解釈やオリジナルのストーリーを織り交ぜている。

今まで見てきた劇の中でここまでのものは見たことがない。あふれてくる高揚感に思わず胸元を掴んだ。

だがそう思っていたのは自分だけらしい。
鑑賞しに来た生徒はだんだんと席を立って講堂から出て行った。少しずつ、少しずつ、客は席を立つ。そのうちの一人が小さく文句をつぶやいていった。

劇もそろそろ終盤に差し掛かったころには、観客席には夜月だけとなっていた。それでも彼は、たった一人の観客のために演技を続けた。
素晴らしい演技だった。素晴らしい劇だった。劇が終わりを迎え、彼は胸に手を当てて恭しくお辞儀をした。本来なら多くの歓声や拍手が鳴り響く中、彼に与えられたのはたった一人の拍手だけ。

夜月一人の拍手が講堂にむなしく響いた。
お辞儀から顔を上げた彼は、じっと彼女を見つめ笑顔で問いかけた。


「私の演技はどうでしたか?」


どこか寂しそうに微笑んで、彼は舞台上からそう問いかけた。
その言葉もどこか台詞めいていて、まだ劇が続いているようにも感じた。

「彼の演技は高尚すぎる」そうだれかが呟いた。
高尚すぎる彼の演劇は人の目を集めたが、理解されることはなかった。台詞に、舞台に何が隠されているのか。それをくみ取ることもできない凡人は「高尚すぎる」と彼を評価し、劇場を後にする。


「君の演技は素晴らしかった。今まで見てきたどんな演劇よりも、君以上のものは見たことがない」


客席から舞台の上にいる彼を見上げる。


「演者の真意をすべて汲み取ることはどんな人間でも不可能だ、私でもできない」


高尚すぎると一蹴され、理解することを諦められた。演者として、それは苦痛にも似たものだろう。「だから教えてくれ、君は何を伝えたかったんだい」彼は驚いたように、彼女の瞳を見つめ返した。


「そしてもっと私に見せてくれ。ここまで心躍ったのは久しぶりだ」


彼の目には、妖美に愉し気に微笑む彼女の姿が映る。目を丸くして、ポカンと口を開く。そうしてしばらく彼女を見つめて、彼は口端をあげた。


「それではこの日々樹渉が、貴女のためだけに演じましょう。どうぞご覧ください――――人間に成り切れなかった怪物の話を」



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