身に余るセレナータ
あの日以来、夜月は地下に籠ることが多くなった。零の言う通り、夜月はすでに図書室にあるすべての本を読み漁り終えてしまった。それで退屈を回避するために、夜月は地下へと潜った。
地下にある本は多い。これならまた幾分か長持ちするだろうと零から受け取ったカギを使って地下へと行こうとした、その矢先だった。
「夜月ー!」
「レオ?」
ポケットからカギを出すのをやめて、声のした方を振り向けば図書室にレオが駆け込んできた。少し長い髪をまとめた束がしっぽみたいにゆらゆら揺れて、ニコニコと駆け寄ってくる。
「なに、レオ。何かあった?」
「おまえに会わせたい奴がいるんだ!」
「え?」
「いいから早く来て! 置いてきたからセナ怒っちゃうっ!」
「え、ちょ・・・・・・!」
素早く手を掬い上げギュッと握ると、レオは駆け足で夜月を連れだした。相手がレオなために抵抗はしなかったが、先日の出来事のせいでなにかデジャヴを感じた。
機嫌がよさそうに、レオは鼻歌を歌いながら進んでいく。グイグイ引っ張る力に従いながら黙ってついて行けば、中庭の休憩スペースへまできた。休憩スペースには人がいて、一人の男子生徒が眉間にしわを寄せ腕を組みながら立っていた。向かってくるこちらに気付くと、その男子生徒はレオに向かって声を荒げた。
「ちょっと! 勝手に連れてきたかと思えば今度は待ってろってどういう意味!? 俺はあんたと違って暇じゃないんだから」
「ごめ〜ん、そう怒るなよセナ〜。でもこうやって待っててくれるセナはやっぱり優しいな!」
「はぁ・・・・・・あんたねぇ・・・・・・」
レオの反省しない様子を見て、深いため息を落とした。
ふと、顔をあげた彼と視線が交わる。ようやくレオの背後にいた夜月に意識を向けた彼はレオに説明を促す。
「それで、その子は? 女の子でうちの制服を着てるってことは、例のプロデュース科の子でしょ」
「うん! ん、あれ? セナ、夜月のこと知ってた?」
「知らないよ。ただ男子校に一人の女子生徒だからね、あんたが気付かないだけで割と目立ってるよ、その子」
「へぇ〜、物知りだなセナ!」と感心するレオを横目に夜月はそうだろうな、と知った風な表情を浮かべる。
レオは握ったままの手をチョイチョイっとまるで子供が母親の手を引くような仕草をして、夜月の視線をこちらに向かせた。
「夜月、こいつはセナ! 同じ『オセロ』に入ってるんだ!」
今度はセナの手を取って引っ張る。
セナは少し目を吊り上げた。
「そんで、こっちは夜月! 幼稚園からのおれの大好きな幼馴染!」
次に夜月の頬に擦り寄りながらギューッと抱きしめる。
夜月は特に気にした様子も無く、されるがまま。
嬉しそうに笑顔を浮かべて夜月を抱きしめるレオを見て、セナは呆れた顔をしてまた一つ溜息を落とした。
「あんた、紹介下手すぎ」
「え〜、そうか〜?」
唇を尖らせるレオはちょっと不服そうな顔をして夜月を解放する。
「それで何? 俺たちを会わせてどうしたいわけ?」
「え? だってセナと夜月はおれの大事な友達と幼馴染だから、知ってほしいな〜って。それに二人して友達少ないしな!」
「いらないよ別に。その言葉、そっくりそのまま返すよ」
ふん、とセナは腕を組みなおしてそっぽを向く。相変わらずレオは自由気ままに動き回るし、手が付けられない。夜月はひとまず、セナに声をかけた。
「あー、えっと、セナ・・・・・・だったか?」
「・・・・・・瀬名泉、学院に入る前まではモデルの仕事をしてたよ」
「ああ、通りで綺麗な顔立ちだと思った。悪いね、そういうのに疎くて」
「ふ、ふん。ま、あんたもそこら辺の奴よりは整ってると思うけど・・・・・・えっと」
「骨喰夜月、レオの幼馴染だ」
自分たちで最低限の自己紹介をやり直しながら、泉と夜月は会話を重ねた。
「幼馴染ならあれ、どうにかしてくれない? 鬱陶しいんだけど」
「レオが悪いね。でもレオは君のことが好きみたいだからさ、仲良くしてくれると私も安心だよ。何かレオがやらかしたら私から言っておくし」
「そう言われてもねぇ」
二人で休憩スペースの机に向かって「インスピレーションが!!」と叫んで作曲に没頭するレオを眺めながらそんなことを話す。
すると顔をあげたレオと視線が合い、作曲が終わったのか嬉しそうに駆け寄ってくる。
「仲良くなったか? 嬉しいぞ〜!」
「そんな一度や二度で仲良くなれるわけないでしょ」
「え〜っ!」
泉とレオのやり取りを横から見ていた夜月は、なんだかんだで仲が良いのだと思った。レオはわかりやすいぐらい泉の事を気に入っており、好きなんだと分かる。泉も鬱陶しいという割には、言葉では突き放しても突き放せないでいる。
レオが泉と関係を続けていくなら、必然的に泉との交流も増えるだろう。夜月はレオに誘われるがままに、その輪の中に居続けた。