このカギの意味を教えて
「よう、夜月ちゃん」
「・・・・・・」
「無視は良くないと思うぜー? 俺様」
またこの男がやってきた。こちらの気も知らないで無遠慮に足を踏み込んでくる、甚だ迷惑な奴。
図書室は学校の公共の場だ。私有化してものを言うつもりはないが、図書館でなくてもこの男はどこでもやってくる。最近はこの男に付きまとわれてばかりだ。
この男――朔間零の相手は面倒だ。『同類者』と言えるだけあって、その存在は鏡に映した虚像のように似ている。だが虚像だ。全く同じなわけでもない。
「要件は」
「あ? 暇だから来た」
「帰れ」
向かいの席に座った零は少し苛立ちながら言い放つ。視線は相変わらず本に向け、関わるなと言いたげに読書に集中しようとした。だがそれを許すような相手ではない。零は視線を向けず無視をしようとする夜月に何度も適度な間をおいて声をかける。
「なあ、本とか読んでて楽しいのかよ」
「退屈に決まっているだろう。結末なんて簡単に予測がつく。結果が見えたものほど退屈なものは無いよ」
「じゃあ何で読んでんだ?」
「途中で放り投げるのは主義じゃない。それに、そんなことでやめていたら退屈をしのぐものが無くなってしまうだろ。人生永いんだ、なるべく長く持たせないと後がなくなる」
「あー・・・・・・」
それを聞いて、零は何とも言えずに微妙な表情を浮かべた。夜月の主張が理解できない零ではなかった。むしろ、それに共感できる相手だった。お互い、『退屈』に殺されながら生きている。
「けど・・・・・・」沈黙の中に、独り言を呟くように小さく夜月の声が零れた。零はその声を追うように視線を向ける。相変わらず、視線は本へと向けられているが、言葉はこちらへと向けられていた。
「・・・・・・本を読むこと自体は、好きだ」
零は面食らって目を丸した。夜月が自分から、そう言う事を言うとは思わなかったのだ。思わず驚いて間をおいてしまったが、零は面白げに口端をあげた。
「よし、そんじゃ行くか!」
「行くって・・・・・・っ、わ!?」
急に立ち上がった零を怪訝に見上げると、突然手首を掴まれてそのまま無理やり立たせられる。読み進めていた本はパタリと閉ざされ、そんなことも気にせず零は手首を掴んだままグイグイと引っ張っていく。
「なっ・・・・・・おい、放せ!」
「まあまあ、良いから来いって」
零の楽しげな声が響く。
文句を積もらせながら仕方なく、されるがままに足を動かす。そうしていると図書室の一番奥にある本棚の前まで連れてこられた。零はポケットからカギを出すと、一部の本を抜け取りカギ穴にそれを差し込んだ。途端、その本棚はからくりによって動き出し、地下へと続く階段を開いた。
「これは・・・・・・地下室?」
「ああ。夜月ちゃんを地下室へご招待〜ってな」
「ここ、学校だろう・・・・・・何で地下なんてあるんだ・・・・・・」
「まあいいじゃねーか。ほら、行くぞ」
また手首を握られて、手をひかれるまま地下へと降りていく。地下だけあって、少し暗い。降りてすぐのところに扉があって、そこを潜れば地下図書室とでもいえるような場所が広がっていた。
「図書室に入らなくなったモンとか、誰の趣味だよっていう古い本とかのたまり場だ」
辺りをぐるりと見渡す。壁一面には本が並び、それが二階まである。近場にある一冊を手に取ってみれば、零の言う通り古い本だ。集めた人はよほどの趣味の人だろう。
「夜月」
本のページをめくっていると、後ろから名前を呼ばれた。いつもみたいにふざけた感じではなかった。ほら、と言われ突き出してくる拳に手を伸ばすと、手のひらに先ほどのカギが乗せられた。
「やるよ、それ。お前、本が好きなんだろ? 見てたとこ、あのペースで読んでりゃあっという間に制覇してそうだからな。これでいくらか長持ちすんじゃねーの?」
そう言って微笑する零は、とても綺麗なものだった。自分と同じような瞳が、じっと見つめてくる。
零が何を思って、何の意図があってこれを渡してきたかは分からないし興味もない。だが・・・・・・
「取り敢えず、貰っておくよ。借りは作らないぞ」
「おう。仲良くなった印にやるよ」
「仲は良くない、面倒だ」
「お前なあ・・・・・・」
少しは、退屈を凌げるだろう。