唯一のつながりが消える話
「少し、話さないかい?」
ライブが終わって少し経った頃。英智にそう言われ静寂に包まれた夜のガーデンテラスへ訪れたのは、すでに数十分前。
ガーデンテラスからも見える星空の下、テーブルに温かい紅茶を用意して、英智と夜月は向かい合っていた。しばらくは沈黙が続いた。どちらも口を開かずに、この静寂に身を任せる。
「身体は平気なの?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて」
長い沈黙の終止符を打ったのは夜月だった。
ティーカップを傾けながら視線を向けると、英智は微笑む。
英智がカップを手に持つ。香りの良いそれを一口飲み、かっぷをソーサーの上に置く。そして意を決して、英智は言葉を紡ぎ始めた。
「夜月ちゃん・・・・・・僕はね、君のことが誰よりも好きだったんだ」
優し気な瞳を向ける英智。
夜月もカップを置き、真っ直ぐ英智を見つめた。
「君に出会って、僕は生まれて初めての衝動に駆られたよ。君がどうしようもなく欲しくて、君の瞳に映りたくて、君の心に僕という存在を刻み込みたかった」
これは英智の独白だ。すべてを終えた二人に与えられた、時間。
此処に『皇帝』はいない。此処に『女王』はいない。
ここには『血まみれになりながら革命に身を捧げた一人の青年』と、『悲劇と知りながら正義の鉄槌に倒されることを選んだ一人の少女』だけが存在する。
「君の瞳にはいつも月永くんや『五奇人』がいて、彼らが酷く羨ましかった。嫉妬、してたんだ」
瞳を逸らして、少し俯く。
「そして・・・・・・骨喰夜月という存在を知れば知るほど、傷だらけであることを知った」
逸らされた瞳が再び向けられる。
少し、悲しむような瞳だった。青い瞳がユラユラと揺れていた。
「僕は天才じゃない、無責任に君の痛みを理解できるとは言えない。君は言葉通り桁違いの存在だ、他の超越者たる『奇人』達を遥かに超えている」
「それでも傷だらけなことには気づいた・・・・・・しかも君は、ちっともそれを認識していないんだ・・・・・・自分が傷ついていることに」眉尻を下げながら、困ったように微笑んで英智は続けた。
「そんな君を守ってあげたかった・・・・・・君を傷つける全てものから、遠ざけたかった」
英智は手を添えたカップを指で撫でる。
まだカップに残った紅茶に自分の顔をが映りこむ。
「それなのに、自分が描いた『筋書き』の一部がいつの間にか塗り替えられていたことに気付かずに、君を『女王』に仕立て上げて、僕は君を断頭台にかけた。まったく・・・・・・笑いものだね」
クスっと、英智は自分を嘲るように笑う。
自分がしたかったこととは全く反対の事態へと転がった。それが悔しかった。
「でもこれは・・・・・・君と僕の確かな強い繋がりだった。それが、嬉しかった」
「けれど、それももう終わってしまったね」英智はそう言って夜月に確認を取るようだった。
夜月は肯定した。
「・・・・・・そうね、最高に愉しい『舞台
紅茶をゆっくりと喉に通す。柔らかい舌触りと、飲み込んだ後に残る紅茶特有の苦みが美味しい。
「望んだ結末は得られたかい?」
「――うん。これが、僕が望んだ結末だ」
英智に問えば、彼は満足そうに答えた。
行く末なんて見えていなかった。誰よりも知りたかったであろう。探し求めた結末を目の前に、英智は微笑む。
「夜月ちゃん」
名前を呼ばれ、夜月は英智を見つめた。
英智は今まで見たこともない、優し気な微笑みを浮かべて。瞳の奥に確かな熱を持って、じっと見つめた。
「ずっと・・・・・・ずっと君のことが――好きだったよ」
ただ君だけを、君を、愛してた。
出逢った瞬間に、君に、恋をした。
君の全てが、君が、愛しかった。
無謀と知っても、ずっとずっと、好きだった。
『皇帝』が『女王』に恋をしたんじゃない。ただの一人の『青年』が、たった一人の『少女』に恋をしたんだ。確かに恋だった。ひどくおだやかな恋だった。たった一度の恋。
「君を誰よりも、愛してる」
終わりのない恋をする。
指にそっと触れて、唇を細い指に這わせ、薬指に口づけをする。
くすぐったそうにして、手はすぐに離れていった。
「『怪物』に恋するなんて、本当に可哀想な人ね・・・・・・英智」
そういって彼女は、呆れたように笑った。
それでも『怪物』に魅了された『青年』は、その笑顔に、その言葉ひとつひとつに、また恋をするのだろう。