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この世界にきみがいるから



一人で暮らす家に帰宅したころには、夜は深まっていた。月は高く昇り、外を歩く人も少ない。帰りは英智の車で送ってくれたことで、家には早く着いた。

カギを差し込み扉を開けて目に入ったのは、男物の靴。良く見慣れた靴だが、本来ならここには無いものだ。
靴を脱いでリビングへと向かう。


「お帰り夜月〜、今日は一段と遅かったな!」


リビングでレオはペンを片手に寝っ転がりながら、楽譜を床に散りばめていた。
ふと視線を台所やテーブルに移せば、食事を済ませた後がある。ご飯を食べに来ることは多いが、わざわざ自分で作ってまでこの家に居たことは少ない。


「・・・・・・ずっと家にいたの?」

「うん。親に『学校行け〜』って言われてさ、逃げてきた!」


レオは笑いながら言う。
床から起き上がったレオは時計に目を向けた後、首を傾げる。


「夜ご飯は? 俺が作ろうか? なんかインスピレーションが湧かなくてさー、なんか刺激的なことないー?」


ご飯はいらないと答え、ブレザーを脱ぎバッグと共に椅子に置く。
散らばった楽譜を集めるためにリビングを歩き回っていると、レオは一枚の楽譜を持って駆け寄ってくる。


「あっ、そうそうこれ! これ歌って! こないだ作った曲、お前にあげるから歌って! そうすればインスピレーションも湧くはず!」


レオは作曲した曲を、よく「歌ってくれ」と言って渡してくる。これは昔から続いている。言われるがままいつも歌っている。たまに音程を間違えると「違う」と指摘して、歌いなおされる。おかげで歌に関してはレオに鍛え上げられた感じがする。

受け取った楽譜を目に通す。五線譜に描かれるレオが生み出した音符を見て、呟くように言葉が出た。


「・・・・・・レオ」

「んー? なんだ、どーした?」


レオは下からのぞき込むようにして夜月を見上げた。
丸まるとした緑色の瞳で覗き込んでくるレオに、笑みがこぼれる。


「革命――――終わったよ」


囁くように、告げた。
レオは案の条、目を丸くした。何かを言おうとして小さく唇が開かれたが、何も発さずに閉じられる。黙り込むレオに、夜月は優し気な声色で言葉を紡ぐ。


「きっとまた楽しくなるから、きっと刺激的な日々を与えてあげるから、私たちはずっと待っているから」


君のためなら、なんでもしよう。
君が望むなら、その全てを与えよう。
大切な君のために、私は、私の全てを捧げよう。


「――――そっか・・・・・・」


レオは一言、それだけを答えた。
少し顔を俯かせて、控えめに微笑んで。


「ん」


顔をあげたレオは大きく両手を広げる。「ん!」と両手を動かして即してくるレオに従って、同じように両手を広げれば「ぎゅーっ!!」と強く抱きしめてくる。「ちょ、レオ」「わはははっ!」肩に頭を乗せて力強く抱きしめてくる。


「よしよし、頑張ったな。お疲れ様、夜月」


強く抱きしめたと思えば、落ち着いた優しい声で耳元で囁く。片手を後頭部に添えて、幼子や猫でも撫でるように、よしよしと頭を撫でる。髪をとかすような手つきは、優しい。


「ありがとな、夜月。ありがとう」


後頭部から手を離して、今度は優しく包み込むように抱きしめる。


「いつか、足が震えなくなったら・・・・・・おまえに会いに行くから。だからもう少しだけ、待ってて」


肩に両手を置いて少し距離を離し、お互いの額に額をくっつける。見つめてくる緑色の瞳は、どこまでも優しく穏やかだった。

その言葉が聞ければ十分だ。
それだけで満足だ。


「よしっ! 頑張った夜月にご褒美をやんなきゃな!」

「ご褒美って・・・・・・別に何もいらな――――」


ニカツと笑うレオ。
わしゃわしゃと髪を乱しながらまた撫で始めるレオの手が前髪をかきあげ、ちゅっとリップ音を鳴らして額にキスを落とした。驚いて目を丸くすると、レオは目を細めてもう一度キスを落とす。


「それから『お疲れ様』の曲! おれの名曲を受け取れーっ! ああーっ、インスピレーションが湧いてきた! やっぱりおまえは最高だ、愛してるよっ!」


身体を離して、レオはキラキラした笑顔を向ける。

それでいい、それで満足だ。
君が笑っていてくれるなら、それでいい。
君が笑っていてくれるなら、他に何もいらない。
それだけを、ただずっと望んでいる。
それだけで、全てが報われる。


「私も、愛してるよ、レオ」


『怪物』は真似事の愛を囁く。



――Fin.

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