言葉なき来訪者
ドリフェスで優勝したユニットには、アンコールで一曲やるのが恒例だ。それを『TrickStar』は全ユニットみんなで行うのを望んだ。手を取ったユニット、戦いあったユニット、すべてが舞台に上がり、楽し気にキラキラと輝きながらマイクを手に取った。
夜月は観客席から離れ、講堂の出入り口に立ってそんな彼らを遠目で眺めていた。
「姉さん」
歓声が鳴りやまない中でも、その聞きなれた静かな声ははっきりと耳に届いた。誘われるように視線を逸らせば、懐かしい人物が朗笑を浮かべて立っていた。その背後にはあと二人いて、「お久しぶりです、夜月ちゃん」と1人はにこやかに笑みながら手を振った。
「・・・・・・やあ、久しぶりだね。夏目、つむぎ」
懐かしい友人。
元『五奇人』の夏目は、腕を組みながら夜月との距離を詰める。久しぶりの再会に言いたい言葉は星の数ほどあるが、それはまたの機会にして、夏目は言葉を選び取る。
「一先ず、お疲様。上手くいったみたいだネ」
「今回私は、大したことはしてないさ。彼らが勝ち取り、彼女が繋いだ勝利だ」
そういう夜月の視線は舞台に向けられた。輝きながら歌い踊るアイドル達。それを見守る新たなプロデューサー。勝利の女神。
笑みを浮かべながら舞台を見つめる夜月を横目で見て、夏目も嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「HaHaー! 嬉しいそうだなー!」
すると歓声に負けないくらい元気な声が近くで聞こえた。視線を向ければ夏目が連れていたもう一人で、元気な男の子だった。
「この子は春川宙。僕たち『switch』の一員だヨ」夏目はそう言ってすぐさま夜月に紹介した。
「夜月の事は師匠とせんぱいからいつも聞いてるですー!」
「へぇ、そうなの?」と聞き返せば「はいです!」と元気な返答が返ってくる。夏目は「宙! 余計なことは良いかラ!」と少し照れくさそうにして宙の口をふさいだ。それを眺めて楽しそうなユニットだなあ、と笑みを零す。
ふと、夏目の視線が九摂家の髪を伸ばした青葉つむぎへと移った。
「それじゃあ僕たちは先に行こうカ。先輩、姉さんに変なことしたら許さないからネ」
宙に講堂を出るのを即した後、夏目はじとりとつむぎを睨みつけながら告げる。「な、何もしませんよー!」とつむぎが慌てて答える。そんなつむぎに「ふん」とそっぽを向いて、夏目と宙は講堂を後にした。
二人きりとは言えないが、残された二人の間にはしばらく沈黙が流れた。どちらからも話を切り出すことは無く、視線は舞台に向けたまま。そんな時、ようやくつむぎの口が開く。
「こんな結末だったんですね」
呟くように放たれた言葉。
夜月はちらりと瞳だけつむぎに向けた。
「あの革命の先に何があるのか、僕にはわかりませんでした。でも、こんな幸せな結末で、よかったです」
何処か安心するように放たれた声色に、過去を想起させられる。
「・・・・・・英智にも、『五奇人』にも、どんな結末が待っているのか、わからなかったよ。君だけじゃない。誰も知りえなかった」
「夜月ちゃんは知ってましたか?」
「・・・・・・さてね」
笑みを零しながら曖昧に答えると「さすが、夜月ちゃんですね」と何処か納得したような顔でつむぎは言った。そして、安堵の息を吐く。
あの革命の先に何があるのか。それを問われても、誰も答えられなかった。誰にもわからなかった。革命を始めた英智も知り得ず、革命に巻き込まれた『五奇人』も流され未来を模索することもあった。
もし、知り得る可能性があったなら。それは神のみぞ知るか。それとも――『怪物』だけが視えていたのか。
「それじゃ、僕も行きます。英智くんに『お疲れ様です』って、伝えなきゃいけないので」
つむぎは笑顔を向けてそう言う。バイバイ、と幼子のように手を振ってつむぎは一人舞台袖へ急ぐ。
唯一の親友にもなり得た彼からのねぎらいの言葉は、心に響くだろう。
* * *
「あら?」
講堂の外を出てすぐのところ。そこでは基本、チケットや物販などを売る物販ブースがある。校内アルバイトや生徒会役員がそれをやっているのだが、そこによく見慣れた人物が倒れていた。
濡れ羽色の髪の少年は、二年生の影片みかだ。久しぶりに姿を見る。
「みかくん、大丈夫かい? 何で倒れてるんだーい?」
机に突っ伏して倒れているみかの肩を揺すってみるが、起きる気配はない。このまま置いていくほど非道ではないし、何より彼とは仲が良い。かといって背負えるわけもない。
どうしようかと考えていれば、人影がかぶる。
「何をしているのかね」
・・・・・・今日は、懐かしい人によく会う。
振り向けば、片手に人形を持ってこちらを見下ろす懐かしい人がいる。キリッと眉を吊り上げてこちらを見つめる彼は、元『五奇人』の斎宮宗。
「宗・・・・・・元気そうで何よりだよ、よかった」
「ふん、君も相変わらずのようだね」
宗はそう言ってそっぽ向いてしまう。
懐かしくて、つい笑みがこぼれた。
「影片は何をしている」
「さあ? 来た時には倒れていたわよ」
「また貧血か・・・・・・」
宗の視線がみかへと移り、経緯を離せば宗は「まったく・・・・・・」と溜息を落として呆れた。小食なみかはよく、貧血を起こして倒れることが多い。それを何度も目撃しているため、驚くことは無かった。
すると、講堂から大きな歓声が漏れた。一段と大きくなった歓声に講堂をみあげると、こちらに視線を戻した宗が投げかける。
「君が手を回した革命は、成功したようだね」
「はは、私は何もしてないよ。今回の勝利は彼らの努力の結晶さ」
「そうか・・・・・・見届けなくていいのかい?」
「いいさ、結果は見た。私は、楽しめればそれでいいからね」
そう言って満足げに笑顔を向ければ、宗も優しい笑みを返してくれる。
「ん・・・・・・」机に突っ伏したみかがピクリと動き出す。そのままゆっくりと頭を持ち上げ、目をこすりながら目の前に立つ二人を見上げた。
「んあ・・・・・・? お師さん・・・・・・と、夜月姉!?」
「やあ、みかくん、変わりないようで何よりだよ」
笑って「久しぶりだね」と小さく手を振れば「久しぶりやな!」とぱああっと笑顔を咲かせて嬉しそうにする。そんなみかにクスクスと笑えば、その隣で宗が溜息を落とす。
「行くぞ、影片」宗がそう言って踵を返す。みかは物販のことで戸惑っていたが、生徒会役員が来るだろうと宗に告げられ、少し抜け出す罪悪感を抱きながら宗の後を追った。
「ねぇ、宗」
踵を返した宗の背中に投げかける。視線は向けない。独り言のようなもの。
宗も夜月の声に立ち止まり、続く言葉を待った。
「あの輝かしい青春は、あの色褪せない日々は、もう元には戻らない。けれど、また・・・・・・」
それ以上、言葉は紡がれなかった。沈黙が重なる。
思い起こすことが多い。思い出深いことが多い。あの日々は、『超越者』たちにとって、普通の人のようにいられた輝かしい日々だった。
「――夜月」
背中を向ける宗に目を向ける。
背を向ける彼の表情は伺えないが、静かに紡がれる声にそっと耳を澄ます。
「・・・・・・もし、僕たち『Valkyrie』が何かのライブに参加するときは、手伝いたまえ・・・・・・」
「・・・・・・ええ、よろこんで」
宗とみかはそのまま、講堂から去っていった。