勝利の女神の誕生
ステージには闇と、沈黙と、虚無しかなかった。
本当に死力を尽くした戦いだっためか、『fine』や『UNDEAD』の面々は舞台から降りずにその場にへたり込んで呼吸を整えていた。
ドリフェスにおける延長戦は珍しくは無い。だが、それを三連続するのは前代未聞であった。
『DDD』準決勝の勝利者は『fine』。惜しくも『UNDEAD』は『fine』を超えることができなかったが、これも零や英智や夜月、そして思惑を知る者たちにとっては予定調和の結果だった。
講堂へ決勝戦まで勝ち進んだ『TrickStar』がやってくる。『fine』を束ねる『皇帝』は笑顔で彼らを迎い入れた。『TrickStar』のなかに、まだ北斗の姿だけがいなかった。
「朔間先輩も、お疲れ様。お陰で、『fine』と真当に戦える」
「ククッ、我輩は何もしておらんよ。否、他者を動かすことを含めておぬしらの力量じゃろうよ。後は任せたぞ、『TrickStar』よ」
スバルの感謝の言葉に零はいちどだけスバルの髪を撫で、あっさりと踵を返して夜月のいる舞台袖へと引っ込む。それに続いて薫も下がり、今にも英智に噛みつこうとする晃牙を引きずりながらアドニスも下がった。
「お疲れ様、良いライブでとても楽しめたよ。はい」
舞台袖へと下がれば、そこにはタオルやドリンクを持って夜月が待っていた。一人一人にタオルとドリンクを渡していく。
「うむ。まことに残念じゃが、我輩たちはここで敗退じゃのう」
「充分すぎるほど張り切ったでしょ、年寄りの冷や水だよー?」
ぼやいたのは薫だ。いつも余裕めかして自身の身なりに気を使っている彼だが、今回ばかりは汗だくで、激しい動きをしたせいで髪の毛も解れている。
夜月から受け取ったタオルですぐさま汗を拭き、冷えた水を喉に通す。
「ああ、くたびれた。もう二度とやんないからね、汗を流すのは俺のキャラじゃないし」
「薫くんも、よく最後まで付き合ってくれたのう。おぬしがいてこそ、我輩の計略は十全に機能したのじゃよ」
「いやいや、あんたのためじゃないから。夜月ちゃんと観客の女の子のためだから」
むやみに撫でようとしてくる零に薫は煩わしそうに首を振り、零から距離を取って夜月の元へ逃げていく。そのまま薫は夜月と距離をつめてる。
「ねね、今日の俺かっこよかった? 頑張った俺に、ご褒美が欲しいなあー?」
「勿論、かっこよかったよ。ご褒美は何が良い? 一日デートでもするかい?」
「んー、オレ的にはチューとかがいいけど。ていうか、弱ってるときに優しくされるとグラッときちゃうなー、ますます本気になっちゃうよ」
「ほほう、一応負けて落ち込んでおったのか、薫くんにも可愛いところがあるんじゃのう」
よく似た輪郭の二人が、一人の女子を挟んで何だか女の子のように盛り上がっている。その一方では、晃牙が大の字になってじたばたと暴れていた。
「うがああ!! 俺はまだ満ち足りてねーぞ! 血も骨も残らないくらい、ギッタギタにしてやる・・・・・・!」
「えー? やだなあこの子、空気読めてないんだけど!」
「これこれ、もう決着は着いたわい。アドニスくん、そのままわんこが落ち着くまで押さえといておくれ」
「心得た。腕力にモノを言わすのは、得意だ」
言われた通りアドニスは腕に力をいれて暴れる晃牙を押さえつける。晃牙もじたばたとしばらく暴れていれば、やはり疲れたのか途中から大人しくなる。ようやくタオルで汗を拭って喉に水を通した。
ライブの疲れを落とし呼吸も整ってくると、夜月が口を開いた。
「よし、それじゃあ私たちも観客席へ行こうか」
* * *
衣装のまま観客席へ回れば、前もって『流星隊』が『UNDEAD』と夜月の席を取っていた。その席の近くには偶然なのか『Ra*bits』や『2wink』や『Knights』も座っていて、学院のユニットが衣装姿で勢ぞろいしていた。
取っておいてくれた席に薫と零の間に腰を下ろす。背後には『流星隊』の奏汰。前列には『Knights』。席に着くと、不満げな顔をした泉が振り返る。
「ちょっと、なんでそこにいるわけ? アンタの席はこっちでしょ」
泉はそう言って『Knights』が座っている席を指さす。
「そうよー? いつまでも私たちの『女王様』を魔物に取られてちゃ、『騎士』の名が泣いちゃうわ」
「お姉さま! 先輩方から聞きました、貴女が『Knights』の『女王』と! Marvelous! 是非とも私を一人の騎士として使えさせてください!」
泉に続き、嵐が可愛く頬を膨らませて訴えれば、その隣で司が目を輝かせながら興奮気味に述べてくる。
そんな変わらない『Knights』の姿に、夜月は苦笑を零した。
「む・・・・・・またしても騎士が増えてしまったか。相変わらず手強いのう」
「みんな夜月のことがだいすきですからねー」
「はいはい、決勝戦が始まるんだから目線は前に向けましょうね?」
パチパチと手を数回叩き、目線を舞台に即す。泉も諦めてくれたのか、不満げな顔をしたまま舞台に視線を戻した。
革命児たる『TrickStar』と王者の『fine』の対決。
ライブは熱狂し、白熱し、手に汗を握るような激戦だった。テクニックも技術も『fine』が上だ。それでも一歩も前を譲らない『TrickStar』。結果など、予測できない。
このまま終われば延長戦の可能性がある。ドリフェスの延長戦は珍しくない。ただ、延長戦に持ち込んだ場合、英智にはもうそのための体力が残っていない。『流星隊』や『2wink』や『UNDEAD』の努力が功を奏でた。
白熱した『DDD』決勝戦はあっという間に幕を下ろした。教師たちによる得票の集計を終え、椚先生によってあっさりと無慈悲な現実を突き付けられる。
「結果はもちろん、順当ですが・・・・・・『fine』の勝利です!」
その言葉に、学院の生徒たちは驚愕し、『TrickStar』は絶望する。舞台に立っている彼らが動揺するさまがよく見えるように、観客にいる各ユニットも動揺を隠しきれなかった。
「え、じゃあ、夜月ちゃん・・・・・・『fine』の専属プロデューサーになっちゃうのっ!?」
「はあっ!? ちょっと夜月、どういうことっ!?」
「あー・・・・・・ほらほら落ち着いて、まだ続きあるから」
隣と前で騒ぎ出す薫と泉をまあまあと言って落ち着かせる。『UNDEAD』しかあの追加条件を知らなかったため、泉の顔は酷く怒っていた。
これは面倒なことになる・・・・・・。
ドリフェスにはルールとして、得票数が規定値以上の差がない場合延長戦を開催する、というものがある。準決勝で『UNDEAD』と『fine』が延長戦を三度も行ったのも、このルールによるものだ。つまり『TrickStar』と『fine』の差がたった一票の差しかなかったため、彼らは延長戦をすることになる。だが、既に英智は限界を超えている。
弓弦や桃李に支えられながら立つ英智は、佐賀美先生に延長戦を行うか問われる。英智は少し考えるそぶりを見せた後、観客席にいる夜月を一瞥し、微笑を浮かべながらはっきりと述べた。
「延長戦は、棄権しましょう」
否定ではなく、肯定を。
毀損ではなく、賞賛を。
破壊ではなく、花束を。
血まみれの怪物、悪魔じみた『皇帝』の真意の一端。それは夢ノ咲学院の生徒たちを肯定する、疑いようのない、人間賛歌だ。
「Amazing! おめでとう、あなたたちの・・・・・・『TrickStar』の勝利ですね!」
渉が高らかに賞賛を与えた。それに続き、観客からの歓声も高まった。観客は一斉に席を立つ。それに続き、多くのユニットも拍手喝さいを送る。
『TrickStar』の面々は思考が追い付かず戸惑っていたが、だんだんとそれを受け入れ、勝利を勝ち取ったことに笑顔を咲かせる。
「存分に感謝なさい。あの特異で、奇跡そのもののような、けれど平凡な少女に」
革命は幕を下ろし、舞台
そして新たな時代が開かれ、『勝利の女神』が誕生する。