あの日の彼女の姿がまぶたに焼き付いて離れない



一時はどうなるかと思ったが、結果として、『TrickStar』は『DDD』の緒戦を突破した。

スバルが不在の中始まってしまったライブは、覆面をしたあんずと戻ってきた真緒が何とかつないだ。そのため最初に行っていた通り、夜月の出る幕は無く、客席から事の行く先を見つめていた。

真をなんとか取り戻し急いで戻ってきたスバルたち二人が合流すれば、送れて『Knights』の仮リーダーである泉も合流する。
観客の前で泉による真の拉致監禁を暴露され、『Knights』である司も素直に反応する始末。『TrickStar』は世論を味方につけた。古参の強豪ユニットとの初戦で、しかも欠けたユニットで挑むには、まずそれを味方につけるのが有利な戦法であった。

結局、『TrickStar』はなんとか強豪『Knights』から勝利を勝ち取った。
泉の暴走により、『Knights』のしばらくの活動停止、活動資金減給、一時仮リーダーを鳴上嵐に任命、というペナルティーを科せられるのは、もう少し後の事。



* * *




『Knights』はライブが終わった後も掴みかからんばかりに口喧嘩をし――主に泉と司だが――ステージから降りて舞台裏へと身を引いた。
少々疲れた体と事の次第に口を閉ざさない司の言葉を流しながらステージ裏へと引っ込めば、そこで待っていたのは夜月。

夜月は「お疲れ様」とニコニコとしながら帰還した『騎士Knights』に拍手を送る。
「もおーう、こっちは大変だったのよー?」嵐はそう言って夜月に駆け寄った。それから久しぶりに会えて嬉しい、会えてよかったなど、嵐は嬉しそうに言葉を続けた。

その背後では、泉が静かに顔を俯かせて拳を握って立っていた。気持ちを理解できる凛月はそれを横目に流し、戸惑う司は泉を見て慌てふためいた。
夜月の視線が嵐の背後に映ったことで、ようやく嵐も泉の様子に気付く。


「あんたは・・・・・・あんたはいつもいつも・・・・・・そうやって・・・・・・っ」


呟くような声を吐く泉。拳を握った手にさらに力が入った。
嵐はぱっと夜月から距離を取り、身体を泉に向けた。明らかに様子の違う泉に恐る恐る声を駆けようとするが、それは泉の怒号によって被された。


「どうしてじっとしててくれないのっ!! なんでわざわざ、自分から争いの中へ身を置くわけっ!?」


怒号と共に泉は夜月に掴みかかった。両手で腕をつかみ、前のめりになって怒号を浴びせる。泉は眉を吊り上げ、夜月を睨みつける。
夜月は抵抗することも驚くこともなく、怒りに身を任せる泉を見上げた。


「ちょっ、泉ちゃん! 落ち着いて・・・・・・!」

「瀬名先輩! Ladyにそのような・・・・・・!」

「ナッちゃんとスーちゃんは黙ってて」


流石に、と思って嵐や司は止めに入ろうとしたが、それは凛月によって咎められる。過去の関係、因縁などかすりとも知らない司は嵐を見て助けを求めるが、微塵程度には知っている嵐が口を出せることは無かった。

夜月に掴みかかった泉は続けて声をあげる。


「なんのための『Knights』だと思ってんの!? これ以上なにを失えって!?」


両腕を掴む泉の手にさらに力が入る。骨が軋むような力に痛みを感じるが、それを表情には一切出さず、真っ直ぐと泉の瞳を見つめて言葉を受け止めた。

「『王さま』も消えて、あんたもいなくなってっ!!」喉がかれるのではないかと心配してしまうぐらい、泉は声をあげて叫んだ。微かに掴んでいた手が震えていた。力によるものなのか、それとも他の感情か何かなのかは、本人にも夜月にもわからない。

泉はただ、今まで溜めてきた感情を全て怒号にのせて吐き出すことしか頭になかった。


「今度はあんたを失えって言うのっ!!?」


怒りに任せて全てを吐き出して、泉は何度も息を大きく吐きだして呼吸を整えた。項垂れるように、顔を俯かせる。「あんたを守るのが、俺たちの役目だったでしょ・・・・・・」最後は囁くように、弱弱しい声で吐き出された。

弱音や弱っている姿なんて一切見せないはずの泉の姿や先ほどの怒号に、嵐や司は呆気にとられ、言葉を失う。凛月は何も言わずに泉と夜月を見つめる。

項垂れた泉を見下ろす。掴んだ手はまだ震えていた。
夜月はそんな泉の手に自分の手を重ねた。


「――――うん、どんな言葉も怒号も受け入れるよ。貴方たちに言える言葉も無い。貴方たちが望むなら、できる範囲でなら何でも叶えるよ。それぐらいしか、私が償える方法はないからね」


眉尻を下げて申し訳なさそうに微笑みながら、静かに告げる夜月。「そんな、夜月ちゃん・・・・・・」そんな彼女に嵐が言葉を駆けるが、夜月は首を横に振り、言葉をのみ込んだ。


「まず、ごめんなさい。勝手に、何も言わずに姿を消して。『五奇人』が倒れ『三奇人』に数を減らし、鳴りを潜めた。再び波乱が起こる前に、討ち取られた『女王クィーン』も鳴りを潜める必要があった」


一年前、『五奇人』と生徒会による抗争があった。学院は荒れ、悪の権化とかした『五奇人』は正義の鉄槌により生徒会に討ち取られる。抗争は酷いものだった。それに巻き込まれた者も多い。少なくとも、『Knights』はその一つだ。
そしてその抗争は、『五奇人』のほかに『女王』という要素が組み込まれ、いつの間にか『女王』を主軸になるものへと変わっていった。


「それ以上に、貴方たちに合わす顔がなくて、こうして顔を合わせるのを恐れていたのもある」


少し前の過去を想起しながら、答える。
『Knights』に、とくに泉に合わす顔がなくて、一時は学院にすら通わず、通っても授業にも出ず零のところを隠れ家として身を潜めた。


「『Knights』は私にとって大切な居場所だった。それを、私は知らず知らずのうちに壊してしまっていた。一番大切だった彼すら、私は、壊した」


どんな人間にも、人生を生きていれば後悔がある。どんな天才も、人間を超越したような存在でも、後悔が存在する。夜月にとってその後悔は、『Knights』だった。
「だからまたこうして話せて、待っていてくれて・・・・・・とても嬉しいよ」夜月はそう言って、笑った。

泉は夜月から手を離し、距離を取った。瞳が合えば泉は何か言いたそうに口を開けるが、瞳を泳がして口を閉ざす。言いたいことがたくさんある。ありすぎて、言い尽くせないほどある。でもそれを、簡単に言葉にできるようなものでもなかった。


「でもごめんね、この革命からは降りない。手を貸した以上、最後まで付き合うわ」

「夜月!」

「そうすれば、きっとあの人だって帰ってくる」

「――は?」


素っ頓狂な声が出た。目を丸くして、夜月が放った言葉を頭の中で繰り返す。
「帰ってくる・・・・・・?」そう聞き返せば、夜月は続けて答える。


「はっきりとそうは言ってない。でも、此処は刺激だけは多い。また楽しい学院に戻れば、きっと戻ってきてくれる」


夜月の表情は何処か嬉しそうだった。「『女王クィーン』は『王様キング』と対になっているの。『王様キング』がいて『女王クィーン』が成り立つ」夜月は泉から距離を取り、全員を見つめた。


「それに、私を此処に連れてきたのは彼だ。なら最後まで付き合ってもらわないと困る」


クスリと微笑む彼女はいつもの彼女で、生意気で予測なんて不可能な自由気ままで我儘な『女王』だった。
「この革命の先に、きっと私が望む景色がある」そうつぶやく彼女は、愉し気に今後の行く先を想像して、嬉々としていた。うっとりとした表情。
瞼を下ろし、再び『女王』は『騎士』に視線を向ける。


「私の『王様』のためなら、『女王』は何でもやるわ。ねぇ、私の『騎士さまKnights』」



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