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笑顔と爪痕と甘い嘘



外は講堂の熱狂とは縁遠く、月に照らされる春の夜は静寂を感じさせる。

『S1』の幕が閉じ、ユニットは解散して観客たちも帰宅し始める。生徒会役員は仕事が残っているため、まだ学院に残っているが、夜月も他の生徒たちと同じく校門へ向かっていた。

とりあえず、革命の第一歩としての舞台は問題なく終えられた。今度は次の段階へ進むために舞台を整えなくては。
夜月は頭の中に描いた『シナリオ』を随時修正を加えながら、確実で成功性が高く、なおかつ役者である彼らが動きやすいものへと書き換えていく。先ほどの舞台での余韻を残しながら思案する夜月の背に、よく知る声が投げかけられる。


「やあ、夜月ちゃん」


穏やかな朗笑をこちらにむける、天使のような青年。
月を背後に背負い、月明かりに照らされる金髪がはかなげに反射している。いつの日かに見た夕日を背後に立つ彼と重なる。


「やあ英智、退院おめでとう。元気そうで何より、気分はどうだい?」

「疲労で倒れそうだよ。久しぶりに幼馴染のライブを見に来たら、こんなことになってるんだもん」


ニコリと悪びれずに笑みを浮かべれば、英智も微笑みを携えてやれやれと手を上げた。
「やってくれたね、まったく」英智は満更でもなさそうに、夜月の目の前までやってきて、そう零した。

二人の間に、笑みは絶やされない。その笑顔の下に何を隠しているのか。悪魔のように、天使のように、彼らは笑っている。


「夜月ちゃん、僕は何度だって言うよ。君はそんなところにいるべきじゃない。いつまでも壊れた『騎士』に、いつ壊れるかもわからない『不死者』に、その才能を捧げるなんて勿体ないよ」

「彼らはまだ完全に壊れてはいないし、壊れない」

「でも、君の大切な『王様キング』は壊れた」


冷めきった二人の空間に、亀裂が入る。
微笑みを浮かべていた夜月の表情が、打って変わって無表情に反転する。それを見て、英智は笑みを深めた。


「『王様キング』は簡単に壊れてくれたのに、『女王クィーン』はなかなか折れてくれないね」


「まあ、だから面白いのだけどね」クスクスと英智は最後に付け足した。
英智は自分を真直ぐに見つめ返す彼女を見て、愛しさと歓喜を込めて、目を細める。


「ねぇ、無意味じゃないかな。月永くんはもういないのに、君が出てくる必要なんてないんじゃない?」

「革命をする理由は十分あるよ。より良い楽しい舞台を見るために、停滞した時計の針を進めるために」


『王様』と『女王』。当時は、対になるようにそう呼ばれていた。しかし今はその『王様』は居らず、『女王』だけが盤上に残された。残された『女王』もやがて姿を隠し、わずかに残った『騎士』たちが、いつまでもその帰りを待ち続けた。

夜月はふ、と口端をあげる。


「何か勘違いしているようだけど、私は何も君への復讐心で動いているわけじゃない。君には複雑な感情は在れど、恨んでるわけでもないし嫌いでもない。『殺したのは君だ』と糾弾することもない」

「そうだね。君は、君の大切な人たちですら食卓に並べてしまったのだから」


英智は頷きながら応答する。
夜月はそれに対し何かを言うこともなければ、否定する事もない。すべては真実で、すべては本当の事。それは当事者である彼女が、誰よりも理解している。夜月はそっと、瞼を下ろした。

とても生きにくい生き方をしている。英智はそういう身体を持って生まれてきてしまったがゆえに、夜月はすべてを持って生まれてきてしまったがゆえに。


「ねえ、僕を選んでよ、夜月ちゃん。恐れることも、悲しむことも、傷つくことだってない。君に向けられる矛先は、すべて払いのけてあげる。だから――――僕に君の全てを捧げてよ」


頬に手を添えて、指でなぞる。春の夜はまだ冷えるせいか、その手はひんやりと冷たかった。もう片方の手は彼女の手を手繰り寄せて、指を絡める。そのまま顎をあげさせ、二人の鼻がキスするくらい、距離を縮める。
動揺することもなく、逃げる様子も見せずに、熟れた果実のような赤い瞳は真直ぐにむけらている。ただじっと、次に起こることを観察しているような視線だった。
このまま口づけてしまおうかと、唇と唇が触れる間際だった。

動きが制止し、青い瞳は少し見開いた。
触れたのは彼女の指。唇に触れる直前で、彼女は人差し指でそっと唇を押し返した。惜しくも『皇帝』は、『女王』の唇を奪う事は出来なかったのだ。

英智は瞼を下ろし、残念そうに朗笑して夜月から身体を離す。


「やっぱり君は、思い通りになってくれないんだね。なら僕も、容赦はしないよ」

「最初からそのつもりだったでしょう? 私は誰の駒にもならない、思い通りにできるなんて大間違いよ」


「まあ、身をもって知っているとは思うが」今度は夜月はクスクスと笑みを零した。

『皇帝』は、盤上を支配する『女王』を見つめた。『女王』は、この学院に君臨する『皇帝』を見つめる。それは、いつかの遠い日の再演。宝石のように輝いていた日々と身が焼かれるような苦い記憶。


「さあ、楽しい舞台ゲームの続きをしましょう、英智」


――いつの日かの続きを、また始めよう。

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