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賭博好きの女王様



「朔間さん。これは、貴様の復讐なのか・・・・・・それとも、夜月の復讐か?」

「まさか。『五奇人』も今や数が減り、搾りかすの『三奇人』となった。もはや、我らの時代ではない。いつまでも居座り、老醜をさらすべきではなかろう」


飄々と、敬人の問いかけ受け流し、詩歌を謳うように語る。


「夜月にいたってもそうじゃ。心の隅に少しはあるであろうが、そんな下らぬ事に突き動かされる奴ではない」

「ふん。では遠慮なく、成敗させてもらおう」


度し難い、と吐き捨てて敬人は歴戦の軍師のように指示を飛ばした。
すべてを支配し、ドリフェスを制する。それが『紅月』であり、敬人である。観客への配慮もある。非の打ち所がない、もう状況の対応を終えようとしている。


「(ふむ。揺るがぬのう、もう対応してきよった。いつまでも奇策は通用せんか)」


零は内心、舌を巻いた。

零自身も、ただ面白半分で舞台に乱入したわけではない。勝利のために、その布石のために、パフォーマンスを続行しながら策を練っている。大筋になる『シナリオ』は夜月が準備した。だが、その『シナリオ』の上でどう転がりどう動くかは、登場人物である自分たち次第。大本の動きと筋書きは夜月が、その中で繰り広げる細かな策は零が行う。

舞台袖で行く末を観戦している夜月に目を向ける。その視線に気づくと、夜月は楽しそうに手を振った。
夜月が用意した『シナリオ』を片隅に、零は口端をあげた。


「(とはいえ、我輩たちは、勝てずともよい。盤石なる『紅月』をわずかにでも動揺させ、互角に持ち込めれば御の字じゃ。警戒すればするほど、『TrickStar』の存在に失念する。それこそ、真の狙いじゃ)」


不敵に笑みを零す。
その傍らで、敬人は何か判断を間違えたかと一瞬だけ疑う。


「(ロックか・・・・・・『紅月』とは真逆の方向性だ、互いが互いを邪魔し合っている。水と油だ、反発しあって投票が割れるだけだ)」


状況はどこまでも『紅月』の足を引っ張り、全身を絡めとる。ここは零と夜月が用意した、蜘蛛の巣の上なのだ。
冷静に、観客目線すらも、敬人は状況を分析し続ける。底知れぬ泥沼、そのぬかるみ引きずり込まれるような、薄気味悪さを抱えたまま。

そこで、はっと敬人は目を見開いた。


「(・・・・・・もしや、『それ』が目的なのか?)」


敬人はこのとき、かぎりなくこちらの仕組んだ勝利のための方程式、その解答に近づいていた。
舞台袖でこちらを見つめる夜月に視線を映せば、彼女は楽し気に唇を歪めている。


「(くそっ、考えている余裕もない。永きに渡る平穏に油断していたのか、この俺も? 既にお前の『シナリオ』に踊らされているというのか?)」


けれどすでに、状況は転がり始めている。猛烈な、加速をつけて。悠長に考え事などしていたら、振り落とされてお終いだ。


「(通常のドリフェスならば、最低でも一点は入る。だが対バン形式では、敵対する『ユニット』に投票された場合、得点は無い。票は分散し、点数はいつもより低くなる)」


それが通常のドリフェスとの、最大の差異である。対バン形式は、事実上の全面戦争。まさに対決なのだ。明確に、勝者と敗者が分かれてしまう。最悪の場合、一点も票が得られずに完全敗北することもあり得る。

そこまで思案し、敬人は全身を震わせて驚愕した。


「(――――まさか、”そういうこと”なのか!?)」


推測を重ね、推理を続けることで、敬人はこちらの思惑を看破した。しかしそれは彼にとって、考え得るかぎり最悪のシナリオであった。悪魔の、一手だ。それは有利に事を進めていたつもり『紅月』の足元をすくい、状況を引っ繰り返すほどの、魔術めいたやりくちだった。

驚愕した瞳で再び舞台袖に視線を映せば、うっとりとした表情で堪らなく楽し気に微笑んでいる。「やっと気づいてくれたのね」そう唇が動いているような気がした。


「(こいつらは、『UNDEAD』は囮だ! こいつらの狙いは、いいや本命は・・・・・・!?)」

「どうやら、気付いたようじゃの」


零が喉の奥で「ククク」と笑って、敬人を眺めた。


「だが、もう遅い。幕は開いた、新しい時代の産声が聞こえようとしておる。もはや、誰にも止めることはできんよ」


遅まきながらも自分たちの思惑を読み取り、深層を看破した敬人の慧眼を賞賛するように。敬は優しく柔らかく拍手までしていた。
けれど実際、気付いた時にはもう遅い。


「我らの演目は間もなく規定の時間を消費しきって、終了する。”前座”の芝居はお終いじゃ、こっからが本番じゃよ〜」

「くそっ、謀ったな朔間! 古狸め、これが貴様の策か!」

「クソ真面目な眼鏡君にはちと難しかったようじゃ。ぬるま湯に浸かりすぎて、ふやけてしまったかのう? そんなのでは、あやつの『シナリオ』からは逃れられん」


囃し立てる零を、敬人はなりふり構わず罵倒した。冷静さをかなぐり捨てて、激昂している。安全な道を歩いていた思ったら、地面の下には核爆弾が埋まっていた。
零はこの上なく愉しそうに、にやにやと笑っていた。


「こういう邪道・外道なやりくちは、我ら『三奇人』と『女王』の真骨頂じゃ。懐かしかったじゃろう。だが、もう終いじゃ」


その直後、パフォーマンスの終了を告げるために天井付近に設置された時計が、丁度零時を指した。
新しい一日が始まる。時間が停止したような夢ノ咲学院に、未来がやってくる。


「ああ・・・・・・楽しい舞台の幕上げだったわ」


腹を空かせた『悪食女王』が、満足そうに嗤った。


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