儚い幻想で惑わしたりもする
久しぶりに教室に来ても、学院での過ごし方は変わらなかった。レオや泉は他のクラスだし、同じクラスのつむぎは話しかけてくれるが、クラスメイトに雑用を押し付けられて教室にはいない。だから一人だった。
たった一人の女子生徒で目立ってはいるが、夜月は近づきがたい雰囲気を放っている。誰も彼女には近寄らなかった。
「骨喰」
呼ばれて顔をあげると、他のクラスである敬人が訪ねてきた。席に座っている夜月を見下ろし、夜月は頬杖をついて「なに?」と聞き返す。
「あの後、何か問題は無かったか」
「ああ・・・・・・心配しなくても何もないよ」
「そうか」
敬人はそれを聞き、安心して笑みをみせた。
「ほかに何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってくれ。新設されたプロデュース科の生徒として、この学院に唯一の女子生徒としても、困ったことは多いだろ」
「俺にできることがあれば力になる」そう続ける敬人に夜月は目を丸くした。
関わったのはつい先日の時だけ。言葉だって何度も交わしていない。関りがないのだから、赤の他人と言っても良い存在だ。それだけ人が良い性格なのか世話焼きなのかは知らないが、初めから気遣いを向けてくる敬人に疑問を持った。
「どうして私を気遣うんだ?」
純粋な疑問をぶつければ、敬人は目を丸くして瞬きをする。「何を言っているんだ?」と不思議そうに言う。
「先日会ったのも何かの縁だ。同じ学び舎の仲間として、友人として、俺はごく当たり前のことを言っていると思うが」
「友人・・・・・・?」
「・・・・・・? ああ、そうだが。なんだ、俺が友人では不満か?」
今度は夜月が目を丸くした。言葉を失くして敬人を見上げれば、勘違いをした敬人が眉を潜めて不機嫌そうな顔をしている。
呆気に取られていると、だんだんと可笑しく思えてきた。
「――ふ。君、おかしな人だね」
「・・・・・・何を笑っている。朔間さんといい、お前もわからない奴だな」
クスリと笑うと、敬人は少し不満そうにした。
朔間零といい自分といい、こんな二人を友人と呼ぶ彼はこの先苦労が絶えないだろうし、いずれ友人であることに後悔するかもしれない。そんなことも知らずに、自分から関わろうとするとは。
「ああ、そうだ。よければ此処に署名してくれないか? 生徒会を作るのに生徒の過半数の同意がなければならないんだ」
「いいよ。君が気に入った、お礼にその署名を手伝おう。全てやってしまっても良いが、それでは君のプライドが許さなそうだ。必要な署名数の半分を用意しよう」
「そ、それは有り難いが・・・・・・一人ではそんなに集まらないだろう。正直、誰も署名してくれないんだ」
「問題ないさ。私に不可能は無いと豪語するつもりはないが、この程度ならそれ程でもない。君への感謝の気持ちだよ、敬人」
後日、疑いの眼差しで見ていた敬人に必要数の半分の署名を持って行った。敬人は信じられないとでも言うような顔をして、最後には笑って「ありがとう」と言った。
本当に、おかしな『友達』だ。