ランタン持ちの悪魔
雨はいつの間にか止んでいた。空を覆っていた雨雲は過ぎ去り、長い間隠していた月が顔を出している。
二人は口を開くことなく黙々と歩いていた。零は夜月の家を知らない。だから必然的に夜月が先頭を歩き、零は一歩引いた位置に並びながら歩いた。
「一つ、聞いても良いか」
今まで黙っていたなか、こちらに視線を向けず前を向いたまま告げる。
「どうして君は、他人と関わることを選んだんだ」
その問いかけは、初めて言葉を交わしたあの日の続きのように感じた。同じ存在として、誰よりも似ていた二人はあの日、お互いにお互いを言い当てた。同類である以上、言葉にしなくても理解できることがある。でも、語らなければ分からないこともある。
「前にも言ったが、人間だれしも一人じゃ生きられないもんだ。まあお前や俺なら一人でもやっていけるだろうけど、一人になったところで退屈が埋まるわけでもない。なら一人ひとり違う他人といたほうが暇つぶしになるだろ」
人生の長さは天才も凡人も変わらない。彼らは自分たちの人生を十分の永さだ、もしくは足りないと言うだろう。だが、自分たちは違った。あまりにも長すぎる。しかもそれはあまりにも退屈な時間。少なくとも二人にとって人生は、いつか終わる時までの暇つぶし程度でしかなかったのだ。
「それで、『神さま』のような存在に仕立て上げられてもそう言えるかい?」
少しだけ視線を向けて問いかける。
零は少しだけ押し黙った。その口調から、夜月にも自分と同じ身に覚えのある経験があるのだろう。
「ま、そういうのもあったが、しない奴もいた。敬人みたいにな。それに俺はお前らと違う。お前らは日の下で生きてるが、俺には夜しかない」
生きている世界が初めから違った。それでも日の下に留まろうとした。だから受け入れてくれる人たちが大切なんだと、言っているように感じた。
「交友関係を広げるのは面白いぜ。いろんな奴に出会えるからな」零はいつの日かと同じようなことを言う。
「君は、余程人が好きだね・・・・・・いや、人間自体を愛してるのか・・・・・・」
理解ができないとでも言いたげに、夜月は呟く。
零は困ったように微笑する。
「人間は嫌いか?」
「嫌いじゃないよ。でも、興味もない。何も感じないよ」
「でも一人だけ違うだろ。お前の幼馴染・・・・・・そいつにだけは、違う何かがある」
「・・・・・・」
夜月は睨むように零を一瞥した。
何も答えずに歩みを進める夜月の背中に零は投げかける。
「何に恐がってんだ?」
「恐い? は、こわいものなんてないよ」
「じゃあ何で頑なに殻に閉じこもるんだよ。お前を引き留める”なにか”があるから、お前は自分自身を出さねえんだろ」
「君もしつこいなぁ。何でそんなに私の本性に拘るんだ。それを晒した時、後悔するのは君自身だと言うのに」
その言葉の真意を零は理解できなかった。何度かその意味を聞き返しても、夜月は知らん振りをするだけ。
ふと、夜月の足が止まった。零も続いて止まり、夜月の視線の先を追うと外装の綺麗なマンションがあった。
「此処だ。送ってくれた事には感謝するよ」
そう告げるものの、夜月は立ち止まったまま動こうとしなかった。不思議に思いながら零も夜月と同じように黙って立ち尽くした。黙ってどこか遠くを眺めていた夜月がようやく口火を切る。
「感謝に一つ、そんなに知りたいなら教えてあげるよ。私の本性が知りたいって?」
クスリと笑みを零す夜月。普段表情を全く変えない彼女が微笑を零すのは珍しい。
ゆっくりと振り返る彼女を見つめる。暗い夜の中でもわかる真っ白な肌と、滑らかに伸びる白銀の髪。髪から覗く真っ赤な瞳を細め、口端をあげる。夜月は妖艶に微笑んでいた。背後に浮かぶ月も相まって、人間ではないなにかの如く、美しい笑みを浮かべる。何もかもを魅了するような瞳を向けて、”それ”は赤い唇を開いた。
「すべてを喰らいつくす『怪物』だよ」
ぞわりと体中に鳥肌が立った。本能的に、なにかを感じていた。その様子を見て彼女はまた妖美に笑みを零す。「せいぜい君も喰われないようにすることだね」楽し気に笑みを含めながら告げる。
「でもね」
けれどその妖艶な笑みを潜め、視線を落とす彼女は儚げで、また違う美しさを含んでいる。悲痛に耐えているように見えた。
「どんなに醜い『怪物』でも、唯一守りたいものがあるんだ。そのためなら、この心臓さえも、惜しくはないんだ」
赤い瞳がどこか哀し気に嗤った。
夜月は零に背を向けて歩き出してしまう。何も聞かず、何も言わせないまま立ち去る夜月の背を呆然と眺める。息を吐きだして、いままで息が止まっていたことに気付く。
マンションから立ち去ろうと歩き出したが、後ろ髪をひかれて振り返る。上階を見上げれば、部屋に入ろうとする夜月の姿が見えた。扉を開けると中から幼馴染の姿が現れ、勢いよく飛びついていた。それを宥め、夜月は部屋の中へと消えていく。零はそれを確認すると、再び踵を返した。
零はこの時、初めて骨喰夜月の本性に触れた。