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たったひとり君だけを



学校帰り、レオの家に寄った。家に着いたころには夕方で、夕日が足元を照らしていた。家の前に立ち止まり、インターホンを鳴らす。数秒すると、玄関の扉が開かれた。


「おねえちゃん・・・・・・」

「・・・・・・やあ、ルカ」


ルカは今にも泣きだしてしまいそうな顔をして、夜月を出迎えた。

レオが学校に通わず部屋に引きこもってから、数日が経った。あの状態でいつ心が本当に崩れるかは、時間の問題だった。最初の数日は様子見だった。けれど一向にレオが部屋から出てくる気配はなく、こうして足を運んだ。

ルカはとうとう両目から大粒の涙を次々に流し、助けを求めるように抱き着いた。

レオはこの数日、部屋から一歩も出てこなかったらしい。呼びかけても返答はなく、食事を持って行っても、扉が開くことは無い。扉の前に置いても、食事に手を付けた形跡が一切なかったらしい。

このままでは本当に兄が死んでしまうと、ルカは泣きはらした。
いつものレオなら、大好きな妹が涙を流すなど許さなかったはずだ。


「大丈夫、私に任せて」


落ち着いた声で言い放ち、慰めるように頭を撫でた。

家に上がらせてもらい、リビングに足を運んだ。テーブルにはレオの分であろう食事がトレーに載せられていた。ルカには此処で待ってもらうように言い、夜月はレオの部屋へと向かった。

扉は固く閉ざされていた。隙間から光が漏れることは無く、扉の向こうでレオが何をしているのかも分からない。夜月は右手を掲げ、控えめに戸を叩いた。


「レオ。私、夜月よ」


反応は無い。動いた気配もない。相変わらず、扉は心の壁のように固く閉ざされ立ちはだかっている。


「レオ、せめて食事は口にしないと。でないとルカがいつまでも泣いてしまうよ。私も拒食してしまうかも」


揶揄うように、冗談めいたように口にする。いつもの声色で、なんでもない会話をするように。

「レオ」何度も名前を口にする。存在を確かめるように。扉の向こうの動きは感じられない。まるで拒絶するかのように、扉は閉ざされる。


「レオ・・・・・・私は大丈夫だよ」


扉の向こうに語り掛ける。安心させるように、優しい声色にのせて言葉を紡ぐ。

反応は無い。必要以上に語り掛けるのはストレスに変わる。引き際を見極め、夜月は扉に添えていた手をそっと下ろした。「また明日来るよ、レオ」次の来訪を伝え、扉から距離を取った。

踵を返そうとしたところで、ガチャリと控えめに扉が開いた。視線を向けたと同時に、扉の隙間から腕が伸び、腕を掴まれる。そのまま引き寄せられ、吸い込まれるように扉の向こうへ引きずり込まれる。扉はパタリと閉まった。


「・・・・・・レオ・・・・・・?」


部屋に引きずり込まれれば、そのまま抱き着かれ、重力に従って床に尻をつく。レオは両腕を掴んで、縋るように膝元に蹲っていた。呼び声に応えることは無く、掴まれた腕の力は強く、全身が震えていた。

ふと、辺りに視線を向けた。部屋は暗く、カーテンも閉ざされている。そこから漏れる光が微かな明かりだった。床には大量の紙が乱雑に散らばっていた。白紙のもの、五線譜だけ書かれたもの、音符が記されたもの、それを書き消したもの、乱暴にグシャグシャにされたもの。

蹲るレオに視線を落とす。以前よりやせ細って、綺麗だった手は傷だらけだった。そっと背中に腕をまわす。触れると一瞬レオの身体が硬直した。そのまま安心させるように、優しく撫で、一定のリズムで慰めるように背を叩いた。


「大丈夫だよ、レオ。ここには、私とレオしかいないから」


甘言を囁く。一時の安心を与えるために。一瞬の安寧を与えるために。少しでも穏やかな世界を与えるために。


「大丈夫、私がいるよ」


ポタ、ポタ、と雫が落ちた。声を上げて泣くことも無く、堪えて、静かに泣いていた。方は震え、縋るように身体を引き寄せた。それを両腕で優しく包み込む。


「・・・・・・夜月・・・・・・」

「さあ、今はすべてを忘れて眠ろう。大丈夫、私がそばに居るよ、レオ」


誘うように囁いた。強張った身体は徐々に力を抜き、掴んでいた手の力も抜ける。そして、そっと瞼を下ろした。崩れ落ちるように眠りに落ちたレオは膝で眠る。起こさぬようにそっと背に手をまわし、頭を撫でる。覗いたレオの目元には隈ができ、涙が溜まっていた。


「・・・・・・」


――結局あなたさえ壊して喰らってしまうのなら、今までの日々は何の意味も無かったね、レオ。

どこか冷めた目でわたし怪物が見つめていた。

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