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孤独な玉座



レオは図書室に戻ってくるなり、夜月が振り返るよりも早く飛び込むように抱き着いた。ギュっと抱きしめる力は少し苦しく、微かに体が震えていた。扉に目を向ければ、『チェス』との伝手を頼んだ斑がそこに立っていた。いつものヘラヘラした表情とは一変し、眼光は少し強い。

再びレオに視線を戻した。そっと慰めるように背中をさすれば、深呼吸をしてレオは身体を離す。向き合ったその時の表情は、笑っていた。無理やり、笑顔を浮かべていた。


「一緒に行こう、夜月」


差し出された手はまるで本当の騎士のようで、触れたら壊れてしまう危うさを含んでいた。


「・・・・・・ああ、行こうか」


差し出された手に、そっと手をのせた。
訴えてくる斑の視線が、ひどく痛かった。



* * *



「わははは! ごめんごめんっ、お待たせ!」


衣装に着替えたレオは、『チェックメイト』のステージに上がった。夜月は舞台袖に控え、ステージに立つ彼らの様子を眺めた。ステージには衣装に着替えた泉や助っ人として呼んだ嵐、凛月、英智、つむぎがすでに準備を始めていた。そして衣装に着替えた斑もそこに加わる。舞台袖ですれ違った時、2人は視線を合わせることは無った。

本番まで時間はあとわずか。泉はギリギリできたレオに文句を少々ぶつける。それに対し、レオは遅れた理由を話した。

『チェス』と交渉してきたこと。思えば、ステージに『チェス』の姿は誰一人としていない。もともと『チェス』は今回のライブに対してやる気は無かった。レオは不戦敗になって欲しいと交渉したと話した。結果は見ての通り、彼らは喜んでそれを受け入れた。

ひとり可笑しそう笑いながら話すレオに、泉は少しばかり困惑した。


「何なの、わけわかんない・・・・・・言いたことだけ言って、好き放題してさ。ついていくのも大変だよぉ、れおくん?」


困惑のまま泉はぽつりと零した。ひとり歌いはじめ飛んで跳ねてと踊るレオに、泉は骨折した傷に障ると注意する。退院はしたが、腕が完治したわけではなかった。そんな泉に「君に心配を掛けたくないんだろう。レオさんは、君にはいつも美しく、完璧でいてほしいんだろう」と語り掛ける。

「訳知り顔だけどさ、どうしちゃったの、あいつ。腕を折ったあたりから、だんだん様子がおかしくなってきたけど?」事情を知っていそうな斑に泉は投げかける。泉はいまだにその時の話を知らない。レオも夜月も口を閉ざしていたからだ。

「ん〜・・・・・・君は知っておくべきだろうし、掻い摘んで教えておこう」斑は考える素振りをしてから頷き、その日のことを話しだした。

レオが腕の骨を折ったのは、弓道場だった。弓道場は学園の不良生徒のたまり場になっていて、毎日が騒がしかった。思うところはあったが、みんな楽しそうだからとレオはそれを黙秘していた。むしろ部員である敬人が癇癪を起すと間に入って仲を取り持っていた。

しかしその日は、それができなかった。生徒たちは迷い込んできた猫を捕まえ、甚振って遊んでいた。それをレオは身体を張って止めようとしたのが始まりだった。猫を抱き寄せて、庇って逃げ回っていた。レオの思わぬ行動に彼らは腹を立て、標的はレオに変わった。

そのうちレオは足を滑らせて転んでしまった。抱きかかえた猫を庇って受け身も取れなかった。打ち所が悪く、腕を折った。動かなくなったレオを見て彼らは怖くなったのか散り散りに逃げ、弓道場にはレオと猫だけが取り残された。

斑はそれを聞きつけて駆け込んだ。現場に駆け付けた時、そこにはすでに夜月がいた。夜月はレオを尋ねに弓道場へ向かっていたらしく、慌てて逃げていく生徒たちとすれ違いになったらしい。

夜月は蹲ったレオに駆け寄って、呆然と眺めていた。レオは折れた腕から流れた地で五線譜を引いて作曲をしていた。「嬉しいなあ、こんな痛みは初めてだ、得したなあ。ああ、湧いてきた沸いていたインスピレーションが」と、泣きながら音符を書いていた。レオは必死に言い聞かせていた。誰も悪くない、これは悲劇じゃないと。レオが望まないから、だから夜月は動けないでいた。

斑は怒ってレオを病院まで運んだ。けれどレオが必死に頼むので、事件にはせず内々に処理することにした。その事件はこれで終わった。しかし斑はこのままにしては置けず、最近はロビン・フッドなんて名乗って敬人と一緒に悪党の一掃をしていた。そこにはレオも加わっていた。過激になりすぎないよう、制していた。

話を聞き、最近のレオの付き合いが悪いのを納得した。予想を上回る酷い話に、泉は何故教えてくれなかったのかという怒りと何故教えてくれたのかという疑問を、斑にぶつけた。


「気を付けて見ていてほしいからだなあ。君に、レオさんを」


斑は真剣な顔つきで答えた。

レオは危うい。斑も敬人もそれぞれ立場があり、抱えている事情があり、いつでも見守ることはできない。しかし泉は同じ『ユニット』であり一心同体の存在ともいえる。


「夜月さんでも駄目だ。夜月さんが抱えている事情と立場は大きい。それに加え、自分の意志ではなくレオさんの意志を何より尊重してしまう。それは悪い事じゃない、けれどそれじゃあ駄目な時もある。だから今回、夜月さんは動けなかった」


斑は夜月という存在をそれなりに理解していた。対話の数こそ少ないが、それでもお互い知りえてしまうほど、斑と夜月はある意味では似た者同士で合った。「君の言うことなら、あの子も考慮してくれる」誰か止める相手が必要だ。今回は骨折で済んだが、次は何が起こるかわからない。

「そんなこと言われても・・・・・・自分のことでいっぱいいっぱいだしさ、あいつの面倒まで見てられないよ」事の大きさを理解できないまま泉は困惑する。


「セナ! おしゃべりしてないで歌おう! もうお客さんが入ってきてるぞ!」


レオはそう言って斑と話す泉に手を振り、呼びかけた。笑っているレオにほっとしながら泉はレオの下へ歩き出した。

「わわっ・・・・・・飛びついてこないでよねぇ。あんた近頃おかしいよ? 大丈夫? 俺、あんたに無理させちゃってる?」飛びついて抱きついてくるレオに心配げに言う。「それなら、そうだって言ってよ。俺、できる限り配慮するから」そんな泉にレオは笑って「どうしたセナ、優しすぎて気持ち悪いな!」といつもの調子で言い放った。

「教えてくれよ、セナ。おれは、どうすればいい?」レオは優しいまなざしで尋ねる。「ちゃんと言ってくれよ。聞くから。おれは馬鹿だから、自分じゃわかんないからさぁ・・・・・・賢いセナが考えて、どうすればいいのか教えてくれよ」レオは続ける。


「おまえの夢を叶えてやるよ。おれが、一緒に」


「・・・・・・どうして? あんたには、そんな義理ないでしょ?」泉はレオがなぜそこまでするのか理解できなかった。「俺は独りでも大丈夫」という泉に、レオは「わかってる。でも、ずっと独りで立ってるとしんどいだろ。おれがおまえという王さまが腰かける、玉座になるよ」と語り掛ける。レオは泉の方が『王さま』が似合うと続けた。「憎まれ口で嫌われものだけど、ちゃんと付き合えばみんな大好きになる」だから嵐も凛月も、泉がいたから集まってきたのだと2人に視線を向ける。目を丸くする2人にレオは嬉しそうに頷く。

「どうも、誰かさんが仕組んだとおり・・・・・・おれは大好きなものを次から次へと、自分の手で殺し続ける修羅の道を歩むことになってる」レオはその陰謀に気づいていないわけではなかった。それと同時に、他のっ道を切り開くすべも持ち合わせていないことも、気づいていた。


「だけど。本当に大事なものだけは、守り抜きたい」


そこには強い意志があった。他のすべてを切り捨てても、踏みにじることになっても、一番大切なものだけは懐に入れて保護する。
レオにとって泉との出会いはかけがえのないものだった。毎日が輝いていて、楽しくて、眩しい青春そのものだった。


「どうしたい? やりたいことを言えよ、一緒に叶えてやるよ! どうすればいい? 教えてくれ、セナ! どうすれば笑ってくれる?」


両手を伸ばして叶えてやるとレオは高らかに告げる。「薄汚い欲望でも、何でもいいから見せろ! おれはそれを最高の芸術に仕立てて、全世界に見せびらかして、綺麗だねって賞賛させてやる!」ステージで歌って踊りながら告げるその光景は、まるで映画を見ているように感じさせられた。「誰に怨まれても嫌われてもいい、身体中の血を流し尽くしてもいい、他の全部を切り捨ててもいい」ステージに演出の赤いバラの花びらが舞う。それは全てを切り捨てたものの果てに見えた。


「世界の全部が敵に回っても、おまえが一緒にいるなら、おれは幸せだから」


――おまえと、夜月がいるなら、おれは幸せだから。

3人で過ごした穏やかな日々が脳裏に浮かんだ。幸せで、優しくて、全てが満ち足りていた3人だけの箱庭。


「なんで、そんな・・・・・・意味わかんないんだけど、れおくん」


まるで熱烈な告白のようだった。鼻がツンとして目頭が熱くなるのを感じた。

目の前のライブに集中して、歌を歌いダンスを踊る。レオと泉は充足感を感じた。一緒になってマイクを取る嵐も凛月もどこか楽しそうにしていた。この先の未来なんて知らずに、幸せそうな顔を浮かべる。

――『Knights』は絶頂期を迎えた。

ゆえに、あとは堕ちるだけ。それを知っているのは、たった2人だけ。

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