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星と星を天秤にかける



「斑」


レッスン室を出て、廊下を悠々と歩く斑の背に声を放つ。名前を呼ばれて立ち止まった斑は夜月を見て、笑みを浮かべた。歩くのをやめ、夜月と見つめ合うように立つ。


「悪党は倒されるべきだ。夜月さんも、そう思うだろう?」


夜月が話したいことを先回りし、斑は話し始める。


「ああ、そうだな。悪は倒される。それが世界の理で、お伽噺での絶対のルールだ」


斑の言葉に、夜月は頷く。
悪は倒される。これは何処へ行っても通ずる絶対的なルールである。正義があるからこそ存在する悪は、その内側に倒される運命を背負っている。


「だがレオはそれを望まない」


はっきりと、夜月は告げた。
乱闘騒ぎの場所には斑だけでなく、夜月も居合わせていた。だから何が起こったかもわかるし、レオが泉に黙っている理由も知っている。


「そうだな。レオさんは優しい人だ、みんなが争わず笑っていられる結末を選ぶだろう」


夜月の言葉に、今度は斑が頷く。
レオは優しい。虫も殺せないような優しい人間。世界に悪意が存在することに気づかず、みんなが笑っていられることを望んでいる。


「だが今回はそうはいかない。あまりにも非道で、悲惨だ。見逃される行為じゃない」


しかし、斑は否定した。
あの光景を見たのなら、きっと誰もがそういうだろう。それほど酷い有様で、ひどい仕打ちだった。報いを受けるべきだ。
夜月もそう思う。だが、レオが望まないからと夜月は首を横に振る。


「夜月さんがレオさんを大切に思って、だからこそレオさんの主張を尊重したい気持ちもわかる。だが、間違っていることはダメだと否定するのも必要だ。大切に思うからこそ、ダメなことはダメだと言ってやる必要もあるんじゃないか?」


そんな夜月に、斑は訴えた。斑の言葉を黙って聞く夜月は、一度口を噤んだ。そうして、ゆっくりと口を開く。


「――人間だれしも他人を理解することなんてできない」


「誰も私を理解しないように、私も誰も理解できない。天才も凡人でも不可能だ」人間ひとりひとりが思想を持つように、誰もがみんな違った生き物だ。たとえ、全く同じ存在である自分が別にいたとしても、その時の状況によって変わってしまう。他人を理解するなど、心を読む能力でも持たなければできない。みんな憶測で動くしかない。


「ゆえに、本人の言葉を信じて、それを尊重するしかすべはない」


自分とは違った存在。自分ではない相手。自分と同じ考えを持たない人。相手を理解できない以上、相手の言葉に従うしかない。憶測では穴がある。憶測は、根拠がつけられず、危険だ。


「それでもためにならないというのなら、じゃあなにを否定すればいい。なにを肯定すればいい」


「誰も理解し得ないというのに」憶測で動いて、彼を傷つけたらどうだろう。憶測で動いて、彼を悲しませたらどうだろう。その可能性を少しでも潰すためにも、本人の言葉に応じるのが一番良い。少なくとも、自己完結の憶測という要因は取り除けるのだから。

斑は黙って夜月の主張を聞く。理解できないわけではなかった。先ほど泉との会話で言葉の定義から始めようとしたのと同じことを言っているのだから。斑が夜月の言葉の真意を理解できないはずはなかった。

言葉を出せない斑に、夜月はフッと口端を上げた。


「それができたのなら、この世界はここまで生き辛くはない」


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