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突然、カルデア内の明かりが全て落ちた。電源が切れたように、辺りは暗くなり、非常時の小さな明かりが微かに辺りを照らす。


「なんだ、なんで明かりが・・・・・・」

「停電・・・・・・?」

「そんな! カルデアで停電なんて・・・・・・!」


立香の在り来たりな発言に、ロマニはあり得ないことだと返す。すると今度は爆発音が鳴り響く。地べたは揺れ、立香も椅子から立ち上がる。
状況が理解できず、動揺する彼らに事を知らせるようにアナウンスがカルデア内全区域に流れ出した。


『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました』


「火災っ!?」アナウンスが告げた言葉を、ロマニは驚愕して繰り返す。システムも管理も厳重にされているカルデアでそんなことが起こるはずはない。だとすれば意図的なものだ。
    

『中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。繰り返します。中央発電所、及び中央―――』

「管制室って・・・・・・」


カップが両手から零れ落ちる。床に転がり、まだ飲み干していなかったコーヒーは床を汚す。
管制室。そこには確かに――マシュがいるはずだ。


「ッ!!」

「ちょっと!? キミっ!!」


立香はすぐさま部屋を飛び出し、管制室へと走り出した。まだ慣れない廊下、一度しか通っていない道筋。でも覚えている。火災が起きた。自分も避難しないといけない。でも、彼女を置いていけない。藤丸立香は目の前だけを見つめて走り続けた。

一方、ロマニも立香を止めている余裕はない。医者として、また動ける身として状況を確かめなくてはいけない。今回のミッションに階級の上の者のほぼすべてが管制室に集まって参加していた。となれば、代理で動けるのは自分しかいないのかもしれない。

ロマニも立香の後を追って走り出す。二人は全力で廊下を駆け抜け、管制室へとたどり着く。


「ッ――!」


管制室は酷い有様だった。辺りは炎に包まれ、火の海のようだ。爆発で壁や床が破壊され、瓦礫まみれ。この有様に、二人が息をのむのは必然だ。


「・・・・・・生存者はいない。無事なのはカルデアスだけか」


ロマニが見上げた先には、大きなオブジェが佇んでいる。カルデアスと呼ばれる球体型をした、このカルデアの生命線とも呼べるだろう。


「ここが爆発の基点だろう。これは事故じゃない。人為的な破壊工作だ」

「そんなっ!?」


顔を俯かせて告げられた立香は驚愕する。
一体なぜ、どうしてこんなことをするのか。いったい何が目的なのか。ロマニにも分からないことを、立香が知るはずもなく。


『動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常があります。職員は手動で切り替えてください。隔壁閉鎖まであと40秒。中央区画に残っている職員は速やかに―――』


再びアナウンスが流れ出す。
アナウンスが告げた言葉に、ロマニは焦って背後の上層を見上げる。ガラス窓は爆発で割れ、控えていた職員は全員意識を失っている。


「まずいっ! ボクは地下の発電所に行く。カルデアの光を止める訳にはいかない。キミは急いで来た道を戻るんだ! まだギリギリで間に合う。いいな、寄り道はするんじゃないぞ! 外に出て、外部からの救助を待つんだ!」

「Dr.ロマン!!」


立香の言葉に応えることなく、ロマニは急いで管制室から出ていく。扉が閉まり、呆然と立ち尽くした立香だけが取り残された。

炎に包まれた管制室を見つめる。この状況で生存者を見つけるのは、誰が見たって絶望的だと口にするだろう。それほど酷いもので、立香自身もそう思ってしまう。でも、探してもいないのに、諦めるのは嫌だった。

立香はマシュという名前を叫ぶ。瓦礫を乗り越えながら、コフィンの中をのぞく。しかしマシュの姿は発見できない。繰り返し繰り返し、立香はマシュに呼び掛ける。


「フォウ!」

「フォウ・・・・・・?」


目の前に、フォウと呼ばれていたあの白い動物がいた。フォウは立香に呼び掛けるように鳴き、瓦礫を飛び越える。立香はその後を追った。足場が悪くて身体を倒しそうになながら、なんとか視界のひらけた場所にたどり着いた。

そうしてフォウに導かれ、藤丸立香は瓦礫に下半身が下敷きになったマシュを見つけた。


「マシュ!!」

「・・・・・・せん・・・・・・ぱい・・・・・・?」



◇ ◇ ◇



「・・・・・・ゥ、フォウ!」


遠くで、聞きなれた鳴き声がする。
意識が遠い。眠りに落ちたような、まどろみの中にいる。でも意識を手放してはいけないと、まともに思考もできない頭に警報が響く。


「――ん、ぅ・・・・・・」


意識を、浮上させる。感覚が、蘇ってくる。同時に、痛みと、息苦しさが、身体を襲う。瞼が重い。重い瞼をなんとかあげる。目の前がチカチカして、よく、見えない。


「フォウ!」


白くて、フワフワしたモノが、指先や頬や目元を舐めて、呼びかける。
きっと、あの子だ。


「・・・・・・キャ、ス・・・・・・パ――――いッ、あ・・・・・・!」

「フォウ、フー・・・・・・フォウ」


激痛でやっと霧かかった意識が覚醒する。意識がはっきりすると、先ほどまで感じていなかった激痛が体中を襲い、声にならない悲鳴を上げた。
そんな夜月を心配するように、フォウは夜月の頬に擦り寄った。


「・・・・・・もう、だいじょうぶ・・・・・・だよ。ありがとう・・・・・・」


安心させるようにフワフワとした毛並みを撫でる。すると、撫でた手にフォウは頭を押し付けてすり寄ってくる。夜月はその仕草にそっと笑みを浮かべた。

まだ目はチカチカとするが、先ほどよりも視界は広い。身体は動かさず、首だけを動かして辺りを見渡した。管制室は炎に包まれ、辺りは瓦礫や破片で埋め尽くされている。酷い状況だ。これで生きているとはと、自分のしぶとさに笑う。


「爆発が、あって・・・・・・ロマニは・・・・・・此処には、来てない・・・・・・」


ロマンはあの部屋でケーキを食べていたし、所長が追いだしたのだ。管制室に来ることは無い。なら、この爆発にも巻き込まれなかったはずだ。夜月はそのことに安堵の息を零した。

だるい身体に鞭を討ち、起き上がろうとする。だが激痛で再び床に身体を倒した。腹部からは生ぬるい温度と嫌な感触がある。頭をあげて、自分の身体を確認する。


「これは・・・・・・ひとりじゃ、むり、かな」


左足の膝から下は瓦礫の下敷きになっている。完全に骨折しているし、その瓦礫を一人で退けるのは不可能だろう。
また、腹部の怪我が一番厄介だった。爆発で破壊された、小さいが先の尖った瓦礫が腹部を貫いている。生ぬるい温度とぬべっとした感触は、そこから流れ出した血が正体だった。

これは、一人ではどうしようもできない。周りに生存者は見当たらない。いるのは小さな動物が一匹。ただの諦めで言っているのではなく、客観的に仕方がないのだ。


「まさか・・・・・・こうなるなんて、予想してなかったな・・・・・・死ぬつもりは、なかったんだが・・・・・・」


本当の『死』というものは、夜月には存在しない。死ねない身体というのはこういう時に不便だ。意識が続くから痛みが続く。
死んでもやり直しはできる。でも、無暗にそれをしようとは思わない。いまのこの命は、必死に彼らが繋いでくれたからあるのだ。それを、いとも簡単に投げ捨てることはできない。

しかし、今回はどうしようもないらしい。


「フゥ・・・・・・」

「・・・・・・おこられて、しまいそうだね・・・・・・」


抱き寄せて頭を撫でる。耳は垂れていて、眼差しが悲しそう。とても愛らしい生き物だ。

瞼をあげているのがつらくて、瞳を閉じる。何度か呼びかけるように「フォウ、フゥ」と寂し気な声がしたが、答える気力もなかった。でも離れた様子はなく、まだ手に柔らかい毛並みの感触がある。

ああ・・・・・・あの人は、大丈夫だろうか・・・・・・。
たった一人で・・・・・・平気だろうか・・・・・・。

それだけが気がかりで、どうしようもなかった。


――辺りを包む空気が、変わった気がする。
息苦しさが消えて、ふんわりとした、柔らかい気配に、辺りが包まれているよう。
心地よい温かい風が前髪を撫でる。風に誘われ、閉じた重い瞼をあげる。視界の悪い中、目の前に映ったのは、見たことのある誰かの足元。

ああ、懐かしい香りがする。
甘い――――花の香りだ。






人理焼却



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