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「さて、じゃあ私はファーストミッションへ向かうよ。そろそろミーティングも終わる頃合いだしね」


ベッドから腰を上げて夜月はロマニに振り返る。
ケーキを食べる手を止め、時間を確認したロマニも「うん、そうだね」と同意した。


「行ってらっしゃい、夜月。気を付けるんだよ」

「うん。行ってきます、ロマニ」


夜月は笑顔を向けてロマニに手を振る。ロマニも微笑みを浮かべながら手を振り返す。
神楽耶夜月はこうして、ファーストミッションへ向かうべく使われない個室を出た。



◇ ◇ ◇



「先輩はファーストミッションから外されてしまいました。個室へ案内します」


なんとかギリギリ、カルデアの所長であるオルガマリー・アニムスフィアが自ら行う説明会に間に合ったものの、慣れないレイシフトの影響で立香は睡魔に襲われ、ついには居眠りをしてしまった。
無論、オルガマリーはそれに腹を立てて彼を管制室から追いだした。彼が一般枠でド素人という点でも、彼女は理不尽にも腹を立てる。
マシュはそんな立香について行き、彼に与えられた個室の案内を申し出た。


「一般枠だの素人だの、じゃあなんで一般枠なんてあるんだ?」


立香の疑問はもっともなものだ。一般人である彼は数合わせのために連れてこられたのだ。それで文句を言われては堪ったものではない。


「実用段階のレイシフトを実用に移すには、多くのマスター適性者が必要でした」


疑問を零す立香にマシュは丁寧に話し出す。

マスター適性を持つ魔術師はほんの一握り。魔術師は本来、血筋や家柄を最重視するが、それに固執していられなくなった。だから藤丸立香のような適性を持った一般人でも、数に入れるせざるを得なかった。


「夜月さんも先輩と同じです。適性が最も高かったので、所長は医療部である彼女を引き入れたんです。本人はとても嫌がってましたけど」


夜月さんらしいと立香が口を零すと、マシュも頷き、二人はクスリと笑み浮かべた。
話しながら歩いたせいか、あっという間に立香に与えられた個室の前に二人はたどり着いた。


「こちらが先輩の個室になります。私はファーストミッションがあるので、管制室に戻ります」

「うん。案内ありがとう、マシュ。気を付けてね」

「――はい!」


気を付けて。たった一言の気遣いを笑顔で向けられ、マシュは嬉しそうに笑みを浮かべた。

マシュはそのまま立香と別れ、駆け足で管制室へ向かう。マシュはAチームに所属している。今回のミッションでAチームは欠かせない。長い廊下を走って管制室へ向かっていると、途中で夜月に出くわした。夜月も同じく、管制室に向かっている最中だった。


「夜月さん! 夜月さんも管制室へ向かっているところですか?」

「マシュ。ええ、そうよ。一緒に行こうか」


マシュは頷き、夜月の隣に並んで管制室へと足を進めた。



◇ ◇ ◇



「失礼しまーす・・・・・・」

「はーい、入ってまー・・・・・・って、うぇええええええ!? 誰だ君は!?」
   
「えぇぇっ!?」


自分の部屋だと案内された部屋に入ってみれば、中には明るい色をした長い髪を一つに結わえた男性がのんびりとノートパソコンを操作しながらケーキを食べていた。その人が着ている制服は夜月が着ていたデザインと同じものだった。


「ここは空き部屋だぞ、ボクのさぼり場だぞ!? 誰のことわりがあって入ってくるんだい!?」

「ここが部屋だと案内されたんですけど……」

「君の部屋? ここが? あー……そっか、ついに最後の子が来ちゃったかぁ……」


彼は残念そうに落胆した声をあげた。
未だ扉の近くで呆然と立ち尽くす立香に、彼は気を取り直して笑顔を向けた。


「いやあ、はじめまして。予期せぬ出会いだったけど、改めて自己紹介をしよう。ボクは医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。みんなからDr.ロマンと略されていてね」

「トップ!? し、失礼しましたっ!!」


偉い人だと分かり、立香はすぐさま頭を下げた。先ほど、カルデアのトップである人の逆鱗に触れたばかりだ。
ロマニはそう言ったことに気にするタイプでもなく、「良いって良いって、頭上げて」と緩い笑みを浮かべる。


「君も遠慮なくDr.ロマンと呼んでくれていいとも。実際、ロマンって響きはいいよね。格好いいし、どことなく甘くていいかげんな感じがするし」


ロマニはうっとりとした顔で語る。そうとうロマンという響きを気に入っているようだ。
立香は彼のふんわりとした優しい雰囲気に安心し、肩に入れていた力を抜いてゆったりとした姿勢に戻る。


「はじめまして、ドクター。藤丸立香です」

「うん、はじめまして。今後ともよろしく、立香くん」


立香とロマニは握手を交わす。
そこでふと、ロマニはもうすぐレイシフト実験の始まる時間だという事に気付く。先ほどまで一緒に居た夜月も、それを理由に出ていったのだ。ロマニがその疑問を立香に聞けば、なんでも所長に追い出されてしまったらしい。


「ならボクと同類だ。何を隠そう、ボクも所長に叱られて待機中だったんだ」

「ドクターも怒られたんですか?」

「もうすぐレイシフト実験が始まるのは知ってるね? スタッフは総出で現場にかり出されている。けどボクはみんなの健康管理が仕事だから。正直、やるコトがなかった。霊子筐体に入った魔術師たちのバイタルチェックは機械の方が確実だしね。所長に『ロマニが現場にいると空気が緩むのよ!』って追い出されて、仕方なくここで拗ねていたんだ」


それを聞いた立香は苦笑いを零した。確かに、ロマニの雰囲気はふんわりとしていて和やかだ。立香本人もそれに緊張を解されてしまった。所長の言い分も分かる気がする。


「まあ、所在ない同士、ここでのんびり世間話でもして交友を深めようじゃあないか!」


笑顔で言われた立香は「そうですね」と応え、椅子に腰を下ろした。ロマニは部屋に備え付けられているポットからお湯を注ぎ、コーヒーを入れて立香に手渡した。


「あの、ドクターは医療部門のトップなんですよね? もしかして夜月さんの上司だったり・・・・・・?」

「おや、もう夜月と知り合ったのかい?」


「そうだよ」とロマニは頷く。「ボクには勿体ないくらい彼女は優秀なんだ。いつも助けられていてね」照れくさそうに頬を掻いてそう言葉を続けた。
「マシュもそう言ってました。凄い人なんだって、聞いてるだけでわかります」立香がそう言うと、ロマニは嬉しそうな顔をした。


「マシュにも会ったのか。二人と仲良くしてくれるとボクも嬉しいよ」


ニッコリと朗笑したロマニは本当に嬉しそうに、立香には見えた。

それからというもの、彼らはコーヒーを片手に時間をつぶすため会話を続けた。
立香は今日来たばかりで、一般枠から此処に来た。ろくに此処の事も知らずに来たという事で、ロマニはゆっくりとカルデアについて話す。システムや理念、目的。何故マスター適性者が集められたのか。


「・・・・・・とまあ、以上がこのカルデアの構造だ。標高6000メートルの雪山の中に作られた地下工房で・・・・・・」


突如ベルが鳴り響いた。そのベルはカルデア内の通信端末のもので、ロマニはカップを机に置き端末を操作する。


「ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?」
   
「やあレフ、何かあったのかい?」

「Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下、慣れていない者に若干の変調が見られる。これは不安からくるものだろうな。コフィンの中はコクピット同然だから」

「わかった。ちょっと麻酔をかけに行こうか」

「ああ、急いでくれ。いま医務室だろ? そこからなら二分で到着できる筈だ」


「了解」と告げてロマニは通信を切る。通信が切られたところで「ここ、医務室じゃないですよね?」と立香に指摘され、ロマニは「うっ・・・・・・」と声を漏らす。


「ま、少しぐらいの遅刻は許されるよね。Aチームは問題ないようだし」


「ああ、今の男はレフ・ライノールと言うんだ」思いだしたかのようにロマニはレフについて今度は話し出す。

レフ・ライノール。疑似天体を観るための望遠鏡――近未来観測レンズ・シバを作った魔術師。シバはカルデアスの観測だけではなく、この施設内のほぼ全域を監視し、写し出すモニターでもある。また、レイシフトの中枢を担う召喚・喚起システムを構築したのは前所長。その理論を実現させるための疑似霊子演算器……つまりはスパコン。これを提供してくれたのがアトラス院である。

「このように実に多くの才能が集結して、このミッションは行われる。ボクみたいな平凡な医者が立ち会ってもしょうがないけど、お呼びとあらば行かないとね」カップに残っていたコーヒーを飲みほし、ロマニはベッドから腰をあげる。


「お喋りに付き合ってくれてありがとう、立香くん」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

「落ち着いたら医務室を訪ねに来てくれ。今度は美味しいケーキぐらいはご馳走するよ」


――途端、カルデア内の明かりが全て落ちた。



□□の出逢い



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