17
十一時半をさす時計を見て、ディーアはルームメイトたちに気付かれないようにそっとベッドから這い出た。
ルームメイトのラベンダーとパーバティは、すやすやと寝息をたてている。ただ、ハーマイオニーはいなかった。眠る前から談話室で本を読んでいた気がする。
ワンピース型のパジャマの上にガウンを羽織り、ポケットに杖をしまったのを確認してから部屋を出て談話室へと階段を下りた。階段を下りたすぐそこに、既にハリーとロンはいた。
三人はお互いを確認し、出口の肖像画の穴に入ろうとしたその時、一番近くの椅子から声がした。
「ハリー、まさかあなたがこんなことをするとは思わなかったわ」
「ハーマイオニー!」
ランプがポッと現れた。ハーマイオニーはピンク色のガウンを着てしかめ面をしている。
此処で見張っていたなら、ベッドにいないわけだ。
「また君か! ベッドに戻れよ!」ロンはカンカンになって言った。
「本当は貴方のお兄さんに言おうと思ったのよ、パーシーに。監督生だから、絶対にやめさせるわ」ハーマイオニーは容赦なく言った。
ロンはうんざりした顔で「行くぞ」と声をかけ、続いてハリーやディーアが肖像画を押し開け、その穴を乗り越えた。
しかし無視して諦めるハーマイオニーではない。三人の後について、ガミガミとお説教を続けた。
ハーマイオニーの言い分は正論だ。深夜に規則を破って出歩こうとしている私たちが悪い。けれど、ハリーやロンの気持ちもわかる。
「貴方もよ、ディーア! 貴方まで校則を破るなんて」
「う・・・・・・ハーマイオニーの言う事は正しいけど、行かないで『逃げた』って言われるのも嫌じゃない?」
続いてロンが「あっち行けよ」と言い放つと、ハーマイオニーは「いいわ、ちゃんと忠告はしましたからね」と言葉を続けた。そうして後ろに振り返って寮に戻ろうとする。が、太った婦人は夜のお出かけへ行ってしまい、ハーマイオニーは寮から締め出されてしまった。
「さあ、どうしてくれるの?」けたたましい声で問い詰めた。
ロンは「知ったことか」と吐き捨て、先に進もうとする。
「一緒に行くわ」
「ダメ。来るなよ」
「でもロン。此処にハーマイオニーを置いてったら見つかっちゃうわ。一緒に行動したほうが見つからずにむよ」
ディーアがハーマイオニーを連れていくのに賛同すると、ロンは明かに嫌そうな顔をした。相当しつこいハーマイオニーが苦手なのだろう。
「シッ。三人とも静かに。なんか聞こえるぞ」
ハリーに言われ、三人はすぐさま口を紡ぐ。身体を丸め、足音を鳴らさぬようにこっそりと足を忍ばせる。そうして音のした方を覗いてみると、そこには床に丸まって眠っているネビルがいた。忍び足に気が付くと、ネビルは目を覚ました。
「ああよかった! 新しい合言葉を忘れちゃって、何時間も此処にいるんだよ」
嬉しそうに声をあげるネビルに、ロンは「小さい声で話せよ」と釘を打つ。
「ネビル、腕は大丈夫?」
「大丈夫。マダム・ポンフリーがあっという間に直してくれたよ」
「安心したわ、ネビル。合言葉は『豚の鼻』よ。まあ、今は婦人が居なくて入れないけど」
「悪いけどネビル、僕たちはこれから行くところがあるんだ。また後で」ハリーはディーアとネビルの会話を切って、先に進む。
確かにそろそろ時間だ。ハリー、ロン、ハーマイオニーと続き、ディーアも「じゃあね」と手を振って進もうとする。
「そんな、置いてかないで! ここに一人でいるのは嫌だよ」ネビルはあわてて立ち上がった。
ネビルの様子を見て、彼もいっしょに連れて行こうとロンに目で訴える。ロンは腕時計に目をやり、ものすごい顔でハーマイオニーとネビルを睨んだ。
「もし君たちのせいで捕まるようなことになったら、僕、絶対に許さない」
それから五人は息を潜ませ、忍び足で廊下を歩いた。曲がり角があるたびにフィルチかミセス・ノリスに出くわす思いをしたが、幸運なことに出くわすことなく、無事にトロフィー室にたどり着くことができた。
「マルフォイたちはまだ来てないみたいね」部屋を見渡しながらディーアが呟く。
「きっと怖気づいたんだよ」とロンが囁いた。
その時、隣の部屋で物音が聞こえた。五人はビクリと飛び上がる。フィルチがミセス・ノリスに話しかけているようだった。
五人はフィルチの声がした方とは反対側のドアへと急ぐ。するとフィルチはトロフィー室に入ってきた。
近づいてくるフィルチから足音を立てないように廊下を逃げていくが、恐怖のあまり突然走り出したネビルが躓き、ロンと一緒に鎧にぶつかって倒れ込んだ。ガラガラガッシャーン、と鎧は音を立てて倒れた。
「逃げろ!!」
ハリーが声を張り上げ、五人は回路を疾走した。後ろを振り返る溶融は無く、全力で走りドアを通り抜け、次から次へと廊下を駆け抜けた。疲れて冷たい壁に寄りかかれば、ここは「妖精の魔法」の教室の近くだった。
「フィルチをまいたと思うよ」額の汗をぬぐいながらハリーは息を弾ませていた。
「だから――そう――言ったじゃない」ハーマイオニーは胸を押さえてあえぎあえぎ言った。
「ネ、ネビル・・・・・・へいき?」ディーアが息絶え絶えに言う。
「う、うん」ネビルは上ずった声で答える。
「グリフィンドール塔に戻らなくちゃ、できるだけ早く」とロンが言う。
「マルフォイにはめられたのよ、ハリー」
「確かに、マルフォイならやりそうよね」
ハーマイオニーの言葉に、未だに息を整えるディーアが賛同する。
はめられることを考えていなかったわけじゃなかった。
「行こう」とハリーが口にし、再びある気だろうとすると悪戯好きの厄介なピーブスが現れる。ピーブスは五人を見ると楽し気に歓声をあげた。
ハリーとロンは静かにしてくれ、黙ってくれと頼んだが、ピーブスは耳を傾けずに大声で叫ぶ。
「生徒がベッドから抜け出した! 「妖精の魔法」教室の廊下にいるぞ!」
浮かぶピーブスの下を通り抜け、五人は命からがら逃げだした。走っていくと廊下の突き当りで一つのドアにぶち当たる。入って隠れようとするが、ドアにはカギがかかっていた。
「もうダメだ! おしまいだ!」
「ちょっとどいて!」
後ろからは近づいてくる足音。
嘆く論を押しのけ、ハーマイオニーはドアの前に来て杖を突き出した。
「アロホモラ! 開け!」
カチッと鍵が開き、バットドアが開いた。
急いで部屋の中に五人は駆けこみ、すぐさまドアを閉め、みんなドアに耳をピッタリと付けて聞き耳を立てる。
ドアの向こうからフィルチとピーブスの会話が流れてくる。ピーブスは面白がって五人の行き先を教えず、フィルチは悪態をついて去っていくのがわかる。
「行ったみたい。ネビル、大丈夫?」
ドアから耳を離してディーアはネビルに声をかける。
ネビルはすっかり怯えてしまっていた。
「閉まってたと思ったんだな」ロンが言う。
「閉まってたわ」ハーマイオニーがすぐさま答える。
「コレがいたからだ・・・・・・」
ハリーの言葉に、四人はハリーが見ているモノに目を向けた。
目の前には、大きな黒い生き物がいた。黄色い眼をしていて、怪獣のように大きな犬。しかも頭は三つ。三つ頭の巨大な犬は口から涎を流し、じっと目の前のハリーを見つめた。
五人はフィルチに見つかるその恐怖より、目の前の怪物に集中していた。
急いで部屋から逃げ出し、扉を閉める。
それから駆け足で、あの部屋から逃げるように、またフィルチから逃れるようにグリフィンドール寮を目指した。戻ってきていた太った婦人に合言葉を告げ、寮の中へと帰る。
「あんな怪物を学校に閉じ込めてるなんて、連中は一体何を考えてるんだ」
「あの犬、絶対番犬かなにかよ。何かを守ってる」
「守る? なにを?」
ロンとハリーがディーアの言葉に疑問を投げかけると、それにハーマイオニーが答えた。
ネビルはこの短時間の出来事に頭が追い付いていない。
「あなたたち、何処に目を付けてるの? あの犬の足下、見なかった? 仕掛け扉よ」
「足下? 足元なんて見てる余裕ないよ。頭が三つで精一杯」
不機嫌そうに見た事実を告げるハーマイオニー。彼女がどれだけ冷静なのかが物語っている。
ハーマイオニーはそのまま、主にロンとハリーに向けて言い放つ。
「あなたたちといるとロクなことがないわ。みんな殺されてたかもしれないのよ。もっと悪ければ退学ね。じゃあ、私は失礼するわ」
ハーマイオニーは言い終えると、女子寮に続く階段を登っていく。後姿からでも、彼女の機嫌が伺える。
「ま、待ってよハーマイオニー! おやすみ、ロン、ハリー。ネビルをよろしくね」
「うん、おやすみ」
「死ぬよりも退学のほうが悪いのかよ」
ハリーは疲れ切った顔で受け答えるも、ロンはハーマイオニーの言葉に悪態をついた。
それにディーアは苦笑を浮かべ、ハーマイオニーの後を追った。