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冬木の聖杯戦争が失敗、不完全に終わり、直ぐに来るであろう次の聖杯戦争に持ち越しになった後。
イレギュラーの召喚のせいか、カルナはこの世界に限界したまま残り、ディーアも目的を果たすため次の聖杯戦争をこの世界で待っていた。

血生臭い聖杯戦争がなく、することがない二人は、現世での平凡で平和な暮らしを満喫していた。
夏になったある日のことだ。

ディーアは幼子のように目を輝かせ、とある単語をカルナに投げかけた。


「なつまつり……?」

「一度でいいから行ってみたかったの!」


ディーアは興奮気に笑顔で言うが、生憎カルナは何を指しているか知らなかった。
だから首を傾げることしかできない。


「それは、何かの祝い事かなにかか?」

「日本で夏に行われる祭りらしいわ。昔は、疫病や災厄をはらう祈願の祭りだったみたいだけど、時代が流れて今は夏を楽しむ、一つの行事みたい」


ディーアは「昔、話を聞いて機会があれば行きたいと思ったの」と付け足す。嬉々として告げる彼女を見て、カルナもつられて笑む。
ディーアの様子を見れば、どれだけ楽しみにしていたのかが伺える。

彼女の性質、目的、行動上、そう言った娯楽に興じる時間などはなく。今回がたまたま『そうであった』事にすぎない。
ならばそれを生かし、存分に自由な時間を楽しむのが吉だ。彼女のこれぐらいの休息を、否という者は誰もいない。
たとえ止まってしまっても、誰も咎めはしない。

始まる時間は夕方から夜の間。場所は近くの神社。現在は16時過ぎ。もう1時間で始まるぐらいだ。

「なら、準備をして向かうとしよう」と立ち上がるカルナを、ディーアは引き留める。
カルナは首を傾げた。


「あのね……是非、浴衣というのを着て行きたいの!」




* * * * 




ディーアが早速カルナに、彼の浴衣と浴衣の着方本を渡し、部屋に押し入れて10分程度が過ぎた。
カルナが浴衣に着替えて出てくるのを、今か今かと待つディーア。

そうしていると、扉があきカルナが部屋から出てきた。


「ディーア。浴衣の着方というのは、これであっているのか?」


カルナは帯に手を当てながら部屋から出て、ディーアに聞いた。縁のない服装。感覚的に、着ているというより羽織っているに近い服装だ。
一方ディーアはカルナの言葉を聞いていなかった。目をキラキラとさせ、カルナの浴衣姿を見つめる。

カルナの浴衣はシンプルそのものだ。黒い生地に金の刺繍を施し、深緋という落ち着いた赤の帯。
実に彼らしいカラーリングだ。


「凄く似合ってるわ! カルナ!」

「そう……なのか?」

「うん! やっぱりカルナは肌も白くて顔も整っているから、なんでも似合うわ。凄く格好いいと思う!」

「そ、そうか……お前にそう言われと、少々照れくさいが……」


カルナはディーアに褒められ、絶賛され、くすぐったそうに笑った。ディーアが喜び、自分を褒めてくれている事は、カルナにとって実に嬉しい事であった。
そこでふと、カルナはディーアを見下ろして口を開いた。


「お前は、浴衣を着ないのか?」

「え?」


カルナの目の前にいるディーアは浴衣姿ではなく、いつもの私服だった。


「あぁ、これから着るつもりよ」


そう言ってディーアはテーブルに目を向けた。
そこには袋に入ったままの浴衣が椅子にかけられておかれていた。


「なら、早く着替えてくるといい。お前が着終わるころには、丁度いい時間になっているだろう」


ディーアは「そうね」と微笑み、手に置いてあった浴衣を持った。
ディーアはカルナに一言つげてリビングを出て浴衣に着替えに行き、カルナはリビングでディーアを待った。

ディーアがリビングを出て数十分が過ぎた。女性の着替えには時間がかかる。それはカルナも理解しているし、待っていることは苦ではない。
部屋の窓から空を見つめて待っているカルナ。日が落ちてく。夜にはまだか明るい。

そうしているとカチャっと扉が開かれる音がした。
カルナはそちらに目を向けた。

するとそこには、浴衣を身に包んだディーアが立っていた。
月白色の生地に淡い桃色や水色の模様。淡くふんわりとしたそれをキュッと、けれど緩く締める薄葡萄色の帯。まるで季節外れの雪の上にまき散らした花のようだった。
銀色のいつも下ろしている髪は耳後ろで斜めに緩く結い、帯と同じ色をした花飾りを飾っていた。

いままで見たことのなかった服装のせいか、髪型のせいか……あまりの美しさのせいか。カルナは言葉を失い、ただ目の前の彼女に見惚れていた。


「浴衣の着方って難しいのね。思ってたよりも時間がかかったわ」


困ったわ、と朗笑する。
未だに言葉を失い、目を見開かせてマスターを見つめているカルナ。


「……カルナ?」

「……あ……いや、なんでもない……」


反応のないカルナに名前で呼べば、カルナは目をそらし片手で口元を押さえた。
少しだけ顔をそらして、揺れた髪の隙間から見えた耳は、ほんのりと赤く染まっていた。


「それでは行こう、ディーア」

「えぇ、行きましょう」




* * * * 




祭りの会場は神社。
そこには大勢の人がにぎわい、暗い夜を明かりでともし、おもちゃや食べ物を売る屋台がたくさんあった。

そこへ来るなり、ディーアは感激のあまり感嘆の声をあげ辺りを見渡した。
一度も味わったことのないそれは、ディーアにとって幻想的な世界だった。


「人が大勢いるな。ディーア、逸れないよう俺の傍から……」

「カルナ! あれは何かしら? あそこにあるのは? 行ってみましょうっ!」


あまりのはしゃぎようである。
カルナの逸れないように傍を離れるなという忠告を見事かぶせ、屋台に並ぶ品々を興味深々に指さし、早速一人で向かってしまった。

歩きにくい下駄で駆けていくディーアの後姿を見て、カルナは息を吐きだした。そして嬉しそうに微笑む。

ディーアがああしてはねを伸ばし、生き生きとしている。こうしたディーアの休息が次、いつ来るかはわからない。此処での役目を終えれば、また苦しい出来事を繰り返すかもしれない。
だから、ああして無邪気に笑ってくれるのが何よりも嬉しい。そして、それに立ち会えたのが自分だという事に、幸福を感じる。


「カルナ!」


振り返ったディーアが名前を呼ぶ。宝石のような瞳を、その名の通り輝かせ、笑み、手を振る。
それを見て、カルナはまた口端をあげた。


「そう慌てるな。屋台は逃げも隠れもせん」


下駄を鳴らして歩きだす。そうしてディーアに追いつく。

それからというもの、ディーアは目についたものは全て買っていると言っても過言でないほど、屋台の品々を買った。
基本すべてが食べ物であり、途中から両手で抱えきれなくなりカルナが代わりにそれらを持った。
流石に持てなくなり、椅子に座って買った食べ物を机に広げ食べることに専念した。買った品々を見下ろせば、


「綿あめ、りんご飴、チョコバナナ、カキ氷、金平糖、カステラ。どれも甘いものばかりだな……」


カルナの言う通り、どれもこれも甘いものばかり。
それを目の前に座るディーアは満足そうに頬張った。


「どれもおいしい。とくにこの綿あめ。カルナも食べてみて」

「いただこう」


食べていた綿あめを差し出す。カルナはそれを一口もらった。
「ふむ……」と舌で味を味わい、親指で口元を拭う。


「甘いな。それから、口に含んだ瞬間とけてしまう。食べた気はしないな」

「でも、これが癖になりそう」


そういってまた一口頬張った。


「気に入ったか?」

「えぇ。おいしいわ」

「そうか。それなら、よかった」


カルナは机に肘を立て、じっと甘いものを食べるディーアを見つめた。
微笑むその姿はまるで彼女の保護者のようで、けれど見つめているその瞳は保護者のそれでは無くて。

しばらくして、机にあったものを全て平らげたディーア。
食べ終わると椅子から腰を上げ、また屋台を巡った。時間が過ぎていくほど人の数は増えていき、人々はある一点に流れていった。
時刻は21時ぐらいである。


「人が集まっていくな」

「そろそろ花火が始まるからよ」

「はなび……? それはなんだ」


当然、カルナはそんなものを知るはずがなかった。


「私も、実際には見たことがないけれど。火薬や金属の粉末を包んだそれを空で爆発させて、花を咲かすの」

「花?」

「えぇ。夜空に浮かぶ、輝く大きな花。私たちも見ましょう」

「ああ。だが、あそこには人が集まりすぎている。見物場所にはよくない」


カルナが言う通り、花火が見える場所に人々は集まり、混雑状態であった。
しかしディーアは得意げに笑って「良い場所があるの」と笑んだ。指さしたのは反対側。

人々は神社の入り口辺りに集まるが、ディーアが指したのは神社の奥だった。この神社は、入り口の階段があり登り終わると屋台が。そしてさらに奥の階段を上ると神社の社があるのだ。
そう。ディーアが言っている場所は社の屋根の上だった。


「確かに、あそこならよく見えるだろう」

「でしょう? 早く行きましょう、カル……っわ!」

「ディーア!」


前方を見ずに歩き出したせいか、ディーアは入り口に向かう人々にぶつかりそのまま流されてしまった。
咄嗟にカルナが手を伸ばしたが、人の数は多く、あっという間に流されしまったのだ。

ディーアが人い流され、やっと自分が思うように動けだしたのは結構流されてからだった。
すでにここは入り口付近。自分でも結構流されたものだと思い、溜息を落とした。
それよりも、カルナとはぐれてしまった。令呪もあるし、カルナとは繋がっているため、あまり大事態ではないが……さて、どうしようかとディーアは辺りを見渡した。

その瞬間、パシンッと強く手首を掴まれ、後ろへ急に引っ張られた。倒れるかと思えば肩を支えられ、背中も体で支えられた。
後ろへ顔をあげれば、そこにはカルナがいた。数回、息を吐きだす彼を見れば焦っていたのが伺える。


「カルナ」

「ディーア、よかった……お前の姿が見えなくなって、少し……いや、かなり焦った」


カルナは安堵の息を吐きだした。
クスリとディーアは笑った。


「そんなに? 大袈裟ね、カルナったら」


するとカルナはすこしムッとした顔をした。
それにまたクスリと笑う。


「ありがとう、見つけてくれて。さ、もう一度あそこを目指しましょう」


ディーアは上を目指して一歩踏み出した。
そのまま進もうとするとカルナが「待て」と手を引いて引き留めた。ディーアは不思議そうにカルナを見返す。


「手を出せ、ディーア」


何が何だか分からなく、自分の手を見つめてからカルナに差し出した。
するとその手にカルナの手を重ね、指を絡ませてギュッと握った。絡まった指。結んだ手。じんわりとカルナの温かい体温が伝わってくる。


「こうすれば、もう迷わないわね」

「それもそうだが……」


つないだ手の意味を見つけて微笑んだが、カルナの歯切りの悪い返答でまた首を傾げた。


「少しでも長く、お前と歩きたい」


何かをしたいと、自分の望みを滅多に言わないカルナ。カルナ自身も、自分の望みをよく理解していない。
昔は言う事なんて本当になかったが、少しずつ心を通わせて主張するようになったカルナ。それを今、カルナは言った。
ほんの小さな望み。それを口にしてくれたことがディーアは嬉しかった。


「うん。こうして、一緒に行きましょう」


離さないようにキュッと握った手をひいて、神社の上へ目指す。上へ向かうにつれ人は減っていき、最後の階段を登ればそこに人は一人もいなかった。
社に近寄るとカルナはディーアを抱え、そっと地面を蹴った。サーヴァントの力で難なく社の屋根へ上り、腰を下ろす。


「視界も晴れて、空にも近い。此処ならばよく見えるだろう」

「そうね……あ、はじまるわ」


夜空に音を立てて上がったそれは、上へ上へと上がるとバンッと爆発し、キラキラとした花を咲かせた。色とりどりの、まさに夜空に浮かぶ花。
はじめてみるそれに、カルナやディーアは息をのんでその瞳いっぱいに花を映し出した。


「見事だな……」

「綺麗……こんなのはじめてだわ。ねぇ、カルナ」


目を向ければ微笑んだディーアが映る。ディーアはまた空へと目を移し、次々に上がる夜空の花々を見つめた。
カルナも空に浮かぶ花々を眺めた。そうしながら思った。


「花火も綺麗だが」


花火の音は大きい。けれど、不思議とカルナの声はしっかりと耳に届いた。
瞳をカルナに向ける。


「お前の方が、ずっと綺麗だ」


言葉をなくした。目を見開いて驚いていた。
カルナの言葉は何処までも直球で、嘘偽りがなく。真直ぐとした瞳で伝えてくる。それゆえ恥ずかしく、どんどん自分の体温が上がっていくのがわかる。
花火どころではなかった。


「すまない。本当はすぐに伝えるべきだったんだが、お前の浴衣姿があまりにも……綺麗で……言葉を、失くした。だが、今、言わせてくれ」


謝罪と共に少し伏せた瞳が、またディーアを捉えた。


「似合っている。何よりもお前は綺麗だ、ディーア」


目を細めて柔らかな微笑みを見せるカルナ。真直ぐ見つめられるその瞳は熱を帯びていて、愛しいものを見つめるそれであった。
たまらなく恥ずかしくなった。体温はどんどん上がっていき、顔や耳が熱い。自分が燃えているのではないかと思うぐらいだ。

顔を逸らして身体を身じろがせ、カルナのすぐそばにあった手を引こうとすれば、カルナの手がそれを阻んだ。
片手はカルナの手と重なり、ゆっくりと握っていく。同時にまた体温も上がった。
戸惑いがちにカルナを見上げた。カルナの顔はすぐそこで、もう一方の片手がこちらに伸びていた。


「お前にもっと……触れても、いいだろうか?」


熱を帯びた瞳から逃げるように目を伏せ、重なっていない方の手でカルナの浴衣の裾をキュッと握る。
こちらに伸びていた手はディーアの頬を撫で、重ねる。ゆっくりとお互いの顔は近づき、カルナの跳ねた髪が額をくすぐる。

大きな花火が上がった。特大の花を咲かせ輝かせた瞬間――――二人の影は重なった。
火花を散らして光り咲いた花が散ったころ、お互いの顔は離れた。唇にまだ熱が残っている。

カルナはディーアの頬を指で撫で、愛おしそうにディーアを見つめた。


「愛してる、ディーア」


カルナにそう囁かれ、そっと瞳を閉じ、嬉しそうに笑んだ。頬に添えられた手に自分の手を重ね、カルナの手にすり寄る。
瞼はそっと閉じられた。



夏の祭火花