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この世界での彼女は、終焉を迎えようとしていた。
これは何度も味わった終焉だ。そして今回も、同じように終わりを迎えようとしている。

間もなく来る終わりを、彼女は静かに待っていた。

恐れもせず、否定もせず。仕方がない、今回もダメだったと。
でも次こそはと、炎を静かに燃やして。

電子の赤い壁に隔たれた向こうで、彼女のサーヴァントは傷だらけで横たわっていた。そのサーヴァントの後頭部を、彼女は自分の膝の上に載せていた。
勝利者のマスターとサーヴァントはもういない。


「マスター」


サーヴァントが呟く。
それに応えるように、閉じた瞼をゆっくりと持ち上げる。そうすれば、褐色の肌に白い髪をしたサーヴァントがいる。
彼の瞳は穏やかで優しいけれど、その奥には少なからず悔いが残っていた。

目を細め、口を開いた。


「負けてしまったね……」

「……すみません……私の力が及ばず、また貴方を……死なせてしまいました。貴方の願いも、また……叶えられずに……」


そっと瞳を伏せたサーヴァント。
彼の頬に手を添えて、彼女は左右に首を振った。


「マスターとしての力が無かった私のせいでもある。貴方だけのせいではないわ、四郎」


サーヴァントは自分の頬を撫でる彼女の手を握る。握る力がだんだん強くなっていく。
彼が気付いているかは分からないが、見たことのない悔しそうな顔をしていた。表情は歪み、下を向いて、前髪の影でそれを隠した。


「……死ぬのですか」

「死なないわ」

「では……消えるのですか」

「……さあ。でも目的を果たすまで、私は諦めはしないわ」


やがて彼女の身体が分解されていく。体はどんどん消えていき、量子の粒となる。
彼女はそれをじっと待ち、サーヴァントも彼女と同じように分解されるのを待った。


「――天草四郎時貞」


彼女の全てが分解され消えようとした直前に、彼女はサーヴァントの名前を呼んだ。
彼は伏せた顔をあげ、綺麗に微笑んだ彼女を見つめる。


「ありがとう。貴方と出会えて、本当によかった」

「――――」


彼はただ黙って言葉を呑み込み、彼女の言う言葉を噛み締めた。
その終わりの最後まで。


「私の、優しいサーヴァント――」


最後にそう言い残して彼女は量子の粒となって消えた。量子は散り散りになり、電子世界に溶けていく。
彼女の手を確かに握っていた自身の手を見つめ、彼は空を仰ぐように顔をあげた。


「おやすみなさい。私の――気高いマスター」


敗者は死ぬ。
それがこの、月の聖杯戦争で定められた絶対のルールだ。


――仮に、この並行世界を世界線World Line__と呼称するならば。

――この並行世界は世界線World Line__と呼称しよう。


とある並行世界の一つ。
シロウ・コトミネと名乗る青年は、閉じていた瞳をそっと開いた。


「お前が居眠りとは珍しいな、マスター」

「セミラミス……居たんですか?」


シロウは少し照れくさそうに笑いながら、サーヴァントである彼女に言った。
サーヴァントであるセミラミスは、面白いものが見れたと口端をあげる。


「お前がそのような顔をするのが、珍しくてなぁ」

「え? どんな顔ですか?」

「さて……鏡でもみてはどうだ?」


自分がそんな表情をしているのか分からない彼は、片手で自分の頬を触った。
その場所が偶然にも、先ほど見た過去の記憶で触れられた場所で。シロウは自身の手を見つめ、クスリと微笑む。


「……して、どのような夢を見ていた? シロウ」

「面白くないですよ。遠い昔の……大切な思い出です」


シロウは下ろしていた腰を上げ、ゆっくりと歩き出した。
外へ出れば朝の空。あの電子の海のような空ではなく、快晴の青い空だ。


人類すべての救済を、私はこの聖杯で叶えてみせる――

平和のために、世界のために、人類のために――

この願いは貴女の救済にも繋がると、ただ信じて――


「――マスター」



指導者の遠い記憶