恐らくは彼女の真名であろう『フランシス・ドレイク』も、ランサーとの対話で既に明らかにしている。
あとは――言峰綺礼の開いた、目の前の扉をくぐるだけだ。
「ささやかながら幸運を祈ろう。再びこの校舎に戻れる事を。そして――存分に、殺し合い給え」
言峰神父の言葉を背に、決戦場へ続くエレベーターへと乗り込んだ。
無機質な景色がひたすら上に置いて行かれる。四角い箱に包まれて下に落ちていく。
エレベーターの中を半分に仕切る半透明の壁の向こうで、慎二とライダーがこちらを見ていた。決戦場までの間に戦いを始めてしまわないように、とムーンセル側の配慮だろうか。
障壁の向こう、慎二の様子はいつもと変わらない。
そう、本当に。いつもとなんら変わらない。
自分に絶対の自信を持っていて、相手を見下し気味で、でも意外と寂しがり屋なのかなにかとこちらに話しかけてくる。
予選の日々、友人として割り当てられて接してきた生活の中での彼と変わらない。
「悪いけど、君じゃあ僕には勝てないよ。どうせ負けるんだから、早く棄権すればよかったのに」
「やってみないと分からないわ」
「はぁ? 何言ってんの? 何度も言ったよね。凡人がいくら努力しようと天賦には届かないんだよって」
心情、笑んでいる様子では無いが薄い笑みを絶やさずに言う夜月。その返答に慎二はいつものように突っかかった。
それからタラタラと見下した言葉が続く。
「ああ、そうだ。いいコト思いついた! これからの戦いで、君の得になる話だけど、聞くかい?」
ぺらぺらと滑らかに色々語る慎二が、ふと目をきらめかせてそう言った。
長い付き合いだ。大抵彼の言うことは予想できるから聞く意味はない。が、少しでも会話をしようと「一応聞いてみようか」と答える。
「君さ……この戦い、わざと負けない?」
あぁ、そんな気はしていた。
「そうだ。大サービスで、優勝賞金を分けてあげてもいい。僕が欲しいのはタイトルだけだしね。どうだ、夢みたいな話だろ? 友人同士、手を取り合って先に進もうじゃないか!」
シンジは大げさに腕を広げて語っている。実に楽しそうだ。彼の脳裏にはすでに聖杯への扉が見えているらしい。
慎二は口端をあげニヤリと笑って夜月をみる。彼女が出した答えは首を横に振ること。
「断るわ。この猶予期間、私は彼と進んできた。私のために戦ってくれた彼を差し置いて答えを出すわけにはいかないし、私自身、その申し出は受け入れない」
「はあ? なにサーヴァントなんかに遠慮してんの? ……そうか、分不相応の力を手に入れて、僕に勝てるとかドリーム見ちゃったのか。おい、そこのサーヴァント。おまえからも言ってやれよ。諦めた方がいいって」
慎二の言葉に、ランサーは組んだ腕をほどいた。
片手を持ち上げ、ふうっと深い息を吐いている。
「ふざけた勘違いだ。そもそも、勝利とは自らでしか勝ち得ぬもの。我らが施す勝利は、本当におまえにとっての勝利なのか?」
「なっ!? サーヴァントの分際で、何様だおまえ! こっちが下手に出ててれば、主従そろっていい気になりやがって!」
「何を怒る。わざと負けろと言ったのはそちらの方だろう?」
「僕はおまえらのためを思って言ってやったんだ! それを、バカにしやがって……!」
「……ああ、確かに。その言葉に偽りはなさそうだな」
「この――っ!」
「ま、まぁまぁ。彼、馬鹿にしたわけじゃないから――」
「ぷっ、アハハハハハハハッ!」
突然、爆笑がエレベーター内に響き渡った。
呆気にとられてそちらを見れば、ライダーがお腹を抱えて大笑いしている。度胸ある女海賊にふさわしい、豪快な哄笑だった。
「アハハハ、言われちまったなぁ、マスター」
笑いが止まらずにヒーヒー言いながら、ライダーはシンジを揶揄している。
「お、おまえ! どっちの味方なんだよ!?」
「そりゃアンタに決まってるだろ。アタシはアンタの副官だよ。金額分はきっちり働かせてもらうさ」
そこまで言って、つかつかとライダーはこちらに歩みよってきた。
にやにやと笑みをこぼしながら、透明な壁越しにわたしを無遠慮に観察している。幾度も修羅場をくぐりぬけてきたのであろう、その威圧的な視線に気圧される。
「でもなぁ、八百長なんざつまらないだろ? 手加減とか出し惜しみとかよしてくれ。アタシゃ宵越しの弾は持たない主義さ」
ライダーは少しつまらなそうに目を逸らし、シンジに向き直った。
「いいじゃないか、食い物も男も女も殺し合いも、真っ向勝負が一番気持ちいいんだからさ! どうせアタシら悪党だろう? 悪党の利点なんて、食い散らかせるコトだけじゃないか。しけった花火なんざ誰も喜ばない。アンタも悪党なら、派手にやらかせばいいんだよ」
「誰が悪党だよ! ぼ、僕をおまえなんかと一緒にするな、この脳筋女!」
「はっはっは! いいね、その悪態はなかなかだよシンジ! アンタ、小物なクセに筋はいいのが面白い!」
「ちょ、やめろ、やーめーろーよー! 頭なでるな、この乱暴もの! あと酒くさい! 真面目にやれよな!」
ライダーはガシガシと遠慮なくシンジの頭を撫で……いや、髪を掻きまわしている。
この二人、実はいいコンビなのかも知れない。
マスターとサーヴァントは相性の良さで選ばれるというが、たしかにシンジにはこの手の豪快な女性が「共闘に適して」いるのだろう。
そんな二人を微笑まくし眺める。
「どうした、マスター。ずいぶんとあの二人に見入っているな」
静かな声に横を向くと、ランサーが自分を見下ろしていた。
「ああ、二人とも仲よさそうだなって……あんなシンジ、初めて見たから」
学校――偽りの学園生活だったけれど――でのシンジはプライドが高くて、同時にいつも虚勢を張っているような気がしていた。
でも今は違う。普段よりずっと幼げで、自然な印象を受ける。あれがシンジの素顔だったのだろうか。
こんな時だが、新しい一面が見れて嬉しいのだと夜月は微笑んだ。
「そうか……おまえも、頭を撫でられたいのか?」
「……え! べ、別に嫌ではないけれど――」
その結論にたどり着くのか、と驚き返答に詰まる。その間に、ガコンと重い音がエレベーター内に響きわたった。
エレベーターが着いたようだ。
扉が開き、両者エレベーターから降りて再び向き合う。
「しかし、『施す』ねぇ」
ライダーがランサーに話しかけた。
上から下まで、彼の全身を舐めまわすように見る。
「アタシとは正反対の言葉だ。アタシがその金の鎧を寄こせって言ったらくれるのかい、優男?」
「断る。これは彼女を守るために必要なものだ」
「ああ、いいさいいさ。ちょっと聞いてみただけだ。最初から施してもらう気なんざ、これっぽっちもないよ」
何の未練もなく手を振る。
そしてニヤリとライダーは楽しそうに口元を歪めた。
「アタシの流儀は奪うさ。アンタの都合なんざ、知ったこっちゃない。無理やり死体から身ぐるみ剥がさせてもらうまでだよ」
「そうか。やれるものならやってみるがいい、受けてたとう」
あからさまなライダーの挑発を、ランサーは動じることなく受け流している。頼もしいことだ。
そして始まる決勝。その結果を覆すことはできない。敗者は死に、勝者は次への切符を。
その意味を実感しないまま、二人のマスターは闘技場へ向かった。