第23話
戻ってきた日向を加え、練習が続いた。
レシーブ、サーブの練習を終え、チームに分かれての対戦。そんな練習が午前午後を通して行われた。
スポーツドリンクを作ったり、昼食を作ったり、練習メニューなどのメモをしたり、タオルを用意したりと、マネージャーもそれなりに大変だった。
しかし、合間に少し少しあまり時間ができ、休憩することはできた。
清水と夜月は手分けして仕事を進め、代わり代わり休憩をはさむ。
ちょうど、夜月が休憩に入ったころだ。
烏養の横でチームの対戦を見ていた時、烏養が言った。
「やっぱ、レシーブだよなぁ……」
「まぁ、そうだろうね。あとは、サーブにもう少し力が入ればいいけど」
「日向と影山を軸に成り立っては来てるが、中身もまだか……」
コート外からそれぞれ観察して、足りないもの、補いたいものを述べる。
烏養は何かを考えるそぶりを見せると、夜月を見た。
「で、やれそうか?」
「……」
その問いかけには答えなかった。
そこでタイミングよく、試合で使っていたボールがこちらに転がってくる。夜月の足元に来たそれを、そっと両手で拾う。
「夜月さーん!」
こっちこっち、と日向が両手をあげて手を振る。
夜月はそれにこたえるように、日向に向かって投げようとするが、一瞬その動きが止まった。それは躊躇して見て気付くか気づかないか程度のもの。
投げられたボールを拾い、対戦が開始される。
「ダメ、か」
「……」
一瞬の動きを見抜いた烏養はそう言う。
夜月はそれに応えず、目をそらした。
「はぁ、お前もめんどくせーなぁ」
「酷い言われようだな。知っているくせに」
夜月は腕を組み、不満げに言い放つ。
「使うなら『策士』として使ってくれた方がいい」
「お前、昨日そう言ったら嫌そうな顔したじゃねぇか」
言い返された夜月は、さらに不機嫌な顔をする。
そんな夜月に苦笑しながら烏養は続ける。
「お前が加われば、アイツらはもっと成長できんじゃねぇの?」
「……買いかぶりすぎじゃないか。『そう』とは限らない」
「でも、『ない』とも限らねぇってことだろ」
「……」
「……そろそろ、いいんじゃねーか?」
前進も後退もしない、平行線の会話。
夜月はただただ対戦風景を見つめた。その瞳に映っているものが、目の前の光景とは限らないけれど。
「不毛だ」
あぁ、不毛だ。なんの実りも出ない、不毛な会話だ。
その時の会話は、そこで終わった。
打ち切られた会話。
仕事に戻っていく夜月を、烏養は世話の焼ける妹を見るような目をしていた。
――昨日、夜。
「お前、ついこの前までバレーやってたこと言わなかったらしいな」
「耳が早い事」
烏養は「バレー部に入ったって安心したっていうのに、言ってなかったとはな」、と少し不満げに続けた。
「こっからが本題だ。お前を加えて練習メニューを組もうと思うんだが」
「……わたしに、『コートに立て』っていうの」
睨みがちの瞳。
サーブとレシーブの練習だけだ、という烏養。
それでも、コートに立っている。ボールを持っている、と答える夜月。
「んじゃあ、お前の頭を使うのはどうだ? 本業はそっちだろ」
「……それ、『私』は必要かな」
君がいるのに、と続ける。
ため息交じりに言った烏養は、再び溜息をつく。
「少しは向き合ったらどうだ? お前ン中の『それ』と」
「向き合った結果が、『これ』なんだよ」
ふと、そんな会話が夜月の脳裏に流れた。
向き合った結果、進めずに立ち止まった道。捨てたい、けど捨てられない。
新たな道を与えられ、捨てずに済む道に進んだ。満足していた。
だというのに、進まなかった道から黒い靄がじわじわと襲ってくる。
これはきっと、未だ『逃げている』証拠だ――。
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