第17話



西谷が戻ってきて、練習が始まった。
そこでふと夜月は思う。


「夕、よかったら日向と月島にレシーブを教えてくれないか」

「おう、いいぜ!」


丁度いい。西谷ほどレシーブのできる人はいない。
月島と日向を呼んで西谷に教えて貰おうとすると、西谷がはっと何かを思う。


「夜月……」

「ん?」


振り返った夜月。西谷は何故か真剣な瞳で夜月を見る。
この時すでに三年と二年の心の中では「あ、もしかして……」と、心当たりを見つけてしまった。それは夜月も同じ。

二人が見つめ返す時間が続く。
最初に口を開いたのは、西谷だ。


「苗字呼び……なのか」

「……そうだが」


あぁ、やっぱり……。
2、3年は心の中で呟く。


「なんでだよ!? 名前で呼び合うっつぅルール作ったじゃねーか!?」

「まだ有言実行期間なのか、それ」

「当たり前だろ!」


そのルールとは、言葉通り「名前で呼び合う」ことだ。
この中で一番に夜月と交流を持ったのは西谷で、東京育ちの事や性格や言動のせいで誤解されやすい夜月を見て、すぐに仲良くなれるようにと半ば強制的に西谷が作ったルールだ。

そのせいで夜月は部員を全員名前で呼ぶようになった。
夜月も嫌というわけではないが、いちいち気にしながら呼ぶのが面倒なのだ。


「お前らだって名前で呼ばれたほうが嬉しいだろ! なぁ翔陽!」


一年に、日向に同意を求める西谷。
日向は元気に返事をして同意をする。


「わかったわかった。君の言う通りにする。……君らもそれでいいかい?」


月島や影山、山口に振り返って聞く。
大した問題じゃないため、すぐに了承はされた。

それからやっとレシーブの練習が始まる。
夜月がボールを投げ、西谷が説明しながらレシーブをする。


「だからよーお前らよー、サッと行って、スッとやって、ポンだよ」


まったく説明になっていない。
おかげで二人は首をかしげてしまう。


「……夕、言葉で何かないのか?」

「あ? 言葉で言ってんじゃねぇか」

「だめだ、”本能で動く系”は」

「諦めてくれ、蛍」

「……僕、擬音だけ使われても理解できませんよ……」


これは、どうしようか。
夜月はそんなことを思いながらノートに練習内容を記載していく。マネージャーの仕事を進めていると、日向の声が聞こえた。


「”旭さん”て誰ですか?」

「不用意にその名を出すなっ!」


少しの沈黙が落ちた。
それを破ったのは、沈黙を落としていた西谷だ。


「烏野のエースだ、一応な」


すると日向は大声で言った。


「おれ、エースになりたいんです……!」

「その身長でエース?」


西谷の言葉にシュンとした日向。
西谷は肩をガシッとつかみ、ゆらゆらと揺らす。


「いいなお前! だよな! カッコイイからやりてえんだよな! いいぞ、なれなれエースなれ! 今のエースより断然頼もしいじゃねーか! やっぱ憧れと言えばエースかあ、エースって響きがもうカッコイイもんなちくしょう!!」

「ハイ! エース、かっこいいデス!」

「けどよ、試合中会場が一番ワッと盛り上がるのは、どんなすげえスパイクよりスーパーレシーブが出た時だぜ。高さが勝負のバレーボールでリベロは小っちぇえ選手が生き残る唯一のポジションかもしんねえ。けど、俺はこの身長だからリベロやってるワケじゃねえ。たとえ身長が2mあったって俺はリベロをやる」


リベロに誇りを持っている、西谷。
こういった時のカッコよさに、多分西谷に勝てる人はいないだろうと夜月は思う。

夜月は西谷にいろいろと感謝していた。
一年前、きっと西谷が声をかけなければ自分はもっと性格がひねくれていたし、バレー部にもいない。


「スパイクが打てなくても、ブロックができなくても、ボールが床に落ちさえしなければバレーボールは負けない。そんでそれが一番できるのは――リベロだ」

「かっ! カッコイイッ」


日向が素直に感想を述べる。
西谷は照れてアイスをおごるなど言いだし、あぁ……やっぱり夕は夕のままだな、なんて夜月は思ってしまった。

自分は変わってしまった。
自分でもわかるほど、性格も言動も、何もかもが変わった気がする。

自分の手を見つめ、そんなことを思っていると視界にボトルが入ってきた。
驚いて顔をあげると、ボトルを差し出してくる月島。


「ドリンク、作ってもらっていいですか」

「う、うん。わかった」


練習が始まったばかりで、まだ作っていない。
月島は渡すとそのまま歩いて行ってしまう。

夜月は先ほどの事は忘れ、他の部員のボトルももって水道へと向かった。


「……」


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