第13話



烏野高校対青葉城西高校の練習試合、結果は烏野高校の勝利。


「整列ーっ!!」



コートに横に並ぶ選手達。
無事終わったことに安心し、これからは何が必要かと考えていると、隣の武田が崩れるように座った。


「はああぁ〜……」

「どうしたんですか?」


「……すんごい」



彼は経験者じゃない。この前の一年試合も見ていない。だとすると、彼が見た最初の試合なのかもしれない。
そう思っていると、選手たちが一気に走ってきた。


「お願いしアース!!」


「!?」



先生はビックリとした。
それに菅原がフォローを入れ、一言を貰う。


「そ、そうか! えーと、僕はまたバレーボールに関して素人だけど……なにか、なにか凄いことが起こってるんだってことはわかったよ」


武田の言葉を聞くと、みんなはよくわからないと首を傾げた。
感動したのだろう。一つ一つ丁寧に言葉を述べ、感想を述べていく先生。


「大袈裟とかオメデタイとか言われるかもしれない。でも、信じないよりはずっといい。根拠なんかないけどきっと、これから――君らは強くなるんだ」

「……」


みんな、ぽかーんとしてる。影山と日向は顔を見合わせてる。
それに気付いた先生は慌てる。


「ごめんっ! ちょっとポエミーだった!? 引いた!?」

「いやいやいや、そんなことないです!」

「アザース!!」


先生はふぅ……と安心した。
すると、澤村が夜月に目を向けてきた。


「夜月、お前からは何んかあるか?」

「そうですねぇ……」


みんなは夜月に注目した。
少し目線を逸らし、言葉を探している夜月。やがてその口は開かれ、言い間違いのないよう丁寧に述べる。


「先ほども言いましたが、新しいチームとしては上出来だと思います。けれど、今の状態は型があるだけで中身がまだない。それを詰めていかないとですね」

「だな」


それは澤村も想っていたのか、同意の言葉を言った。
言葉を聞き終えると各々が撤退の準備を始め、バラバラになっていく。

そんな様子を、及川は眺めていた。

それから烏野は監督たちに挨拶を済ませ、外へと出た。
歩いていく中、澤村が口を開く。


「武田先生はああ言ってくれたけど、いくら日向と影山のコンビが優秀でも、正直周りを固めるのが俺達じゃあまだ弱い……悔しいけどな」

「おお、さすが主将! ちゃんとわかってるね〜」


自分たちの声ではない。澤村の言葉に応えたのは及川だった。
彼は校門の壁に寄りかかって待っていた。


「なんだコラ」

「何の用だ」

「やんのかコラ」

「やんのかァコラァ」


田中が言った後に続いて日向は言う。
夜月は後ろの方で、やめないか君たちと心の中で言った。


「そんな邪険にしないでよ〜。挨拶に来ただけじゃん。小っちゃい君最後のワンタッチと移動攻撃凄かったね!」

「えっ、あ、えっエヘヘ」

「今日は最後の数点しか戦えなかったけど……次は最初から全開で戦ろうね。あ、そうそうサーブも磨いておくからね」


そう、彼は強敵も強敵なのだ。
最後しか出ていないし、もとから烏野が点をおしていたから勝ったが、最初から及川が出ていれば、今の烏野では完敗だ。


「君らの攻撃は確かに凄かったけど、全ての始まりのレシーブがグズグズじゃあ、すぐ限界が来るんじゃない? 強烈なサーブ打ってくる奴はなにも俺だけじやないしね。インハイ予選はもうすぐだ、ちゃんと生き残ってよ? 俺はこのクソ可愛い後輩を公式戦で同じセッターとして、正々堂々叩き潰したいんだからサ」


及川は影山を指しながらそう言った。
そこで夜月は、影山をセッターとして出せと要求したのが彼だという事を悟った。


「レ、レシーブなら特訓するっ!」

「おい放せ!」


日向は月島を引っ張りながらそう言った。


「レシーブは一朝一夕で上達するモンじゃないよ。主将君はわかってると思うけどね。大会までもう時間は無い、どうするのか楽しみにしてるね」


捨てセリフを言い、及川は足を動かす。
そのまま足は体育館に向かっていたが、選手たちの後ろを歩いていた夜月のところまで来るとピタリと止まる。


「さっきぶりだね、夜月ちゃん」

「……」


体育館外で話した及川。
そのことがあり、夜月は気まずそうに目線を逸らした。


「し、知り合いだったんですか!?」

「飛雄には関係なーい」

「違う」


皆が驚く中、最初に声をあげたのが影山だった。
及川がそれに答えたが、即座に夜月が否定した。


「酷いなー。ま、いいや。忘れ物取りに来ただけだし」

「忘れ物……?」


した覚えはない。
そんなことを思っていると、及川は口端をあげ笑みを見せた。おもむろに両手で腕をつかんできたかと思えば、強い力で引き寄せられる。


「は?」

「え」

「あ……」

「あああぁぁっ!?」


周りがそれぞれに叫びを上げる中、夜月は及川に抱き着かれていた。
それも、逃がさないとでもいうような強い力で。


「なっ!?」

「はいはーい、ちょぉっと待ってねー」

「ちょっ!?」


及川は片手で抱き着きながら夜月を押さえると、もう一方の手で夜月のポケットを探った。
お目当てのもとを見つけると、及川はそれを抜き取り夜月を解放した。


「夜月ちゃんスマホなんだ。あ、ロック掛けないと危ないよー?」


それは携帯だった。
及川はロックをかけていない夜月のスマホに電源を入れると、勝手にそれを操作する。
すぐにそれは終わり、「はい」とスマホは返される。


「……なにしたんですか」

「俺のメアド登録しといただけだよ。これで何時でも連絡が取れるね」


語尾に音符がつくような、そんな軽い様子だった。
ふと、周りに目を向けると何名かは口を大きく開かせ、こちらを指さしては固まっている。

及川は慣れた手つきで夜月の肩に手を載せ、笑顔で言ってくる。


「それじゃあ、夜月ちゃん――逃がさないからね?」

「っ!」


最後の言葉は小さな声だった。きっと、自分にしか聞こえない。
声色が下がったのを聞いて、思わず夜月は身を引こうとするが、及川は肩に置いた手に力を入れ、自分のほうに引き寄せる。

同時に、頬に柔らかいものが当たった。
あ、と自分が気付いたのと同時に周りが叫ぶ。


「はあああぁぁぁぁ!!?」

「ふ……じゃあね〜」


最後に笑みを落とすと、及川は今度こそ体育館へと歩き出した。
夜月は冷静に頭の整理をし、なんとか顔を赤らめるのを押さえようとするが、赤みはほんのりと出てしまう。

そんな夜月を気遣うように、影山がおずおずと声をかける。


「き、気にしないでください……。あの人、いつもああで……そう、いつもあんな」

「だ、大丈夫。気にしないでくれ」

「いや、気にしてよ!! 女の子でしょ夜月は!! もっと気にして!?」


気にしてくれと、菅原は言うが夜月は普通の女子のように気にしなかった。
仕方ない、彼はああいう人なのだと自分を納得させる。


「それで、もうすぐですよね。大地さん」

「あぁ、そろそろ帰ってくる頃だ――烏野の"守護神"」


欠けている部員はまだ二名。
そのうちの一人が、もうすぐ帰ってくるのだ。


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