第12話



「烏野高校対青葉城西高校の練習試合始めます!!」

「お願いしあーす!!」


試合はすぐに始まった。ドリンクは試合前から作り、準備を整える。
清水の隣に座って試合を見ていると、隣の清水が肩を揺らした。すると言いづらそうに清水は耳打ちをする。


「ごめん。車に忘れ物しちゃったみたい……」

「あ、じゃあ取ってきます。潔子さんはそのままノートのほうを」

「ごめん、ありがとう」


夜月はベンチから立つと武田から車のカギを預かり、急いで車まで向かった。
体育館から出てすぐのところだ。時間はかからない。

車に乗り込み、清水の忘れ物らしきものを手に持つと車を閉め、体育館までは急ぐ。
途中、白いジャージを着た人とすれ違った――はずだった。
すれ違う直前に夜月の腕をつかみ、引き留めたのだ。

その人を不思議そうに見上げる。
背の高い彼は茶髪で、整った顔立ちをしている。その顔には驚きが現れており、両目を大きく見開かせていた。

やがて、その人のは見開いた眼を戻す。
そのまま夜月を見つめた。


「驚いたな……まさか、こんなところで会っちゃうなんて」


まるで自分を知っているような言い方だ。
だが、自分にはそんな記憶はない。人間違いだろうか。

夜月は訝し気に眉を潜め、口を開いた。


「あの……」

「ねぇ、なんで――バレーやめちゃったの」


まるで、この空間に亀裂が入ったような衝撃だ。夜月は目を見張って、驚いた様子で彼を見た。

この人は知ってるのだ。
昔の自分を。前の自分を。

夜月は見張った目を細めると、何事もなかったかのような冷静さを保って言い返す。


「……なんのことですか?」

「誤魔化す気? でも、俺は知ってるよ。君は……」


どちらも引かなかった。
この間、彼は夜月の腕を離す気はなく、強く握っていた。


「君は、楽良――」

「私は」


旧姓を出された瞬間、夜月は言葉をかぶせた。
黙った彼に何も言わせないと伝えるような笑みで、言葉を続けた。


「私は、紫炎です。楽良なんて名前、知りませんよ」

「……」


じっと、彼は見つめ返した。
夜月は「失礼します」と言い捨て、腕を振り払って体育館へと向かう。

少し、失礼だっただろうか……。

そんなことを思いながら、駆けていく足は止めない。
体育館に着くと、24対13で、後一点で烏野は第一セット取られてしまう状況だった。

忘れ物と鍵を渡し、ベンチに座る。
コートを見ながら近くにいた菅原と言葉を交わす。


「……日向、どうですか?」

「ヤバイなー……。完全に緊張してる」

「あー……」


コートでは影山が日向に怒鳴り、日向はチャンスをくれだのいう。
と、此処で日向のサーブが回ってきた。


「影山! ……日向、呼吸止まってねえか。大丈夫か」

「俺に言われても、わかんないッスよ」


「……これは」

「……」


コート内でも外でも、神妙な顔だ。
そして、日向がボールを上げ、ボール掌で打つ。すると、バチコーンッ!! という、良い響きが鳴った。


「……」


日向が打ったサーブは影山の後頭部に当たった。

第1セット終了。青葉城西―烏野、25―13 。

影山の顔は今まで見たことないくらい怖い顔だった。
日向は怯え切っており、ベンチでは夜月や菅原が頭を抱え、コート内では一部爆笑していた。


「……ぶォハーッ!! ぅオイ後頭部大丈夫か!!!」

「はははっ! ナイス後頭部!!」


「あーもう! 煽るのもダメだっつーの!!」

「ヤメロお前らっ!」


菅原と澤村が二人に言う。
影山はだんだん日向のところへ向かい、もう目の前だ。


「……………お前さ」

「ッ……ハイ」


日向の瞳はもう無だ。
終わったという顔をしている。


「一体、何にビビってそんな緊張してんの?? 相手がデカイこと? 初めての練習試合だから?」


影山の威圧感に日向は全身から滝の様に汗が流れる。


「俺の後頭部にサーブブチ込む以上に恐いことってー……なに?」

「とくにおもいあたりません」

「じゃあ、もう緊張する理由ないよなあ! もうやっちまったもんなあ! 一番恐いこと! ……それじゃあ、とっとと通常運転に戻れバカヤローッ!!」


日向はびっくりして縮こまった。だがすぐに起き上がり、首を傾げる。


「……アレ? 今のヘマはセーフ!?」

「は、なんのハナシだ」


どうやら、日向は何かを勘違いしていたらしい口ぶりだ。
と、そこへ田中がやってくる。


「おいコラ日向ァ! オマエ」

「ハイ」


日向は正座をした。
一体何を言うきだ……と、夜月は見守る。


「他の奴みたいに上手にやんなきゃとか思ってんのか、イッチョ前に」

「ちゃ、ちゃんとやんないと交換させられるから……おれ、最後まで試合……出たいから」

「ナメるなよ!! お前が下手糞なことなんか、わかりきってることだろうが!」


さも当たり前だという田中。
ベンチで見守っていた夜月は、一度安堵の息をついた。


「た、助けなくて平気?」


隣で見ていた武田がおずおずと聞いた。


「あ、ハイ。多分大丈夫です」

「そ、そお?」

「こういう時の龍は頼りになるからねぇ」

「そうだな」


よかったよかったと、ベンチ側ではそんな会話がされていた。


「ネットのこっち側に居る全員! もれなく味方なんだよ!!」


そう言われた日向の眼が光る。
それに田中が「先輩と呼べ」だの言い、日向に先輩と連呼される。
それを見ていた菅原や夜月は呆れるしかない。


「先輩って呼ばれたいだけだな」

「……はぁ。少し褒めると直ぐにこれだ」

「まぁそう言ってやんなって」


そして、第2セット――開始。

10-9、16-14と点差は開かずに試合は進んだ。
すると青城がタイムアウトを取り、一時の休憩に入る。

清水と夜月はタオルとドリンクを持ち、選手たちに渡していく。


「はい、お疲れ様。どうだい、調子は」

「アザッス。……別に、俺は何とも」


影山はそう言ってドリンクを飲む。
次に夜月がえわたしに行ったのは月島だった。


「どうぞ、お疲れ様」

「……ありがとう、ございます」

「ん」


皆、ドリンクを飲みタオルで汗を拭いていく。
すると田中が外から見た感じを夜月に聞いた。夜月は少し考えてから言う。


「……まぁ、多少ミスはあったが初めてでまだ慣れてないチームとしては上出来。影山と日向の速攻と囮、それに月島のブロックもちゃんとできてる。良いんじゃないか?」

「ああぁ、アザッス!!」


日向は褒められたのが嬉しいのか、キラキラと目を輝かせながら言った。
するとタイムアウト終了。


「チャンスボール!」

「月島!」


月島がボールを打つ。


「ツッキーナイス!」


すると月島は打った手のひらを見つめ、影山に言った。


「お前のトス、精密過ぎて気持ち悪い」

「あぁ!?」


そしてケンカ。
二人の仲の悪さには参る。


「まぁまぁ、試合中だしそこまでにしようか?」


大地は2人の肩にガシっと手を置く。
その後、烏野は調子に乗ってきてとうとう25点を勝ち取り、セットを終了した。

第3セット、試合は順調に進み、烏野がおしていた。


「おっしゃあああ!! このまま最終セットも獲るぜええ!!」


田中が日向を思い切り叩いた。
二人は逆転勝利! と喜んでいるが、油断は禁物。まだ勝てていないのだから。


「油断だめです」



そう言ったのは影山だった。
いつもは強気なのに珍しいものだ。


「多分ですけど、向こうのセッター……正セッターじゃないです」


正セッターじゃない? こちらにセッターを要求しておいてか。
そう思った時だった。


「キャーッ!! 及川さ〜ん!!」



女子の黄色い声が聞こえ、みんなはそちらを見た。
そこには女の子に手を振っている男の人。それが、先ほど腕をつかんできた男だった。


「影山くん、あの優男誰ですか。ボクとても不愉快です」


田中はムカついたらしく、指をさしていった。
影山は淡々と説明を始める。


「及川さん……超攻撃的セッターで、攻撃もチームでトップクラスだと思います。あと凄く性格が悪い」

「お前が言う程に!?」

「月島以上かも」

「それはひどいな!」

「…」


性格の悪さに田中や日向が驚く。
比べられた月島は迷惑そうだ。


「君の知り合いだと、北川第一か?」

「中学の先輩です」


そう言って、影山はその及川の方を見た。
するとあちらは影山に手を振ってきた。


「やっほー、トビオちゃん。久しぶり〜、育ったね〜」


先ほど感じた印象とは丸切り違う。何というか、軽い感じだ。
夜月は、あぁ……多分苦手かな、など思った。


「俺、サーブとブロックはあの人見て覚えました。実力は相当です」


それから試合は進み、最終セット点差は進んだ。
20対24。先にマッチポイントを取ったのは烏野。だが相手チームも負けていない


「このっ…! 調子に乗るな!!」

「チッ」


受けたのは月島。
だが上手くレシーブ出来なかったのか受けきれなかった。

夜月は指を顎に当て、今までの事を思い出す。
月島がレシーブをするとき、何度か落としている。レシーブが苦手なのだろう。


「アララ〜、ピンチじゃないですか」

「アップは?」

「バッチリです!」


すると及川が戻ってきて交代となった。相変わらず女子の歓声が凄いこと。
サーブは及川から。


「いくら攻撃力が高くてもさ……その"攻撃"まで繋げなきゃ、意味無いんだよ?」


そして及川は月島を指差した。


「まさか……」


及川はやはり、気付いているのだ。
及川はボールを高く上げ、サーブを打つ。

やはり狙いは月島だった。
威力の高いサーブはコントロールもあり、的確に当ててくる。


「……うん、やっぱり途中見てたけど、6番の君と5番の君、レシーブ苦手でしょ?」

「……」


おそらく、これから月島狙いだろう。
どうにかしないとサーブで負けることになる。


「……じゃあもう一本ね」


そして及川さんはまたあの強いサーブを打った。
月島は取れずボールを弾いてしまう。


「くそっ…」

「おい! コラ! 大王様!!おれも狙えっ取ってやるっ!! 狙えよっ!!」

「みっともないから喚くな!」

「なんだとっ!?」


すると日向は月島に叫ぶように言った。


「バレーボールはなあ! ネットのこっちっ側に居る全員!! もれなく「味方」なんだぞ!!」


月島はいかにも嫌そうな顔してる。
田中は自分の言葉を使っているからか、喜んでいる。

及川――青城の正セッター。
影山が言うように、彼は超攻撃型セッターだ。今はピンチサーバーとして参加しており、セットアップ自体は見れないが、あのサーブを見ればわかる。

あの強力なサーブ……コントロールも兼ねたもの。
なんだか……


「似てるな――」

「え?」

「いや」


夜月はそんな彼を見て、ボソリと無意識に言葉を零した。
微かに聞こえた菅原がこちらに目を向けるが、夜月は何でもないという。


「よし、全体的に後ろ下がれ。月島は少しサイドラインに寄れ」

「ハイ」

「……よし、来い!」



月島がほとんど端にいて真ん中は澤村。澤村の守備範囲が広まった。

そして及川のサーブ。
月島を端にしたのにも関わらず、及川は月島を狙った。しかし、コントロール重視にしたから威力は落ちたはずだ。


「よし……」

「上がった…! ナイス月島」



なんとか返せた。だがあちらのチャンスボール。
三人でブロックしようと固まるが反対側へとトスがいく。思いもよらなかった――しかし、こっちには日向がいる。

今度はこちらのチャンスボール。
日向は目の前にいるブロックをよけ、打った。


そして、試合終了――勝者は烏野高校。


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