第8話



土曜、3対3の当日――。


「び、美女だっ!美女がいるっ! なあなあ、あの人もマネージャーかな!?」


日向は潔子を見て影山に話しかけた。
が、影山は集中しているのか、興味がないのか何も答えない。


「よーし、じゃあ始めるぞ! 月島達の方には俺が入るから」

「ええっ!! キャプテンが!?」

「ははは! 大丈夫だよ! 攻撃力は田中の方が上だから! でも、手は抜かないからな!」


そう言って大地は笑う。
すると、月島がわざとらしく咳ばらいをして言った。


「小さいのと田中さん、どっち先に潰……抑えましょうかあ。あっ、そうそう王様が負けるところも見たいですよね」

「ちょっ……ツッキー! 聞こえてるんじゃ……? ヤバイよ」

「聞こえるように言ってんだろう。冷静さを欠いてくれると有難いなぁ」


コソコソと耳打ちをした山口に、月島は言い返す。
返し終わるとまた皮肉った笑顔で挑発を開始する。


「月島、良い性格の悪さしてるね」

「とくに、家来達に見放されて一人ぼっちになっちゃった王様が見物ですよね」


コートの外から試合の準備をしながら、そんな彼らを見る。
月島の挑発に苦笑いをしていると、田中が女の子のような言動、行動、声で言った。


「今の聞いたあ? あ〜んな事言っちゃって、月島クンてば、もうホント……擂り潰す!!」


まぁ、龍なら最後にそう来るよね。と、夜月はまた苦笑をする。


「夜月ちゃん、今日はノートとってくれる?」

「あ、わかりました」


潔子からノートを受け取り、準備されたベンチに腰を掛ける。

3対3、試合開始――。


「そォォォらァァァ!!!」


田中が思いっきりスパイクを打つ。相変わらず、パワーは強い。
シャーペンでノートにチェックを付ける。


「シャアアアアア!!!」


大声を上げ田中は服を脱ぐ。
何時ものことで、部員の皆はこれになれた。「まだ1点だろ」 「おい脱ぐな!!」と、それを見た周りの二年は注意した。


「田中を煽ったのは失敗だったカモね〜」

「チッ」

「日向!!」


影山は日向にトスを上げる。
それに合わせて日向は高く飛ぶ。


「ふ、さすが……」


一度、影山が練習で日向にトスを上げた。それを見て、思った。
日向はバネは並はずれている――と。

潔子も近くで飛んだ日向のジャンプ力に驚いている。
日向が打ったスパイクは月島にブロックされてしまった。


「昨日もビックリしたけど、君よく跳ぶねぇ。あと、ほォ〜んの30cm程身長があれば、スーパースターだったかもね」

「も、もう1本!!」


もう一度日向にトスを上げる。
しかし、またブロック。それも月島にすべてブロックされてしまう。


「ほらほら、ブロックにかかりっぱなしだよ? 王様のトスやればいいじゃん、敵を置き去りにするトス! ついでに仲間も置き去りにしちゃうヤツね」

「……うるせぇんだよ。速い攻撃なんか使わなくても……」


影山片手でボールを拾う。


「勝ってやるよ」

「行けっ! 殺人サーブ!」


影山は強くサーブを打つ。
それはスパイクのようなサーブ。しかし、見ているとまだコントロールがついていない。

打ったボールは、大地によって打ち返されてしまった。


「流石です、大地さん……」


夜月はスラスラとノートに記載していく。


「……大地さんの武器は攻撃より、あの安定したレシーブだ。守備力はハンパねぇぞ」

「何点か稼げると思ったか? 突出した才能は無くとも二年分、お前らより長く身体に刷り込んで来たレシーブた。簡単に崩せると思うなよ」


大地をサーブで狙っただろう影山は、それを聞いてギクリとする。
月島はまた挑発を始めた。


「ホラ王様! そろそろ本気出した方がいいんじゃない?」

「なんなんだお前! 昨日からつっかかりやがって!! 王様のトスってなんだ!!!」


日向はさっきから月島がしつこく王様と言っていたのにムカついたのか、そういった。
どうやら日向は知らなかったらしい。


「君、影山が何で王様って呼ばれるのか知らないの?」

「こいつが何かすげー上手いから、他の学校の奴がビビってそう呼んだとかじゃないの?」


「噂じゃコート上の王様って異名、北川第一の連中がつけたらしいじゃん。王様のチームメイトがさ。意味は__自己中の王様。横暴な独裁者。」

「……」

「噂では聞いたことあったけど、あの試合見て納得いったよ。横暴が行き過ぎて、あの決勝ベンチに下げられてたもんね」


田中や日向はそれに驚いた。

そう、あの決勝の時、ブロックを避けるためスパイカーに強くいい、トスを上げた先誰もいなかった。そして、ベンチに下げられた。

彼は一人で何でもやろうとしてしまう。
それがダメだった。


「速攻使わないのも、あの決勝のせいでビビってるとか?」

「……てめえ、さっきっからうるっせんだよ。」


田中が月島に向かって言う。


「田中」

「……」


大地に止められた田中は夜月のほうを見た。
夜月も大地に同意し、首を横に振る。


「……ああ、そうだ。トスを上げた先に誰も居ないっつうのは心底怖えーよ」

「え、でもソレ、中学のハナシでしょ?」


日向は影山の言葉をシレッと打ち消した。


「おれにはちゃんとトス上がるから、別に関係ない。どうやってお前をブチ抜くかだけが問題だ!」


そういって月島を指さす。
それに田中や澤村は噴き出して笑い、夜月もベンチでクスクスと笑った。


「月島に勝って部活入って、お前は正々堂々とセッターやる! そんでおれにトス上げる! それ以外になんかあんのか!?」


影山は何とも言えず、それを日向に言われたのか悔しいのか、面白い顔になっている。
すると、向こうのコートで月島がボソリと呟く。


「――そういう、いかにも純粋で真っ直ぐって感じ……イラッとする」


気合いで身長差は埋まらない。努力でなんとかなると思ったら大間違いなんだよ。と、強く言う月島。
それはごもっとも。確かにそうかもしれない。
努力しても頑張っても、届かない場所にたどり着くかもしれない。

しかしその場所に立って、さらに進むか止まるかは――自分次第。


「チャンスボール」

「俺に上げろ!!」


日向や田中の二人は、俺にトスをくれと手をぐいぐいしている。
さぁ、どっちに挙げる? 日向はまだ真っ向勝負で月島に勝てるかはわからない。


「田中さ……」

「影山!!!」


影山の後ろで日向な声がする。
振り向くと日向は――跳んでいた。

――そこに だれも。

影山はそう思っただろう。


「居るぞ!!!」


影山は日向にトスを上げる。
日向はギリギリでスパイクを打った。 へろんっと落ちたボールはギリギリ相手チームに入っていた。


「アッブねー、空振るトコだった……」

「お前! 何をいきなり」

「でも、ちゃんと球来た!! 中学のことなんか知らねえ!! おれにとっては、どんなトスだってありがたぁ〜いトスなんだ!!」


ベンチでクスクスと笑った。
すると、隣にいた菅原が夜月を見る。

「ふふ……」

「? どーした?」

「いや、日向らしい答えだと思いまして」


菅原と夜月は彼らに目線を戻す。
それを見て菅原は「そうだな」と笑った。


「おれはどこにだってとぶ!! どんな球だって打つ!! だからおれにトス、持って来い!!!」


宣言した日向と、言われ続ける影山のところへ田中が来る。
田中は小呂祖いたように聞いた。


「おい お前らクイック使えんのか!?」

「クイック?」

「今 みたいな速い攻撃だよ!」

「えっ、どうやったか覚えてないです」


それを聞いて田中は何とも言えない顔だ。
まぁ、仕方ないだろう。そんなこと言われれば。


「合わせたこともないのに、速攻なんてまだ無理だろ」

「なんだ、お前! そんな弱気なの気持ち悪い、変!!」

「うっせーな!」

「王様らしくないんじゃなァ〜い?」


向こう側で月島が言う。


「今 打ち抜いてやるから待ってろっ!」

「まァーた、そんなにムキになっちゃってさぁ。なんでもがむしゃらにやればいいってモンじゃないデショ。人には向き不向きがあるんだからさ」


月島の言葉に、田中は今でも殴りに行きそうな感じだ。
拳を握ってるし。


「確かに中学ん時も今も、俺、跳んでも跳んでもブロックに止められてばっかだ。だけど……あんな風になりたいと思っちゃったんだよ! だから、不利とか不向きとか関係ないんだ。この身体で戦って勝って――もっといっぱい、コートに居たい!」


もっとたくさん、もっと多く、誰よりも長く、コートに居たい。
そう願う日向を、夜月は懐かしい気持ちで眺めた。


「だから、その方法がないんでしょ。気持ちで身長差が埋まんの? リベロになるなら話は別だけど」

「……スパイカーの前の壁を切り開く。その為のセッターだ」


今度は影山が宣言をした。
宣言をした後、影山は日向の肩を掴むと後ろを向いてこそこそと話し始める。


「いいか。打ち抜けないなら躱すぞ。お前のありったけの運動能力と反射神経で俺のトスを打て」

「ハァ!? それ速攻の説明かよ!?」

「? わかった!!」

「うそつけ!!」

「とりあえずやってみます!!」と、影山と日向が言う。

「なんだお前、さっきまでガチ凹みしてたくせに」

「凹んでません!」

「うそつけ!」


日向の反射とスピードなら速いトスだって打てるはず……そう考えたのだろう。
しかし、何度やってもうまくいかず、ミスに終わった。
そこで菅原が立ち上がり、アドバイスを出す。


「それじゃあ、中学の時と同じだよ」

「日向は反射・スピード・バネだってあります。慣れれば速い攻撃だって……」


後一声、というところで今度は夜月が立ち上がった。
そのまま影山に近寄り、菅原の代わりに言葉を繋げる。


「日向のその、すばしっこさっていう武器を君が殺してるのさ」


影山はまだわからず、頭にハテナを浮かべる。
夜月は続けた。


「日向には技術も経験もない」

「!? 夜月さん!?」

「まぁま、落ち着いて日向」


ショックを受けた日向に菅原が声をかける。


「中学で君に合わせてくれた優秀な選手とは違う」

「…」

「でも、彼の素材は良い」

「! エッそんな……天才とか大げさです。 いや、そんな」

「言ってねーよ」

「うん。言ってない」


調子に乗った日向に、田中と菅原が尽かさず突っ込む。
そこまで言うと、夜月に代わり菅原が言葉を繋ぎだした。


「お前の腕があったらさ、なんつーか、もっと日向の持ち味っていうか才能っていうか……そういうの、もっとこう……なんか、うまいこと使ってやれんじゃないの!?」

「スガさん、ファイトッ!」

「もう少しです、孝支さん」


田中と夜月が応援に入る。


「俺も……お前と同じセッターだから去年の試合、お前見てビビったよ。ズバ抜けたセンスとボールコントロール! そんで何より的ブロックの動きを冷静に見極める目と判断力!! ……俺には全部無いものだ」

「そっそんなことないっスよ、スガさ…」

「田中。一回聞いとくべ」

「……」


田中はすぐにそう言ったが、大地に留められた。
夜月も何も言わずに彼の言葉に耳を傾ける。


「技術があってヤル気もありすぎるくらいあって何より……周りを見る優れた目を持っているお前に仲間のことが見えないはずがない!!」


影山はそこまで言われると目線を落とし、考えた。
途端顔をあげ、日向を真っ向から見た。


「……俺は」

「おうっ!?」

「お前の運動能力が羨ましい!!」

「はっ!?」


いきなりのことで、日向は驚きの連続だ。


「だから能力持ち腐れのお前が腹立たしい!!」

「はあ!?」

「それなら、お前の能力、俺がぜんぶ使ってみせる!」


影山は言葉を止め、溜める。
息を吸い込み、真っ直ぐと告げた。


「――お前の1番のスピード、1番のジャンプで、飛べ。ボールは俺が持って行く!」


ボールは見なくていい。ブロックの居ないとこにMAXの速さと高さで跳ぶ。 そして全力スイング。
トスは見なくていい、ボールには合わせなくていい。


「ハァ!?ボール見なきゃ空振るじゃん!!」

「かもな!! でも…やってみたい」

「……わかった」


影山にそう言われた日向は、頷きそれを受け入れることにした。


「まだ何かやるつもり? 王様のトスの自己中トスなんて誰も打てないってば」

「だよねーっ」


影山は集中力を高めトスを出す。
敵の位置 ボールの位置。日向の位置。次にどう動くどこに跳ぶ。日向なジャンプのMAXはどこ。

――全てを見て影山はトスを上げた。


「__! よしっ!」


あげられたボールは、日向の手に当たった。
ベンチにいる菅原や夜月も、思わず目を見開く。夜月はやがて面白そうに笑む。


「!? 手に当たったあああ!!」

「手に当たった? 大げさだな……」

「……おい、今……日向、目瞑ってたぞ!?」

「はァ!?」


それはさすがの夜月もわからなかった。
大地の言葉に叫ばなかったものの、呆然とし大きく口を開いた。


「…あの、どういう?」


半信半疑で尋ねる月島。


「ジャンプする瞬間からスイングするまでの間、日向は目を瞑ってた。つまり、影山がボールを全く見ていない日向の掌ピンポイントにトスを上げたんだ……スイングの瞬間に合わせて?!」

「ハァッ!?」


月島も思わず叫んだ。
それは信じられない真実だった。


「なあ何!? 今の何!? 当たったんだけど!! 手に!!」


日向が赤くなった掌を見せてくる。


「オイ!! お前ええ!! 目ぇ瞑ったって何だ!!」

「お前が見るなって言ったんだろ!? 目開けてるとボールに目が行くから……でも今ので成功だろ!? 何が悪い!!」

「それはそうだけどっ!? 100%信じるなんてできるか普通!?」

「だって今! 信じる以外の方法わかんねえもん!!」


そんな飛んでも一年コンビを見ていた菅原は呆然としたまま、口を開く。


「夜月……すげー奴が来たな……」

「そうですね……。これは、驚きです」




第一セット
日向・影山 25ー23 月島・山口

第二セット
月島・山口 21ー25 日向・影山


日向たちは勝った――。


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